14、所謂不可能犯罪だった。
「ど、どういうこと?」
「このようになっているでしょう?多分睡眠薬でも飲まされているのでしょう。割とオーバードーズかもしれない」
「え、なら早く起こした方が……」
「そう、そうです」と言ってすぐさま行動に移す。天ちゃんも危機を持って息を呑んだ。
天ちゃんは何かをするなんて一切悩むことなくトントンと強く肩を叩く。ドンドンと叩く。
その時腕の辺りに傷らしきものを確認できた。犯人と何かあったことを示唆しているのだろう。
一刻も早く訊きだすべきだろう。
肩を叩くというのが数回ラリーが継続した後に「うぐっ」とようやっと桐花さんから反応が見られた。
ここで私はホット胸をなでおろした。生きていた。
「い、意識ありますか?」
「あ、らり?れぐり?」
完全に呂律が回っていない。しかし私の名前を呼んだのだろうことは辛うじて、雰囲気だけで分かった。
うん。これは完全に睡眠薬の最悪の作用だろう。
彼女の前で、手を振ってみた。それもボーとした反応しか得られない。完全にその時の反応だった。
だけれども、これで判断するのは早計ではないのか?推理をする際に情報を間違えれば命取だ。
仕方なし。やむを得ない。私は屈んだ姿勢になり、ゆっくりと近付き彼女の唇を奪った。
「うっ」
開眼した。そして、桐花さんは紅潮した顔を見せた。
口吻で目覚めるなどどこかの童話である。
いいや、そんな論は宛らどうでも良い。私のこの感じた違和感は何だ。
思った答えとは違うと言った点でこの行動に間違いはなかったのだけれど、いやいや。
全く見当が付かなくなった。
私が当惑を見せていると、その姿にまた当惑させられている人が言った。
「え、あ?ん……?レイプドラック?」と的外れにもほどがある回答を天ちゃんは言った。
「違うよ。断じて今の行動をそうだと主張されるのは心外です。必要な処置であって、天地神明に掛けて邪な心はない。断言できます」
「へえ」
ジト目で追い詰めてくれる。
接吻を授かった方はまだ赤身が抜けない。
本当は興奮してしまったと私が発言してしまえば大地雷だろう。
「うちの状況はどういうこっちゃねん。分からな過ぎて、白けてしまったわ」と言いながらも顔は紅潮したままであった。
これの経緯を話した所で納得もしなさそうなぐらいであったけれど、インフォームドコンセントは大事。インフォームドでもコンセントでもないけど。
言ったら事後承認を求める。一部始終を伝えるのだ。
「はあ。そういう経緯か。けど、なんとも大胆なことをするやんか。恵神はもっと礼節を弁えた深層の令嬢かと思ってたわ」
「見える。私もそうかとちょっと思ったわ」
その印象は“元”ではあった。あの神の時代は別に見ただけで、感じただけで解決が出来た。そもそも天にこういった事件は起るはずがないから弱弱しいことしかできなかったというのもあるし、こうやって大胆なことをするのは私が人間であって、その不便さゆえの枷みたいなものだ。
「で、うちに口づけして置いて何も分からなかったとか言わないよな?ファーストやぞ」
「え、えぇー」
私が見る限り、最も憐れむかのような目線を天ちゃんは見せた。
「なに。悪いか?」
「いいや。何も。何もですわ」
「ちょっと癪に障るけど、寛大な心で受け流してやるわ。有難いと思い。それで、なんか分かったんか?恵神さん?」
「いや……。特に」
「おいいいい。う、うちのファーストキッスがああああ」
血走った眼を持つ猛獣に襲い掛かられた。猛獣と言っても恋愛弱者で、処女だった。
寛大な心なんて言った傍からの発言だったので、それが何なのか考えさせられたけど、なるほど確かに無害だった。寛大だった。
ブンブンと体を振る以外は無害だった。年齢高かったら脳震盪で死ぬけれど、なんて言うのはいちゃもんである。
そんな状態で「あ、あのごめん…」と私は謝罪した。
「いいじゃん。別に。どうでもいいようなどこの馬の骨としれない男よりも一顧傾城な美女とキスできた方が人生充実感高いと私は思うわよ」
「そ、それフォローだと思っとる?えらい美男子とキッスをしている天やろうし、上から目線の奢り高ぶった意見をどうも」
「まあ」
「うっわ。嘘でもいいから否定して欲しかったわ。生生しい想像が自動再生されたやん。畜生。ああ。うちより下はおそらくいるだろうけど、周りが上ばかりだと惨めになるわ。その上に勿論恵神さんは包含されとるよ?」
「因みに私もファーストですから大丈夫ですよ」
「……」
「……」
「同情するわ」
ポスっと、天ちゃんは私の肩の上に置いた。その上悲しそうな眼をした。
ええ?ファーストキスは何か悪いのか?思えば、地上に堕ちてたった三日程度で、見た目上同性と口づけをしている私である。別にどうでもいいだろう。こんなにあっさりしているものだし、色恋に興味は微塵もない。
「ちょっと。ちょっと。なんかうちの方が傷ついたやんか。明らかにうちが悪いみたいやんか。冗談抜きで死にたくなったが」
「いや、悪いでしょ。ごめんね。恵神……。うちの馬鹿が」
「天ちゃん。こういう時どういう反応していいか分からない」
「泣けばいいのよ。具体的には泣き叫んで喚けばいいの」
「変な教育するなや。まるで私がもっと悪いみたいやん」
「自明の理」
「自明の理って……」
うう……可愛い子は正義なのかと絶望しながら、膝をつく桐花さんが非常に惨めだった。桐花さんでも十二分に可愛い子には包含されるだろうけど、周りばっかり比べて卑屈な子だ。
また別の機会に後輩直伝の殆ど詐欺状態になれるメイク方法を伝授してあげよう。
それに「当然のこと」と自明の理と同じことを吐いた天ちゃんとの格差が切実であったけど。
「大丈夫ですよ。私。桐花さんのこと友達としか見られませんから」
「ちょっとそれはやっぱり心外や。まだしも性的に見られた方が……。いや、駄目や」
また暗然と、床に手を突いた。落ちていたポテチの袋を踏みつけてぐしゃりと音が鳴った。掃除しようよ。
まあ、本当に私は桐花さんが一番友達らしさを感じているんですよ?天ちゃんはなんか先輩って気分だし……と弁明したとしても愚の骨頂だと思われるだろう。
「はあ。元はと言えば犯人でしょう?貴方にそんな風にさせたのが事の始まりじゃないですか」
「そ、そうや。もう既に記憶の欠片にすらなかったわ。思い出させてくれてありがとう。よっしゃ。天の嫌味を水に流す先はその犯人だったわ」
「都合のいい奴ね」
「でえ、その犯人と言うのは誰や?うちにはそういう記憶が抜け落ちているのだけれど」
「う……ん?分かってたら解決だけど」
「ああ。確かにそうや。盲点だったわ」
「穴だらけじゃん。どう考えても穴しかない」
「じゃあ。大家さんとか」
「ええ?」
「うちの部屋を開けて、睡眠薬が置ける人はそれを持って他にいない。絶対」
桐花さんは絶望的に推理と言うのに向いていない。推理に絶対と言う単語が出て来た時点で望み薄だった。まだ眠っていた方がましだと思えたけど、まあこういうキャラは発言がなんかのヒントになるはずだ。メタファー的見解だが。
しかし、考えて見れば、あながち視点は悪くなかった。私は以前のその小野倉さんの事件と一緒としているけど、それも違う線と言うのはどうしたって考えられる。
それはあっさりと否定出来るけれど、悪くない。
「じゃあ。簡単な質問を。いつご飯食べた?間食でも勿論構わないけど」
「昼……。昼、いや昼前十時かなあ?」
「昼……」
「で、いつくらいから意識がなくなった?覚えている?」
「えっと……。多分最近、空が赤みがかった頃やな。じゃあ多分五時ぐらいやと思う」
整理すると、睡眠薬が混入されたとしても午前十時ほどで作用があったのは五時。インターバルは六時間。
市販薬では到底無理なような時間である。特注であるという可能性も感じられるけど、足元が付くし、薬師がそう易々と提供する訳がないしと、何かと無理がある。
だから一旦その可能性を除外する。
よし、だから私は正しかったか。
「で、あの。こんな良く分からん質問で何が分かるん?」
桐花さんがそう訊いてきた。
何故かって、口づけした際のあの違和感の確かめだ。
違和感それは睡眠薬の味がしなかった。
そして、それは時間という視点に立ってもそれが証明された。睡眠薬の関与はない。
所謂不可能犯罪だった。
私の胸は高鳴った。




