第103話 事実の事実
「……ちょっと、冗談よね? セシル、セシル!?」
メアの言葉に全く反応を見せないセシルは眠ったのか、もしくは……
「セシル、冗談はやめろよ。ただ、頭が痛かっただけだろ?」
俺は軽くセシルの肩を揺らした。
だが、それでも反応を見せないセシル。
嫌な予感が俺の中で沸き起こっていた。
「失礼」
その時だった。
セシルの顔付近に手を差し伸べるのはルベルト。
じっとその手を動かさない。
「大丈夫、ただ気を失っているだけ。しばらく休ませてあげれば、また目覚めるだろう」
「良かった~。私てっきりセシルにもしものことが起こったって思ったわ!」
ほっと胸を撫で下ろすメア。
「ルベルト、何でそう思うんだ?」
「昔、私は医者の助手をやっていた。人の死にも何度も遭遇していた。人間であれ獣人であれ、死んだ状態とまだ生がある状態は天と地ほど違う。見たところ彼女の意識はないが、胸と腹部の動きが微かにある。仰向けはまずい、回復体位にしてあげてくれ」
回復体位ーーリカバリーポジションと呼ばれる姿勢は左右どちらかの方向へ両膝を着ける。
そして上側の足を前に出させて、体の横を上向きへ寝かせて上半身の上側の手を患者自身の顎に乗せる。
こうすることで、患者自身の気道を確保することが出来る。
患者が気を失った状態で仰向けで放置すれば、舌の筋力が脱力してしまい喉に落ちれば気道を失い危険。
その際、唾液や嘔吐物が出れば意識不明状態にして呼吸停止の事態に陥ってしまう。
俺は直ぐ様セシルを回復体位にする。
「手際がいいな。どこかで習ったのか?」
「まあな」
習った、というより見て覚えたと言った方がいい。
まだ俺の村が魔物の大群に襲われなかった頃、母は村で医者のような立ち位置にいた。
俺の村もシーラ王国の兵団に護られていた時期があって、それと引き換えに村の田んぼや畑で作られた作物をシーラ王国に納めていた。
だが、シーラ王国に納める農作物と、村の人々が生きる為に必要な分の生産が追いつかなくなってしまい、等価交換による兵団の防衛は1年足らずで終わった。
それでも、この村ほどではないが勇者たちがたびたび訪れることがあり、村に滞在したお礼だとやって来る魔物を討伐してくれていた。
この頃から俺は勇者とは力無き人々に貢献出来る素晴らしい職業だと強く感じていた。
しかし、そんな中でも魔物に致命的な傷を負わされて意識不明になる者たちがたまに出る。
そうした時、俺の母は一目散に患者の元へ飛んで行き容態を見る。
魔物に深くえぐられた傷跡、息も絶え絶えにこの世を去って行く村の住人たちもいれば、俺の母の的確な応急処置によって息を吹き返した住人たちもいた。
そして、母のそんな様子を何度も見ているうちに勝手に覚えてしまった回復体位。
まさか、ここで役に立つとは全く思っていなかった。
「なんだか、顔色が少し良くなって来た気がする」
「そんな直ぐに良くなるか。このまましばらく様子を見よう」
俺は横たわるセシルの隣で深く腰を下ろした。
メアも俺と反対側に座る。
「俺たちはお邪魔のようだな。また落ち着いて来たら話でもしようぜ、シン」
「そうしてくれ」
レンとルベルトはドアを開けて出て行く。
爺さんは古ぼけたソファーの向かいにある、テーブルを囲う四つの椅子のうちの一つに座った。
「お主ら、随分大変な旅をして来たんじゃな。特にその獣人の子はよほど堪えていたのじゃろう」
「しらばっくれるな爺さん。そりゃな、爺さんの言う通り大変な旅には変わりない。だが、今回のことはまた別。そうだろう?」
「シン何言って! シンも分かっているでしょ!? セシルはまだ子供、そんな子と私たち大人の体力を比べちゃいけない!」
うんうんと頷いている爺さん。
「青髪のお嬢ちゃんの言う通りじゃ……と言いたいところじゃが、お主の読みには本当に驚かされるわい」
みろ、と言わんばかりの表情ーーやや口を噛み締めてメアを見た。
「じゃ、じゃあセシルが気を失ったのには何か理由があるって言うの!?」
爺さんが深く、ただ一回首を大きく縦に下ろした。
その後、爺さんが口を開くのは首を下ろして直ぐ後のことだった。
◇
魔物が人間世界に姿を現したのは今からおよそ352年前だとされている。
そして同じくして地上を支配することになるのは歴代でも最も最強とされた初代魔王の君臨。
魔物にも人間にも畏怖の対象として存在する初代魔王は、瞬く間に地上世界を地獄絵図へと塗り替えた。
初代魔王の力は人類の遥か想像を上を行き、その一振りは大地を裂き谷を作り出したとされるーーこれが死の谷が形成された理由。
俺がサギニの森で遭遇したスカルエンペラーは本来死の谷に生息する魔物だった。
どういう経緯でサギニの森まで来たのかは不明だが、少なくとも出現領域ではなかった。
そして、そんな死の谷には数多くの高レベルの魔物が数多いる。
魔王の城やその周辺を含めて、まず近づいてはならない領域。
死の谷は未だに初代魔王の一撃の深い匂いが残り、高レベルの魔物の中には現魔王に従わない奴もいるのだとか。
魔王が魔物を従属するという関係は、初代も中間も、そして今も変わっていない。
しかし、そんな初代魔王による人類への進撃は長くは続かなかったそうだ。
神玉ーーそう呼ばれるこの世の物とは思えない巨大な神々しい玉が突如として天から地上に落とされたそうだ。
魔物は落ちた神玉に近づくことはおろか、神玉を中心とし数キロ先離れた数多の魔物を消滅させた。
これが起きたのが初代魔王が君臨した時代。
この神玉の話は古書にも記載されている。
その後だ、宝剣を持つ勇者が現れ始めたのは。
爺さんの話はここからだ。
爺さんによると、初代魔王を討ち取ったのはたった5人の者たちだったそうだ。
そのうちの3人が勇者で、名も、その後の消息も不明。
ただ唯一分かっているのは、この3人の勇者が神の名を持つ武器を持っていたということ。
そして1人はなんとヘリオスの村出身の人間というではないか。
こちらは分かっているのは性別が女だったということだけ。名は不明。
勇者とヘリオスの村の共同戦線、ヘリオスの村に行った身としては考えられないことだ。
「爺さん、そういう話があったということは認める。だが、最後に言った言葉が本当だとすれば、俺は今歩いている道を捨てることになる」
「お主がそう言う気持ちは痛いほどに分かる。じゃが、これが事実だと言うことは儂の祖父、そして祖父の友人の名誉の為でもあるんじゃ。じゃから分かるな? 人は時として受け入れたくない事実も受け入れる心が必要なんじゃ。それが生きるということ」
俺が爺さんから聞いた最後の言葉。
爺さんは言った。
初代魔王を討ち取った5人のうちの最後の者ーー獣人。
つまり、3人の勇者と1人のヘリオスの村の者。そして獣人。
俺が爺さんの言葉に憤りを感じたのはここからだ。
勇者3人が持っていた神の名を持つ武器。それは何も宝剣が魔物特攻特性を失った状態で、魔物を討伐しまくったからなったわけではないと断言した。
宝剣を神の名を持つ武器、つまり神剣にする方法。
それは獣人の命と引き換えに成せたものだったそうだ。
だが、それは誰でも出来るようなことではなく、獣人の中でも宝剣を神剣にする素質があるものしか出来なかったそうだ。
初代魔王を討ち取った5人のうちの1人の獣人。
彼女は女性だったそうで、獣人の中でも群を抜いての素質だったという。
この素質とやらが何であるかは爺さんに今は聞いていない。
「……セシル」
今はもう呼吸も安定して来たようで、随分顔色も良くなったセシル。
もし、宝剣を神剣にする為に彼女の命が必要というのなら……俺は……
「メア、ここで決断してくれ」
「……決断って言われても、私はシンの言う通りにするよ? もちろん、お爺さんの言葉が本当なら私は絶対嫌だし、そんなことまでして魔王の城を目指す必要なんてないしあり得ないから」
メアは俺と同じ考えだった。
まあ、メアならセシルの命を犠牲にしてまで魔王の城に行くなんて200%発言しない。
「話はまとまった。メア、セシルを連れて行くぞ」
そうとなれば、この村にいる必要はない。
セシルを安静にしたいところだが、村に来る前にいた3番ゲートを左に進んで行けば街がある。
その時だった。
セシルが眠そうにしながら、そのまぶたをゆっくりと開いた。




