最後の采配
その昔、全知全能な神様がいました。神様はその先の先まで見通せる力で世界を統治していました。神様の優れた采配により混沌とした世界は瞬く間に鎮まりました。長い平穏の中、やがて天界には神様を慕う弟子が、地上には崇拝する人々が集いました。やがて長い時が過ぎ、弟子たちが自らの考えを述べるようになった頃、神様は皆を集めてこう伝えました。「私はこれから全てを手放します。そして、全てを手放した事がわかる出来事が起きます。その時に私を静かな森に葬って下さい。」と。
その翌日には早速、神様の身体に変化が起きます。まず指が動かなくなりました。その指先から奏でられる荘厳な曲はもう聞けなくなったのです。次に手足が動かなくなりました。駆ければ千里を往き、山さえも持ち上げられると謳われた手足はすっかり痩せ細り、どこへ行くにも弟子の手を借りねばならなくなりました。次に肌のハリを失いました。長い長い時をずっと全盛期の姿で居続けたことが信じられないほど、いえ、今まで重ねた歳月が一気に押し寄せてきたように老人のようなシミやシワで覆われました。次に千里を見渡せる謳われた目を、微かな嘆きも聞き逃さないと謳われた耳を、遠くで燻る煙も嗅ぎ分けた鼻を失いました。そして、自らの考えを適切な言葉で正確に伝え続けた舌を失い、動くことも話すこともなくなると、やがて、考えることをやめ、意識を手放しました。
その時、それまで晴れていた空から長い長い雨が降り続けました。それこそ全てを手放した合図でした。世界を覆うほどの長雨に対しての人々の反応は様々です。ある者はひび割れた大地にしみる恵みの雨と言い、またある者は全てを飲み込み洗い流す恐ろしい雨と言いました。やがて長雨がやむと、弟子たちは約束通り静かな森に葬りました。こうして、全知全能の神様によって滑られていた時代は終わりを告げました。
さて、力が手放された頃、地上にも変化が起きました。ある者は生まれつき、ある者はある日突然、常人離れした能力を得るようになったのです。超絶技巧の演奏者、人並み外れた俊足、怪力、絶世の美人、千里眼、絶対音感、繊細なワインの違いを嗅ぎ分ける者、雄弁な弁舌家、そしてたぐいまれな天才と……。その者たちが、その力を持って何をなしたのかは、また別なお話。




