16、たれが垂れそうになっているけれど、あ。垂れた。
まあそんなこんなで私たちは伽華さんの家へ食材たちを運んだ。
「ん……?」
まず這入って第一印象は何かあるこれにつきた。何かの気配があるような。それはなんだか気味が悪いと言うか。そんな女の勘が働いた。
「誰かいる?」
不躾ではあったけれど、流石にこう聞かざるを得なかった。
「いいや~。誰もいないけど~」
「最近は色々と忙しいらしいからね~。母も働きに出ているんだよ~」と言った。
私は若干安堵した。友達の両親に会うなど何とも言えない感情が芽生えてしまうから安堵してしまった訳ではない。まあかくいうもいつかは会ってみたいと思う。娘さんに何もなかった場合に限りではあるのが条件なのだけれど、それがないと安心できたからだ。
誰もいない。それは十分な安心材料であった。
一人で勝手に安堵している私を見て伽華さんは不思議そうに「どうしたの?」って訊いてくる。
「いいや……。この家。綺麗だなって」
咄嗟に話題を逸らすことにした。出まかせではないよ。当然。
まさにうっとりとした伽華さんに相応しい自宅と言った感じだった。
外見は郊外にある分譲住宅って感じではあるけれど、貴族の風格を感じた。前世は貴族だったな。これは後輩に訊いてみるのもいい。
「ちゃんと掃除してるからね~」
「当たり前だけどね。それは」
「そんなことないわ。私だって掃除は苦手だもの。けど、夏夏呼と比べられたらそれはそれは心外だけれども」
「そんなに酷いことになっていたの~?」
「足の踏み場が無くなっていたわ」
「それなら私が掃除しに行こうかな~」
「冗談っぽく聞こえるけど、凛香なら本当にしそう」
「まあまあ。我が子みたいなものですから~」
「そりゃ。私の部屋も掃除してもらいたいね」
「綺麗でしょ~。天は」
「凛香に掃除するために散らかすことぐらいは出来るわ」
「何をしたいのやら~」
他愛もない駄弁に興じていると「ここが私の部屋だよ~」と伽華さんが言った。
二階の手前。洋間。
伽華さんの部屋は何とも言えなかった。ここをどう表現すればいいかと言えばまさしく伽華さんの部屋にしか感じられないだろう。
なんかいい雰囲気だった。
特にそこにあるベットなんて包まった方がいいと思える。実践はしないけれど。
さりとて、助走をつけて伽華さんのベットにダイビングする阿保が居るほどだ。
招き入れられた片方だった。
「うわっ。めっちゃ。ふっかふっか。天女のベットとはまさしくこのことかっ」
「ははっ~。多分それはニトリかIKEA~」
「どっちでもいいわ。どの道この布団はとてもいい。凛香の匂いがするわ」
「ちょっとちょっと~。嗅がないでよ~」
伽華さんはベットから天ちゃんを剥がそうと躍起になっている。それに抵抗して布団に顔を埋めている。
これこれはじゃれ合いであったけれど、天ちゃんは何をしているんだ?私が知り合った人間でまともな人は伽華さんだけだなと思った。
だからと言う訳ではないが、まるで私が現金なヤツみたいであるが、仲裁に入って行った。と言いつつ体裁はそうであるけれど、私も交じって揉まれて楽しんだ。
ひと段落。
ひと段落だから段落を開けて置く。これは空行とも言うけれど。
はてさて、閑話休題と言ったところで取り敢えず事の収拾を付けた後、私たちはタコパの準備を始める。場所はダイニングだった。
「たこ焼きの生地でお好み焼きを焼いてみたくなってきたわ」とか訳の分からない文句を唐突に口に出した。
「じゃ~。お好み焼きの生地でたこ焼きを焼きます~?」と伽華さんは戸棚からお好み焼きの粉を取り出した。
なんかとてもしたそうな顔をしている。好奇心で心が満たされている人の顔だ。
しかし、もう既にたこ焼き機を卓上に出しているから、天ちゃんの言うことは出来ないにしても、伽華さんが代案で出したものも何か違う気がする。
「どうぞ」
私はそれでも止めるだけの理由も義理もないので、適当に流して置いた。
早速、天ちゃんはお好み焼きの粉を開けた。マジックカットの失敗してハサミで開けて、ボールにぶちまけた。
それは、その量は大丈夫なの?たこ焼きの粉と比較すれば半分程度あるけれど、たこ焼きの三分の一がお好み焼きの粉でいいのか?私はちょっと嫌なんだけれど。何気に人間界に降りて来て楽しみにしているのはグルメなのですけど……。初たこ焼きがロシアンルーレット方式でいいのか?止める権利は勿論あったんだけど……。後悔の念。
えっと、このような後悔はありつつ曲がりなりにも取り敢えずは出来た。
焼くぐらいまで出来た。しかし、天ちゃんがたこ焼きの世話をしているのが難点である。アイスピックでひっくり返している所も不安点。不安天。
まともなものを作ろうとは思わないのかと思った。なぜなら、たこ焼きの中身。タコ、チーズはまあいいと思う。その後、キムチも分からなくはないけど、サーモンとかマグロをレアで入れるのは何とも言えなかった。
「えっと……タコってどれですか?」
「ん……?うーん。ん?」
アイスピックで迷い箸をしたけれど、首を曲げた。やっぱロシアンルーレットじゃないか。初のたこ焼きがタコではない可能性がある。
「じゃあ。あれで」
「本当にいいのかね?選択は戻れないんだよ?一日三万五〇〇〇回の選択の内の最大の一つで良いの?」
「そんなに、大層なことではないけれど……」
もっと大層な選択があるのだろう。だから適当でいい。適当でも当てられるのが元神の神髄だ。
右奥が直感的にいいとした。論理よりも信用できる。よし、決めたなら、もうちゃっちゃと食べよう。私は箸を伸ばし掬い取った。
「どうだったかしら?」
「う…ん……。何も入っていない」
「へえ」
「そ、それは私が作ったやつだよ~」
「何故に?なんか何も入っていなかったのがちょっとだけショックだったのだけれど」
「いやあ。タコが入っていなかった時文句言われても困るからね~。予め混入して置いた~」
「何の気を気にしているのか分からないことだな」
「ははっ、混入とかいう単語やめて欲しいのだけれどね」
「ああ」
「もしかしたら、この中に犯人がいて、もうたこ焼きの中に混入しているのかも」
取り越し苦労の不安を天ちゃんは呟いた。
可能性として重々ある。だけれど、私はこの場の人間の顔を一通り見る。
伽華さんと天ちゃん――やはりどう考えたって、動機はないだろうし……。
「?」
「う~ん~。被害者が私で、天ちゃんがそんな話をするなら~不利益でしかないから~。恵神ってことにならない?」
「……」
「……」
どうしよう。熱い熱い熱視線を向けられている。特に何も言うことがないが、でっち上げなければならない。
「では、一連の流れ、二つの事件の発生時、私は君たちの前に居た」
「ああ……。そうだね。でも、その二つと関連がなかったらどうする訳?」
「まず、このたこ焼きの粉に毒か何かを入れた場合、私は只では済まないでしょうね。勿論天ちゃんも」
「あ」
「こんなにたこ焼きの数があって伽華さんがどれを取るのは未知数であるので無理でしょう。皿に毒が塗ってあるというなら今取り換えればいいですし」
「あ……」
「大丈夫?何もない?」
皿を入念に見始めた。骨董品屋にも持っていけない紙皿を。大丈夫?たれが垂れそうになっているけれど、あ。垂れた。
「何もなかったわ。いや、待ってここで確認すべきことは凛香の奴を確認しなければならないよな……」
「まあ~。でも大丈夫ですよ~。毒を食らわば皿までって言うじゃないか~。なら」と伽華さんは箸を持ってたこ焼きを摘まんで、自分の皿でぐるりと一周しながらたれを絡ませた。
そのまま躊躇も躊躇いもなく、たこ焼きを口にした。
「ああ~。ぐっちゃ。これ~。モグっ。昆布の味がしますね~」
食べてから話した方がいいよ。何を言っているのか分かりずらいたらありゃしない。てか、昆布みたいなのもあったのか。たこ焼きってこんなにもブラックボックスだったのか。
「ほらね。何もなかったでしょう~」
「確かに……」
「まあ。ないでしょうね。だからただの杞憂ですよ」
「そうみたいね」
「じゃあ~。次焼きましょ~。もう焼き尽くしてしまいましたからね~」
「何だがそれの物言いは炭まで焼いて失敗してしまったようだわ」
「た、たしかに~。……」
バタリ。そのようなけたたましい音が聞こえた。いや、その音が大きいことに気が付くことは大分遅れた。何故ならば、目の前の情報を処理するのに非常に時間を食われたからだった。
伽華凛香が倒れ伏した。




