19、なんの意外性にも欠けるでしょう?
駅で二駅。
学校なんてほっぽり出して向かった。気には乗らなかったけれど、適当な早退理由を述べてた文言を担任教師は二つ返事で了承してくれた。断られたら行かないことにしたのに……。公務員教師ではあるけれど、生徒に好かれやすい性格をしておられる。すんなりと上手く行ったので、調子が狂う。行かなくてはいけないことになった。
逆に、天ちゃんに説明するのがちょっと難点であった。ここまで来たなら、説得しなければならないと思った。
お腹が痛いだとか、頭が痛いなんて言うことが彼女には正直言えなかった。なぜなら、それが事件の始まりかもしれないというあらぬ誤解が生まれてしまう可能性が十重に存在する。なので上手い言い訳をしなくてはならない案件だった。それで私は何とか上手い言い訳を考えて……。考えられたら良かったのだが、今の私は、人間レベルにしか上手い言い訳が出来なかった。要は素晴らしいものは考えられなかったということだ。結局のところ用事という曖昧な言葉で濁して、私は学校を抜け出した。天ちゃんには申し訳ないと思いながらに。
メモの通りきずなあまねの自宅は電車に乗って二駅先。何とか公園前駅だった。一応個人情報なのであのダウナー教師と違って伏せて置くことにした。
私が到着した何とか公園駅は公園前駅と名を冠していても利用客の大半は公園になど用はない。私だって用はない。足早に去っていくものだ。それこそ今日のような雨の日に公園を利用する心理を知りたいものだ。
そう。私は思っていた。
意外に人が居たとかそういうことではない。それもそうなのだけれど……。
先生が、書いたメモを順繰りに進めども、住宅地はおろか、スーパーすらも近所にない。仕方がないのでおそるおそる歩を進めて見る。雨がどんどん強くなっている気がした。傘を差さないと気分が悪くなるほどには降り頻っていた。そして、ついにはメモが指示している地点に到着した。
そこは公園の真ん中であった。ど真ん中だった。地図を見る限り道路との接続が最も遠い地点であった。
……。あれ?こんなはずではなかった。もっと閑静な住宅街の一軒に到着する筈だった。ここも閑静で森閑であって人っ子ひとりいないけれど、そこぐらいしか共通点はない。まさか駅で方向を間違えて出てしまったのではないかと、そんな初歩的なミスをしてしまっている私が居るのであれば、流石に幻滅してしまう。心配になって勿論じっくりとメモを見通す。メモ用紙をもひっくり返して見て見る。穴が開くほど眺めて見る。されども何も書いてはいない。だってこれは私がメモしたものだもの。書いている筈もない。じゃあ。聞き間違いという線しか残っていないがしっかりと書き写したのでそれはないだろうと思う。
私は考え倦んでしまった。そして、立ち尽くしてしまった。
こんな雨の中で寂しく打たれた。傘も持たずに打たれた。もうずぶ濡れである。
公園の真ん中ではどこからでも侵入可能で、どこからでも出られるけれど、行き詰ってしまったのだった。
追い詰められてしまった。
ああ。でも、追い詰められてもどうもこうもない。何もやる気が無くなってしまったのだ。仕掛けを完全に理解してしまった推理小説だ。犯人から話を訊いてもどうせ……だ。
今日は雨さえ降り頻っているのだ。そう思って私は来た道を引き返そうとした。
「お嬢ちゃん。駄目じゃない。メモの通りに行かないと」
「っ……」
クルリと一顧した。それと同時に雨がより強くなっている。雲も濃くなっている。暗雲が立ち込めている気がする。そんな中街灯が眩く断続的に公園の隅のベンチを照らしていた。そのベンチに誰かが俯いて傘をして座っていた。黒い傘である。黒い傘に金の線が入っている。おそらく高い。そんな傘。
私が持つ黒い塊が一部始終を見よと訴えかけているようだった。まさか悪い気は微塵も起きなかったが、わずかに克服しなければならないと言う気概がある。
黒くて顔は見えないにしろこの光景はまるで天がそこへ注目しろと言っているようだった。妙な存在感もある。それは高貴だからとかそんなものではない。化け物。そう表現するのが妥当、適当だった。自ずと変な汗が出る。しかし変だ。どこかで耳にしたことがある声であり、私はそれが引っかかって固まるしかなかった。
「お嬢ちゃん。どうしたの?そんなに呆けた顔して固まって。そんな所で突っ立っていたら風邪をひいてしまうことでしょう」
なんて言って私に近付き、もやい傘をした。
「……。誰ですか?」
そう私はぎこちなくも警戒心高めながら尋ねた。
「あら。お嬢ちゃん。そんなことを訊くのね。もっと建設的な駄弁がしたいのだけれど。ほら、わたくしたち相合傘しているでしょう?」と、良くわからない論理を展開した。雨で霞んでいたその人は距離が近づいたことにより鮮明にこの双眸に映りこむ。別に特徴のある服装はしていなかった。地味で東京や大阪と言った大都市で探せば数万人といそうな普遍的な服装だった。一つ違和感があるのはその人は片目に眼帯が掛けられていた。いいや、そんなことは歯牙にもかけない。けれど、けれど、胸元で揺らめく一つのネックレスだけは私の目を奪った。
それがバツを描いているような形だったと見えたから。
「申し遅れてもないですけど、わたくしは創作零周です。なんの意外性にも欠けるでしょう?」
確かに意外性には欠ける。読んでいる貴方に向けてもう少し、犯人の言及を避けた方がよかっただろうか。その方がほら、物語的にはいい段取りじゃないか。過ぎ去った話にどうこう言っても無駄な話ではある。
「はあ……」と私はどちらとも取れる溜息を躊躇いもなく吐き捨てた。
「反応にも欠けますね。もう少し動揺をして欲しかったのですけれど、それも仕方がないでしょう。無理強いはしません」
つまらなそうに私に向けて放った。もっといい反応をして欲しかったのならアプローチする人選を見誤っている。天ちゃんなら貴方の望むものが手に入ったでしょうに。多分期待以上に、動揺して腰を抜かして、へたり込んで、泣き喚いてしてしまうだろう。う~ん。でも、高校生がそんな姿を見せているのはちょっと絵面はないけれど、絵が良くない。
結局上手く行っているのか。私の共感性羞恥は救われたのか。
「何を安心した表情をしているんですか?話聞いてないでしょう?」
「まだ、話も何も始まっていないと思うんですが」
「確かにそうですね。わたくし失念しておりました。何を話そうとして居たのでしょう?」
「私に訊かないでください」
「ああ。そうです。確か。わたくしが犯人と言う貴方様の論拠を訊きましょうとしていたのでしたっけ?わたくしが何故知っているのかは後ほどの話題にしましょう。まあということで色々予め知っているので遠慮せずどんどんと言ってください」
「はあ……」
この溜息はさっきの溜息よりも長く深い、呆れた息だった。
面倒だ、と。やっぱり推理小説の解決編のようだった。つくづく弄ばれているような感じがして癪に障る。
しかし、この手続きを踏むことを要求されているので、従順にならざるを得ない。真摯にこの問いのアンサーを提示するのみだ。センセーショナルになって全てをお釈迦にするほど、別に怠いという訳でもないのだ。
ただ、解決編を語らう程面倒臭いものもない。
解答編は分からないものが読むから面白いのだ。
解決している探偵は何も面白いとは思っていない。ただ淡々と事実を並べるだけ。およそ数学と言った方が正しい。
じゃあ。私がしようとしているのは連立方程式を解くようなことだ。
「では、一番初めから小野倉舞があのようにされたとき、欠席していたのは誰でしょう。次の時、桐花夏夏呼があのようにされたとき、欠席していたのは誰でしょう。その翌日、伽華凛香があのようにされたとき、欠席していたのは誰なんでしょう」
「質問されましても、そんなことは知りませんわ。わたくしが学校に行くなど、パラダイムシフトが起こるよりも珍しいのです」
いや。駄目だろ。いくら義務教育ではないにせよ。あと、何言っても知っているからとか言っていたのはどういうことだ。やっぱり一から説明しようか。そういう脇道の逸れたツッコミを行いたかったが我慢をする。
「そう。です。貴方です。犯人の候補は」
「へえ。なるほど。でも論拠はそれだけと言いませんよね?」
「いいや。まだですよ。私は犯人の候補、と言っただけです」
「ほう」
「桐花夏夏呼……も、犯人の候補です」
「桐花夏夏呼と言うのは……。ああ。天川の……。けど、お嬢ちゃんは第ニの被害者が桐花夏夏呼と言っていたけれどそれはこの場合はどう説明をするんでしょう?」
「簡単な話です。彼女には出来たから。まず、第一の事件。被害者は小野倉さんで小野倉さんは十字架に吊るされていました。私たちが発見したその時、いなかったのは桐花さんだけでした。普通にずる休みと言ってましたけど、これほど付きやすい嘘もないですから」
「ほう。それだけですか」
「いいや、伽華さんも候補です。第二の事件の被害者の桐花さんが発見されたとき彼女はバイトで行けないと言った。位置情報なんて簡単に偽れますし、だから犯行の余地がある。忍び込んで薬を盛ることぐらいは造作もないことでしょう。まあそんな薬っぽいものは見た感じなかったでしたけど。私の勘違いや見落としで本当はあっただけなのかもしれない」
「はいはい」
「最後に、小野倉さんも犯人の可能性があります。これは結構限定的ですけど、これは今挙げた三人が全員共犯だった可能性です。二人が協力すれば、小野倉さんを吊るすことぐらい出来るでしょう。そして、その後の事件も適当に倒れたりすればいいだけですから。毒が検出されなかったのはこれで説明は付きますけれど、それ以外はどうかという問題はあります」
「うんうん」
上下に頷いた。この人話聞いていないなと誰が見ても明白だった。次は何を言うのかどうなのかぼおっと耳を澄ませていた。澄ませても入って来るのはどう考えたって雨音だけである。
「あれ?もしかしなくても、もしかして、終わりですか?」
「そうですよ?」
「でも、適当に論を並び立てただけじゃないかですか?何も解決はしてませんよ?わたくしが何故犯人で、彼女らは違うのかが」
「まあ。それもそうですね。でもですね。前提と言うのがあるのですよ。今からですよ」
早とちりだなあ。建設的な駄弁が好きな筈でしょう。だからそれに付き合ったまでなのに、要求した貴方が初めに根を上げるのは流石に想像できませんよ。まあ。この世には良くいるらしいけど。
「端的がお好みのようなので言います。全てを考えても不可能犯罪にしかなりません。個々の動機も不十分で、はっきりと断言もできません。だから貴方なのです。最終的な判断はこの世で一番信用できる消去法でしたが、まあそれが確実だったのが出逢って分かりました。貴方が犯人なでしょう」
「わたくしはそうですけど、消去法……。なのが、引っかかりますよ?」
「いや、そこは違いますよ」
つくづくこの人は前置きと言うのを知らないらしい。婉曲的な表現も理解できないようなら貴方は文学的でない。
「だから、出逢って分かりましたを理解してください」
「出逢って?」
首を傾げた。国語の問題のように解く所を示しているのにまだ理解しない。仕方がない。教育上は考えさせることによって成長を図るものだが、そんな暇は用意されていない。
さて、私からの解答です。凄く凄くつまらない解答を。
「見えるんですよ。その黒いのが、ずうっと……」
おそらく感覚的には私はあの時からぼんやりと探していた。
けれど、最初の高揚感が忘れられず、こんなつまらない結末を希っていなかった。だから、犯人が確定した時、私の落胆具合はあの、天から地へ堕ちたときへと同じ感覚だったのだろう。
事件が出来事に昇華しただけだった。
はあ。と一つ溜息を吐いた。
「きずなあまね。貴方から魔力の香りがします」




