二つの世界、一つの答え
1. 【夜】嘘つきな笑顔と「答え合わせ」
「……そっか。やっぱり、カイトは『異世界の人』だったんだね」
女神が消えた後の重苦しい沈黙を破ったのは、他でもないシルフィだった。 彼女は無理やり口角を上げ、努めて明るく振る舞っていた。
「薄々、そんな気はしてたの。カイトの作る料理も、便利な道具も、私たちの常識とは全然違ったから。……ずっと不思議だったんだ。どうしてこんなに凄い知識を持ってるんだろうって」
彼女は俺の顔を覗き込んだ。その瞳は潤んでいるが、必死に涙を堪えている。
「あっちの世界って、すごいんでしょ? 女神様が言ってたもんね。安全で、便利で……カイトの知識は、全部そこのものだったんだ」
「あ、ああ……そうだな。便利なところだ」 「だよね! ……なら、帰らなきゃダメだよ」
彼女は背中を向けた。
「カイトは、こんな不便な森にいるべき人じゃないよ。だって、住む世界が違うんだもん。……元の、幸せな場所に帰るべきだよ」
「シルフィ……」 「私は大丈夫! エルフは長生きだから、不思議な迷子のことなんてすぐに忘れちゃうし! ……明日の見送りの準備してくるね! じゃあ!」
彼女は逃げるように走り去った。 残された俺は、世界樹の根元で一人、立ち尽くしていた。
2. 【葛藤】コンビニとトマト
その夜、俺は客室で天井を見上げていた。
『元の世界に帰れる』
その言葉は、確かに甘美な誘惑だった。 深夜のコンビニ。読みかけの漫画。ふかふかのベッド。 何より、「異物」として見られることのない安心感。
でも、俺は自分の手を見た。 豆だらけで、土が爪の間に入り込んだ、ゴツゴツした手。 会社員時代の、白くてひ弱な手とは大違いだ。
日本での俺は、ただ消費するだけの存在だった。 ここでは違う。 自分で育て、自分で作り、それを「美味しい」と笑ってくれる仲間がいる。
「……異世界人、か」
シルフィは言った。「住む世界が違う」と。 確かに俺は異邦人だ。 だが、俺が耕した畑の土は、この世界の土だ。俺が育てたトマトは、この世界のマナを吸って赤くなった。 俺の汗は、とっくにこの大地に染み込んでいる。
「……俺の帰る場所なんて、もう決まってるじゃないか」
俺は窓を開けた。 空が白み始めている。
3. 【捜索】夜明け前の逃走
俺は部屋を飛び出した。 シルフィがいない。彼女の部屋も空っぽだった。 「見送りの準備」なんて嘘だ。彼女は俺との別れに耐えきれず、姿を消したに違いない。
【植物鑑定】の応用で、森の気配を探る。 微かな魔力の揺らぎを感じた。場所は――昨日、みんなで耕した世界樹の裏側だ。
俺は走った。
4. 【発見】震える背中
朝日が昇る直前の、青白い光の中。 世界樹の巨大な根の陰に、彼女はいた。 膝を抱えてうずくまり、小さく震えている。
「……うぅ……カイトぉ……」
誰もいないと思い、彼女は泣いていた。 昼間の強気な笑顔はどこにもない。
「……怖かったよぉ……。いつかカイトがいなくなっちゃう気がしてた……。だって、何もかも凄すぎるんだもん……。私なんかじゃ釣り合わないよぉ……」
「……美味しいご飯、もう食べられないの……? 嘘だよ、ご飯なんてどうでもいい……カイトがいなきゃ、意味ないよぉ……」
その独り言が、俺の胸を締め付けた。 俺はゆっくりと近づき、彼女の隣に腰を下ろした。
「……誰がいなくなるって?」
5. 【告白】ここが俺の家だ
「えっ……!?」 シルフィが弾かれたように顔を上げた。目は真っ赤で、鼻水も出ている。 「カ、カイト!? なんで……もう行かなきゃ……女神様が……!」
彼女は慌てて涙を拭い、俺を押そうとした。 「行って! 私は平気だから! ……あなたは『向こう側』の人でしょ!? こんな泥だらけの生活、似合わないよ!」
「俺の幸せは、日本にはないよ」 俺は彼女の手を掴んだ。冷たく冷え切っていた。
「あっちには、コンビニもスマホもある。……でも、お前がいない」
シルフィの動きが止まった。
「俺は元々、向こうの世界に馴染めなかったんだ。でも、この世界で、お前と出会って、初めて『生きてる』って思えた」
俺は彼女の目を見つめた。 「異世界人とか関係ない。俺は、お前と一緒に作った野菜を食べたい。お前と一緒に歳を取りたい。……俺の家は、この世界樹の下でも、日本のマンションでもない。シルフィ、お前の隣だ」
6. 【決着】朝日の抱擁
「……ほんとに? 私でいいの? 魔法も下手だし、食いしん坊だよ?」 「それがいいんだ。……一生、俺の作った飯を食ってくれ」
シルフィの瞳から、再び涙が溢れ出した。今度は、悲しみの涙じゃない。
「カイトぉぉぉッ!!」
彼女が俺の首に抱きついた。 勢いで俺たちは草の上に倒れ込んだ。
「大好き! 大好きぃぃ! もう絶対離さないからね! 異世界人でも何でもいい! カイトは私のカイトだもん!」 「ああ。ずっと一緒だ」
その時、稜線から太陽が顔を出した。 世界樹の若葉が、黄金色に輝き始める。 二人を包む朝日は、今まで見たどの景色よりも美しかった。
「さて、女神様に断りを入れに行くか」 「うん! ……あ、でも顔ぐしゃぐしゃだ、私」
「いいさ。一番可愛いよ」
俺たちは手を繋ぎ、光の方へと歩き出した。 もう迷いはない。ここが、俺の生きる世界だ。




