22、何も知らないらしい。
「ああ」
はあー。と実に見たこともない超嘆息を見せた後、消失感のある目をした。そして、濁ったどす黒い目をした。私を睨み付けていると感じるよりもその目に吸い込まれそうな魅惑的な感情が心を満たした。
「昔話をしようか。まだきずなあまねという少女が曲がりなりにも毎日登校していた驚きの日々のことを。私は彼女に邂逅を果たしたとき、彼女は私をこっぴどく拒否したわ。学校中に知られていた傲岸不遜でただただ不条理までに傲慢な彼女から出た初めの言葉は、わたくしは貴方様と全く階級も、高貴さも全く画一的にどれほど言葉を尽くしたとして埋まらないギャップがあるわ。それを埋めらてたら丁寧に拒否するくらいはするわ。せいぜい頑張れと。今でも一字一句暗唱できるくらいには最悪な言葉だったわ」
くううっという悔し涙を流して、地団駄踏んだ。なんだその人は。私の知っているきずなあまねではないのではないのだろうか。
「まあ。けれども、それでも、私は執拗に話しかけたわ」
「タフ過ぎやしないか?」
「だってその頃は純粋に孤立している彼女を見て可哀想に思えていたもの。そして、仲良くなれるとも思っていたもの。ただ、その行為と好意は踏みにじられた。彼女はどうせこれを鬱陶しがったのだろうね。まあ。初めからそうだったのだけれど、ついに堪忍袋の緒が切れたのだろうね。彼女は私に“攻撃”を仕掛けて来た」
「攻撃?」
思わず物騒な単語が聞こえたので割り込んでしまった。
「いやいや。別に物理的な意味だよ。攻撃より口撃と言った方が正しいかもしれない。それは彼女自身ものではないし、彼女がやったとも確証も言えない。そんなこと」
きずなあまねがやっていないのにきずなあまねのせいなのはどういうことなのだろうか。
「私がいつものように彼女に無視されてしまって、仲良くなるのにまたもや失敗した日のお昼のことだわ。私とは全く微塵も関係もない奴らが唐突に押し寄せて来て、私を罵詈雑言の渦中に呑み込んで行ったわ。きずなあまねに話しかけるなだとか、鬱陶しいんだよとか。まあ。極普通で取り留めもない悪口ではあったのだけれど、まあ。これはそこまでで、どうでもいい。本題はここからなのよ。私を罵った奴らは私を罵ったことを覚えていなかった。その人たち自身の記憶からすっぽりと抜け落ちたみたいに」
「いや、それはその人たちが最低なだけだろう?」
「いいや、その人たちは多分そんな人たちではないらしいのよ。クラスの中でも比較的優等生的立ち位置を獲得しているらしいからね」
「らしい?」
「らしいと言ったのはその人たちがクラスの連中ではなく、他クラスであり、無関係の集団だから。完全なるランダムみたいな人選。共通点も皆無。彼ら彼女らはおそらく殆どお互いの名前を知らないのだろうね」
「不可解だ」
「そう。不可解。不可解だからね。私たちは……と言うか街談巷説で、流布した迷信ではこれを呪いだとか、禁断の魔術だとか、そんな風に言っているのだわ」
「うーん。それも何か違う気がするようだけれど。不可解だけでそこまで繋がらない気がするんですが」
「まあ。それでもいいんじゃない?もともと彼女には誰も関わりたくないと思っていたんだし、これを契機にして……とは本当は違うけど、関わったからこいつのせいであるとしたかったのではないかな?かく言う私もそれを信じるまでは行かなくとも私は存在を認めてしまっているようだし……」
「なんだか、無責任ですね」
「無責任って言うが、まあ。関わらなかっただけだからね。それを無責任と言うなら無責任だろうね」
それは傍観者も虐めの加害者であるという論理と同じだ。助けないからという理由でだ。助けを求めない虐め側にも責任があると言う揚げ足取りみたいな議論になるから嫌いだ。だから私は傍観者はその字のまま傍観でいて欲しいとさえ思ってしまう。しかし、天ちゃんは当事者である。虐められていると解釈できるし、きずなあまねは傍観者とも言える。そして後から立場が逆転した。
うーむ。ややこしい。
「でも、それは別に間違いではなかった。私は無責任だったし。彼女も無責任ではあった。首謀者は彼女で間違いないらしい。あとから分かった話なのだけれど、密かに親交というか信仰があったらしい」
「信仰?」
「そう。後々知ったと言う、彼ら彼女らは彼女の信奉者。神宝のように大切に信奉されているらしい」
「らしい?」
「それも不確定な情報。本当は噂で言うように魔法だとか、なんだとかしてたかもしれないわ」
「そんなものは……」
まあ。存在はするのだろうけど、こんな身近に居られても困る。ややこしくなるではないか。
「まあ。私にも分からないわ。と、言うか。そこら辺を詮索したとしても、やっぱり傍観者。傍観者になることしかできないわ。彼女に嫌われているもの」
聞いていればいかに愚鈍であってもそこは百も承知だ。
「だから、どうにかしたいなら、私には出来ないわ」
「まあ。そこまで頼んでないし、別に話を訊きたかっただけだし、特にないです」
「そう。それなら良かった。もし彼女と会っていたなら、戦争よ。戦争」
天ちゃんは今日一番と言うか、この世で一度とないワイルドで、冷徹な目をしていた。多分、戦争の英雄のような……妙に私はカッコいいだとか暢気に思えた。
「けど、彼女は別にあの時はまだ、優しかったわ」なんて、適当に吐いた。まるで今が優しくないように。
私は考えこんでしまいそうになったけれど、天ちゃんは逸らす様に「ああ。そういえば、桐花さんは?」と周囲を目を見回した。
「ここや」
ぴょこっと小動物かのように桐花さんは天ちゃんの肩のあたりから顔を見せた。
「あーあ。恵神はんと天はんが話に耽溺していたから、トイレを独りで済ませてしまったやんか……」
桐花さんは眉間に皺を寄せ誰が見ても困っている顔を見せた。私と天ちゃんは顔を見合わせた。十分滑稽だったからだ。
連れションなんて殆ど、男子みたいなものだろう。
「ああ。今から一緒に行きましょうか?」
「行かないわ。そんなの」
しょぼんとした。連れションしてくれなくて、しょぼんとするなよ。私は普通に行くんだけれども。
そして、用を足した後、私は教室に帰った。
帰ると地獄の時刻だった。天ちゃんと、きずなあまねが睨み付けていた。冷戦中。
教室が緊張した空気が包んでいる。ああ。どうしよう。私は扉を閉めようとした。
「元知恵神さん。どこへ行くのですか?」
呼び止められた。私はそんなことされるのを予想だにしていなかったので、驚きを隠せなかった。恐る恐る振り返った。
にこりときずなあまねが微笑んでいた。天ちゃんは唖然としていた。私は固まっていた。
「ふふふふふ」
笑った。笑った。滑稽千万だ。
「貴方は何も知らないんですね。わたくしは安心しましたわ」ときずなあまねは言った。
にこおと不敵な笑みを浮かべた。うう……ん。その真意は私の蒙昧な脳味噌では到底理解の及ばないものであった。
そんな意味が分からないまま、チャイムが鳴り響いた。そのまま、授業を受けて、終わった。
これから数日が経った。




