鉛筆
伏線など何も考えず、即興で書いたものです。
詩子は机に向かってひたすら鉛筆を削っていた。シュッシュッと小気味よい音を立てながら一本二本と鉛筆を尖らせていく。「明日はどれくらい使うことになるのやら……」そんなことを思いながらカッターナイフを握る手に力を入れる。特に課題を出されたわけでもない。強いて言えば自分自身が出した課題だ。「とにかく納得いくまで!」それまでは何枚も何十枚も描くつもりでいる。いい加減指が痛くなったこともあり、そろそろやめようかと机の上を見ると「こんなに削っていたのか……」と思うほどの削りカスが山のように積もっていた。それを画用紙と刷毛をちり取りと箒代わりに手早くまとめてごみ箱に捨てて、削った鉛筆をまとめて鉛筆立てに入れ眠りにつく。思えばいつからだろう。絵を描くことが楽しくないと思うようになったのは。あぁ、きっと義務と思うようになってからだ。
朝の陽ざしに起こされ、少し憂鬱に思いながら重い上体を起こしながらため息を一つつく。作業場を見ると当然ではあるが未使用のスケッチブックが積まれている。これから描く物の内いったいどれくらいが作品になるのだろうか……。考えても仕方ないと、よろよろと机に向かう。
しかしスケッチブックを開き、最初の一筆を入れてからは顔つきが変わる。「題材は決めない。描きたいものを描く。」それだけはこの世界に足を踏み入れてからもスタンスは変えていない。まだ心の底から楽しめていない自覚はあるが、そこが揺らぐと筆を握ることさえ嫌悪してしまうと思い変えずにいる。
やがて最初の一枚が描き上がる。それを見た時の第一感想は「なにこれ……」だった。とはいえ、最初の一枚などそんなものだ。まだ頭の中が冴えないうちから、どうかすると目覚める直前に見た夢がまだ少し記憶にある内から描いているのだから理解できるものが出来るとは思っていない。いつかこればっかりを集めた作品集を出してみたら一部には需要があるのかもしれないが、あまり乗り気はしない。二枚、三枚と描き上げる。時に窓から見える景色、時に目についた飲みかけのコーヒーカップ、またある時はゴミ箱から出してきたスナック菓子の袋……。その時の気分でその時目に入ったものを何枚も描いた。作品に変わるかさえ頭にはなかった。そんなものは後から見返して決めればいい。いったい何枚描いただろうか。そういえば今日何も食べてないと気づいたのは、部屋の反対側の窓から日が差した頃だった。今更食事の準備をするのも億劫に思い、軽く身なりを整え、財布だけをもって近くの軽食店に出かけた。
コーヒーとサンドイッチだけ頼み、窓際の席に腰掛け、早速一口かじる。その時になってようやく自分が思っているより空腹であることに気づいた。サンドイッチをもう一つ追加で注文しつつ、ふと目にした先の店内のレイアウトや調度品などを目に焼き付ける。外出したついでに日用品などを買い、帰宅する頃には夕方近くになっていた。「絵を描くことに集中する」と決めたわりにはわりといつもと変わらないな。などと思いながら、誰もいない家に「ただいま」と口にする。一人暮らしをし始めてからもう何年も経つのにどうもこの癖は抜けない。
買い物袋をどさりと置き、外出着の上からエプロン一枚着て足早に作業場に向かう。今朝机に向かった時とは足取りが違うな。そんなことを思いながら、早速脳裏にある店内のレイアウトを紙に落とす。
その後も筆の勢いは衰えなかった。調度品やスーパーへ向かう途中の道路、交差点の水たまりに反射した先の景色などが、頭の片隅から次から次に出力される。こんな感覚になったのはいつ以来だろう。そういえば昔はこんな風に描けていたっけ。気づくと丸くなった鉛筆が何本も転がっていた。




