第104話 選択の夜
「気が付いたのか? セシル」
「ここは……」
セシルはゆっくりと目だけを動かす。
「お爺さんのお家よ。セシル急に気を失ったのよ? 覚えてる?」
「ん……痛っ!」
セシルが頭を押さえる。
「……爺さん、やっぱり今日だけは此処に泊めてくれないか?」
「儂は一向に構わんよ。こんな老いぼれでも誰かの役に立つのなら家くらい何日も泊まればよろしい。ーーじゃが……いいのかお主」
そう問いかけるのは、さっき宝剣が神剣になった経緯を話したからだろう。
「今はいい。それよりもまずはセシルの容態の安静が先だ」
こんな状態のセシルを外に出そうとしていた俺が間違っていた。
「セシルは大丈夫。早く次の旅に行こ?」
「セシルのことが先と言っただろ? 今日もじきに日も暮れる。旅のことは今夜にでもゆっくり考えよう」
早朝ヘリオスの村を出発してカリダ村へ。その後、アイスベルク山脈を登り下り辿り着いた爺さんの村。
窓から見る夕日が沈んで来ている。
「シンにさんせー、私もうへとへとだわ。村だし、何処かに食料くらいあるよね」
「済まないねえ青髪のお嬢さん。儂はもう1人でのう、食料も1人分しかないんじゃ」
「謝ることじゃないわ。食べ物くらい自分たちで何とかする。それにお爺さんの家に泊めてくれるだけでも有り難いわ」
「メア、俺たちの分も頼んだぞ」
背を向きながら、メアは手を振って答えて出て行く。
旅の食料はバタリアで買い込んでいるが、それは外で食にありつけない時の非常食的なもの。こうした場所の価値は使っておきたい。
その後、爺さんに寝室に案内され、セシルだけ先に休ませた。
「爺さん、さっきの話のことだが……」
セシルが寝室で休んでいることを確認して爺さんに聞いて見る。
「その目は疑っておるのじゃな。じゃが、儂も嘘をついていい時とそうじゃない時くらい無論分かっておる。あんなこと、嘘で言うはずなかろう」
「……そうか」
せめて、せめて嘘であってほしかった。
宝剣を神剣にするのに獣人の命が必要だなんて……
しかも、それを成すには何らかの素質のある獣人でないといけないと爺さんは言う。
宝剣が命を必要とするなんてどういう理由なんだ?
そうして俺と爺さんの間に深い沈黙が続いて、古時計の針の音だけが部屋に鳴る。
空間に重い空気が漂う。
「ーーお主のお連れさんが言うておったな。魔王の城を目指して旅をしているそうじゃないか」
その沈黙の空間を破るように爺さんが口を開く。
「ああ。シーラ王国の姫からの任務の途中だ」
別に誰かに言ったからといって暗殺者が動き出すわけでもない。
……いや、可能性はなくはないが、まあ言うくらい大丈夫だろう。
「ヴェンセル国王の娘さんかい。そりゃまた、とんでもない任務じゃな。何故、断らなかったんじゃ?」
「脅迫」
「ふぉっ! ……いやいや、ごふぉん! どういうことじゃ?」
咳き込み、そう聞いて来る。
「話せば長くなるし、爺さんにそこまで言う義理も何もない」
そう言ったら、爺さんは目を丸くした。
「まったくじゃな。まあ、せいぜい死なぬようにするんじゃよ。儂はもう腹が空いたのでのう、飯でも作るとするわい」
爺さんは椅子から立ち上がって歩いて行く。
85歳とは思えないくらい足腰もしっかりしている。
日々、木を切る作業で丈夫になったのだろう。
「神剣か……」
そう呟くのはクランから聞いたやり方と違うからだ。
魔物特攻特性を失った宝剣がその後ひたすら魔物を討伐する。
バタリアでクランの宝剣ルークスとアスティオンを交えてからは、確かに魔物特攻特性は失っている。
その後も数十体もの魔物も討伐して来た。
だが一向に宝剣アスティオンが神剣になる兆しは見えない上、爺さんは何らかの素質を持っている獣人の命が神剣にする為には必要だと言う。
そもそも俺は宝剣はずっと宝剣のままだと思っていたし、神剣にならずとも十分過ぎるくらい魔物特攻特性は強い。
しかし今、宝剣アスティオンの魔物特攻特性は失われており、後戻り出来ない状況にある。
そうして、メアが戻って来るまで待っていた。
◇
「ご馳走さま~。お爺さん、台所使わせてくれてありがとね」
メアは爺さんの家に戻って来るなり、手に持った食材を使って台所で調理を始めた。
身の引き締まった魚をこんがりと焼き上げて玄米を釜茹でにする。大根のお浸しは村人からの貰い物だそうで、釜茹での玄米にしっくり来る味だった。
「それじゃあ儂は朝が早いのでのう、お先に眠らせてもらうよ」
「爺さん」
そう呼び止める。
「何じゃ?」
爺さんが言ったことーー宝剣を神剣にする為には獣人の命が必要だということ。それが未だに信じられなくて爺さんを呼び止めた。
「……いや、何でもない」
「シン、今日はもう私たちも早く休みましょ」
「その前に明日のことを考えておこうーー爺さん?」
爺さんは俺たちがいるテーブルの椅子を引いて座る。
「お主ら、悪いことは言わぬ。魔王の城に行くのはやめておきなさい。儂の単なるおせっかいじゃが、そう言うわけもお主には分かるじゃろう?」
「それは最もだ。しかも爺さんからあの話を聞いたからなおさらそう思ったよ」
宝剣を神剣にする為に獣人の命が必要なんて馬鹿げてる。
「賢明な判断じゃ」
「でもそれじゃあシン、アリス王女の耳に届かない?」
確かにシーラ王国の情報収集力を考えれば直ぐにアリス王女に伝わる可能性がある。
「なに、そうなればそうなればで地の果てまで逃げてやるさ。元々、あのわがまま姫に言われただけだしな」
「ちょっとシン! そんなこと言ってどこかで誰か聞いていたらどうするのよ!?」
メアは体を丸くしてこわばらせて周りを見る。
「安心しろ。俺たちの他に誰かがいる気配はないし、仮に誰かに聞かれていたとしてもいずれアリス王女には伝わる」
俺とメア、寝室で休むセシル、爺さんの他に誰かが近くにいる気配は全く感じられない。
「それはそうだけど……でもそれじゃ私も命狙われることになるんじゃないの!? 嫌よ巻き添えなんて!」
「俺の旅について来るって言ったのはメア、お前自身だろ? それに任務を放棄したくらいで命を狙うなんて考えにくいが……」
いや、シーラ王国だ。何をやるか分かったものじゃない。
「もう私寝る! 夜に不吉なことなんて考えたくないから!」
扉をバンっと締め、メアは行く。
「ふぉっふぉっふぉ、あのお嬢ちゃんの言う通りじゃの。眠る前は出来るだけ楽しいことを考える。ネガティブなことなんて考えるだけ無駄じゃ。ただでさえ魔物時代の負は大きいというのに、眠る前までその感情を引きづる必要はなかろうて」
椅子から立ち上がった爺さんはそう言い残し、扉を開けて行ってしまった。
「楽しいことか」
それが考えられれば苦労はしない。
この暗黒の魔物時代が始まってから、人々の近くには常に魔物という悪の存在がいて、楽しく生きてる人間なんて少数だろう。
少なくとも俺はこの魔物時代に生を受けて、魔物と戦って生きる道を選び、正直楽しいと感じたことは数えるほどにしかない。
それでも、そうした楽しいことを思い返せば心は軽くなるし、爺さんの言ったように今夜は楽しいことを考えて寝るとするか。
俺もメアや爺さんが扉を開けて行った先の寝室へと向かった。




