4、病院はあの天よりも白かった。
本末転倒ながら私は病院に輸送された。心優しき善良な市民によって。
病院はあの天よりも白かった。天井しか見えないが、だからこそ本末転倒である。
鮮血に染められていないにせよ、ここは天に帰ってきてしまったかのような消失感があった。
早く遁走を図りたい気分だったので、徐に私は体を起こすことを試みた。
「痛っ……」
およそわたしが生れ落ちて幾億年。味わったこともない激痛が走り去った。
その結果ズドンと元の位置に戻るしかない。
神と言うものは全くもって痛みを感じませんが、私は感じるようだ。これは幸か不幸かで言うと幸である。ついにようやく人間になれたのかと嬉々として喜びが溢れてきたのだ。
同時に涙も溢れてきたのは言うまでもないだろう。
「どうしたんですか。状態が悪化しましたか?」
私のこの反応に看護婦が来てしまった。
一瞬間前には全くそのような気配すら微塵もなかったのにどうなっているのだろう。
仮にも元神で、元神が病院で治療を受けているのは非常に滑稽な話であるのだが、それ以上にそんなに早く来る看護婦は滑稽だった。
いつ何時も対応に奔走するためにどこからで待機をしているのだろうだと考えられる。それでも、このスピード感は恐怖だ。
言い訳を考える暇もない。完璧な言い訳を一瞬で考えられる時代は終わったのだ。拙い言葉を泥臭く紡ぐのがこれからの人生だ。
「いや、な、なんでもない。別に踊っていたりしない。心は踊っているが……」
「あれですか。無理に体を起こそうとしましたね」
分かっているらしい。
病院のことなら既に私よりも知識量と言うか……経験量が違う。
「もっと安静にした方がいいですね。ほらほらちゃんと休んでくださいね」と何とか言って仰向けになっている私に羽毛布団を被せた。
ここで安静するなどで出来る気がしない。気まずさが溜まらないほどある。
「いやいや、なんか逸る気持ちがあるんだ」
「ああ…。偶にいますよね。病院っていう非日常な施設に来るとそうなってしまうというか……、かく言う自分も子供の頃はそうでしたもの。我ながら何も言えませんね」
おいおい。だからと言って言ってはいけないということはない。自分がしていたからと言って注意する義理がないとか、もうそれは過去のことだろう。
過去のことを今に引きずっていいのは“いいこと”だけだ。
「それもそうなんですけど…。精神性的にどうしても受け付けないんですよねー」
その看護婦は憂いながら言った。
はは。直感的に分かってしまう。昔のように全部ではないが大体ぼんやりとこの人を理解できた気がした。
「ははっ。無駄口叩いている場合ではなかったですね。自分は仕事を全うしなければ給金が下がってしまいますからね。これは失われた三十年のせいではなくて怠慢のせいで下がってしまうのはどうにかしなければなりませんね」と言ってその看護婦は去ろうとした。
「あっ。そうだ。患者さん。これさっき来た人が渡して来たのですね」
手紙だった。
人間界に一人たりともいや、一人ぐらいは居るのだろうけど、こんなに律儀に手紙を送るような知り合いは一人たりとも居ない。
知らない。未知な手紙。頭を悩ませた。
「では、病状が悪化したと思えばナースコールで慮る必要もなく、呼んでくださいね?」と言う言葉を最後に出て行った。
私は看護婦の言葉を半分どことか四分の一すらも聞いていない状態だった。
注目は手紙だった。聞きながら便箋を舐めまわすように触っていた。どうやら分厚い。何枚も入っているのだろうかと思ったが、手帳があるのか?小口があるような気がする。
まあこんなもの見てしまえばどうとでもないのだ。
自らシュレーディンガーの猫に囚われる必要性は欠けている
さてと、皆さんは手紙をどのように開けるのだろうか。
しっかりと〆と書いている所から律儀に慇懃に剥がすのだろうか。私はそう言うのはどうでもいいのだ。
乱雑にびりびりに剥がした。
そして、早速中身を見る。仰向けで蛍光灯の光が煩わしく少し、横向きになってから読むことにした。




