25、天は二物を与えずと言ったけれど。
「あ、あら?て、……じゃないのですか?だあれ?」
開けるや否や屈託のない笑顔を見せた。
まるで、夫の帰りを待つ、家内だった。その鷹揚とした態度、妖艶さが節々から出る魅惑的な体躯をちらつかせながらも、楚々とした雰囲気を醸し出していた。こんな横柄な態度であるのにも関わらず、依然と違って心地よさを覚えていた。気配というのだろうか。身に纏っているものが違うのではないかと感じた。
「こんにちは。きずなあまねさん」
私は皮肉のみを込めて眉を顰めながらも言葉を放った。
「ああー。同じクラスの、元知さんですよね。と、言うかわたくしたち知り合ってすぐですよね?」
「確かにそうですが……」
「それに今押しかけられてもわたくし余り暇でなくて。金持ちですから、急用とか入ってしまうかもしれませんから用件はおそらく承れません」
急用ではなく休養中では?ただただ直球に拒絶されてしまった。拒絶されてしまったことよりもその金持ちアピールとかいうめいいっぱいの見栄っ張りの方が気になった。
確かにきずなあまねの邸宅は実に目に見はるものがあるのも事実だ。市役所という一等地にも関わらず、巨大な様相を呈していた。
前と同じ服を着ているのに私に造詣が薄かったばかりに、彼女のそれがこの邸宅と合わさると、途端に高級品に見えた。高級品なのか。
「そう。貴方様が言うようにこれもあれも高級品で固められています。ですからわたくしの時間はありませんの。お帰り遊ばせ」
非常に居丈高な態度だ。背景も相まってテンプレートな高飛車なご令婿としか言いようがなかった。そのご令婿様は取り付く島もなく閉扉をしたようとした。
私はつっかえ棒のように手を挟んだ。痛い。
「何をしておられますの?」と私の奇行を眼前にしたからなのか彼女は眉を顰めた。
「ちょっと話良いですか?」
「どうしてですかね?」
「私を呼んだのは必然ですよね?」
「いいや。別にそんなことはないでしょう?大体どうやってわたくしは貴方様に知らせればいいのですか?」
「それは、簡単ですよ。貴方が直接的に私の友達に教えたのでしょう?」
桐花さんなら何でも知っているなんて言うのはお門が違う。彼女のキャラは怠惰な友人キャラだ。仮にそのようなキャラでなくとも利口キャラは我が後輩とキャラ被りではないか。構成的にあり得ない。大分メタファーな解釈ではあるがこんなものは元神ならばお茶の子さいさいなことだった。
「う…ん?どうして、わたくしの利益にならないのですけど?そもそもわたくしと貴方様は何も関係ないのですから」
きずなあまねは首を傾げた。そりゃ私しか分からないことを言っている。しかし、首を傾げた彼女はそれを装っている雰囲気があった。態としているのが見え見えだった。
はあ。仕方がない。直接的なのがお好みらしい。文学的ではない彼女に相応しい。
では、こう訊くこととしよう。
「どうして、彼女たちを狙ったのですか?別に違う人々でもいいでしょう?」
ただ一言言った。
ただ一言だけできずなあまねの双眸は覚醒した。
「はははは」と急に口角を上げて笑い始めた。余りにも急で脈絡もなかった。おかしなことを言ったか?
「それは…。ただただ恣意的で至って私怨的な理由ですわ」
「私怨的……」
「しかし、ど、どうして、どうして覚えて……。いいや、どうしてなど訊く必要もないですね。わたくしはそうなることを知っているのですから」
知っていると言った点に引っかかった。思わず訊き返してしまう程である。その特権は昔の私のものだ。
「は?それはわたくしが知っているから。それ以外にないでしょう」
自らの頭に人差し指を突き立てながら強調した。いかにも傲慢だ。人間が何でも知っているなど、浅慮な知識で語るべきではないのだ。千慮な後輩のみに許された称号であるのだ。
「どうして、そこまで知っていると断言できる自信が湧いてくるんだ?」
「はははははは」
再び彼女は笑いを見せた。今度は私を下愚した物言いだったろう。
「何が可笑しい?」
私が何が何だか分からぬでいると、彼女はやっぱりまた人差し指を上に向けた。私は釣られるように上を見上げた。紺碧の青空とは程遠い、曇天だった。
天……。天界。
ああ。まさか。まさか。私の額から汗がだらりと垂れ、頬を伝って地面に落ちるや否や私は開口した。
「そ、それは、な、何か訊きました?私の後輩から」
「ご名答」
「な、何を訊いた?」
「何って……。わたくしが尋ねた訳ではありませんわ。わたくしの意のままに遊ばされたのですわ」
「ほう」
随分とおかしな話をする。我が後輩は地上人が嫌いだったはずだ。そんな特別に人間を優遇して、意のままに与えるのだろうか。
「そりゃあ。知恵を与えてくださったのですから、かの方は慈愛深きお方なのだわ」と言った。
違和感しか持てない。
「それによってわたくしの夢が、果たされるところですわ」
「夢?」
「そう夢ですわ」
「夢などあったのか」
「ええ。人並みに、それはそれは豊な夢を」
夢……。描けるのは人間の特権だろう。まあ。どんなに醜い夢でも見られるならそれでいい。それで。
「そういえば、以前雨の中出逢ったときは言えませんでしたね。私の動機と言ったものですよ」
いいえ。私は訊こうとはしていたが、それよりも殺意に気づいてしまったのだ。貴方が殺意を見せなければ、貴方は気持ちよく言葉を紡げていたでしょうに。
こんなことを文句言いながら、「それはぜひ聞きたいものですね」と正直に言った。別にこれだけで、私は遭いに来ているだけだ。
聞いたら帰ろうとさえ思う。しかし、次の言葉はそれすらも起きなくなった。
「私の夢は、神様なのです」
「……」
「神様に祭り上げられたいのです」と高らかに宣言をした。
ああ。なんてことを言っているのだろうか。人間に許された夢を見るという行為そのものの乱用とも考えられる烏滸がましい言動だ。
私は呆れた。困り果てた。
この挙句、その神経を疑うしかないと、「貴方はどうして、神なんかに?」と質問をする。
神なんてなっても意味がないのに。寧ろ、それは永劫の退廃的な時空空間の幽閉とも呼べるだろう。
「はははっ。貴方様は面白いことを尋ね遊ばされる」
「ど、どこが可笑しいのでしょうか。普通に……。何と言うか…」
あまりに婉曲的に申し上げることは叶わなかった。
心の内では直接的に、可笑しいというレッテル貼りはさせてもらう。
「神というのは古今東西誰彼構わず人間ならばなりたいと思っています。平穏を望むなろう系の主人公だって機会があれば神なぞになる。そんな代えがたい魅力が湧出しているのです」
それはそうだ。急に言い出したことを否定する訳がいない。
これは人間的なごく当たり前の普遍の原理なのだ。強いものになりたくないものは居ない。
「わたくしはそういう誘いを受けました。わたくしはどう考えても人間の器でしょう。まさしく神の器に近しいのですわ」と言った。
躊躇もなく。意味不明だった。
「神々しくなくとも惹かれるものも惹かれますよ。そんなにいいものでもない」
人間になりたい神こそいないが、神になりたい人間は五万といる。
なって後悔した奴も五万といる。神はそんなにいいものではない。
「いいえ。いいものです。確実にいいものです」
一側面しか見えないらしい。この状態に何を言っても何も聞き取りやしない。
幾らこちらが正しくとも猪突猛進で論理を突き立てる害役と化す。
「まあ。そういう訳でして、わたくしは貴方様を殺して、神になろうかと思い至りました」
神になる方法は二つ。
物凄い得を積むか、物凄く暴れて呪って害をまき散らしてどうにもできない悪霊を神へと祀る。
どちらかというときずなあまねは後者に成ろうとしているような行動しかしない。
例えばと、それは目の前で起こっていること。
じゃきり。
どこそこから取り出したか分からない果物ナイフが握られていた。やっぱり戦闘をしなければならないらしい。
魔法は?なんて思ったけれど、しっかりとそれは魔法でした。ナイフ全体に魔法で効能が掛けられていた。
いいや、こんな事よりも根拠に脈絡という脈絡が思い至らない。
まるで、私が元神であることを知っているかのような……。
「私は神ではないのだが」と一応の否定をいれておく。
「ははっ。今のわたくしに冗談など、滑稽ですわ」
私がまるで、そうであったかのように。確信めいた口調だった。これではいかなことも話は通じない。こりゃあ。どうしようもない。逃げるしかない。
踵を返して、逃げ隠れるべきだ。
されども、この決定でさえ、無意味に思わせるほど、彼女は素早い反応で頭部を確実に向かってナイフを突き上げられる。
幸運なことに上手くかわしました。くるり、くるりと、二回目も同様に。
バク天、側転、回転と、使ったこともない良くわからない技でさえ私は使いこなして、相手の攻撃を避けていく。
「小賢しい。いや、賢しいもない。わたくしも賢しくすればいい。脳などあとから取ればいい」
などと、御託を並べ立て、かちりと、瓶詰を割って鮮血を摂取する。それから、彼女は魔法陣を展開する。ああ。展開されれば、私は終わったと言う感覚が呑み込めない。これは私が負けたときと類似していたからだ。
しかし、幸いなことに、魔法陣で魔法を放つ際にはタイムラグが発生する。取り敢えずはこのきずなあまねの邸宅からは脱出できるだろうと、私は走ったこともない速度で、駆け抜けました。
「あはははは。やっぱり、やっぱり、貴方様は哀れですねえええ」
パチン。指が鳴り響いた。三つ。四つ、五つ。それだけの魔法陣から一斉に魔法が放たれる。私目掛けて。
いくら、元神だからと言って、ただの元神。現神に人間だと認められた神は人間だ。
私は人間のように、魔法に当てられ、悲鳴を号哭するしか程度はない。
いいや、そんな暇もなく、私は気を失いかけるほど、火や水、光、闇。相反する全ての物質に当てられて、黒焦げになって、倒れ込んだ。闘気をも失った。
「はははは。こ、これで、わたくしは神に成れるんだ」
彼女は腰が曲がるほど、奇怪化け物の姿勢になるほど関節を曲げて、喜びを表現した。
「ん?」
丁度、彼女の背中を最大限反わせて、目には天地が逆さに見える頃。誰かが、邸宅の門に来た。
「へえ。これは酷いものですわ」
私は不意に誰かに抱きかかえられた。お姫様抱っことこれは言われたはずだ。
「貴方様は誰?」
「天は二物を与えずと言ったけれど、私は天。天だから私が与える側なのよ」




