12、この作品にレットヘリングはないのだろうか。
この作品にレッドへリングはないのだろうか。燻製ニシンの虚偽とも言うらしいが、これでは犯人は俎板の鯉だ。
鮮やかに捌かれて、裁かれてしまうではないか。
まだ、色々とどうやってあの状態にしたのかの思考的結論は出せてはないけども、暫定的な犯人を選定することは出来た。
欠席者がいないという好都合によって選定された。
これで思考の上では解決である。
犯罪に置いて、不可能性をしばし取り上げられることが多いが、こんなもの犯人さえ分かれば解決したも同然である。
その犯罪をする人物がいなくなれば、不可能性は二度と現れないことになる。
単純な話、不可能犯罪は犯人が分からないからそうなっているだけなのだ。この場合直接聞けば考える必要もない。
しかし、黙秘権の行使を不可能とした前提ではある。天界的思考法である。
「でも、さあ。あの、一旦、一旦よ。舞の見舞いも兼ねて、その事件を訊きに行くはどう?」と天ちゃんは言ったのだ。
これは共犯関係があるのではないかというくらいの庇護具合であるけれど、見ると顔は引きずっていた。
悪あがきかとも思っているのだろう。または、まだ何か真実が出てくるとでも思っているのだろう。
一縷の望みに情けを掛けるほどいい人なのだった。
その言い人に免じて、元神として、その要求は呑むべきだったのだ。
伽華さんが大いに賛成の意思を表明してたからと言われればその通りだと答えざるを得ないけど。
曲がりなりにもこういう道のりで今は病院にいた。
別に次の日ではない。ただの放課後だった。
また放課後だと言いたいかも知れないが、仕方がないだろう。通常授業にやはり特段特別なことは起こらなかったのだ。だけれども次なる犠牲者が立て続けに起こらなかった幸いな事実だともいえるのだ。
何もなかった。と言うことは、現状犯人だろうと考えている人も変わっていないことだ。
これは天ちゃんにとっては不幸な事実だった。
その不幸はまだ続いていたのである。
この出来事の全貌というかただの塗沫詩書のような考えを話した。
「だから、あの後と言うかあのようにされた際の前後のことを教えてください」
なるべくどんなことがあるのか分からないから恐る恐る強強しく声を震わせた。
けれど、貴方が紡ぐ言の葉をいくらかかったとしてもいいと優しさも感じた。だからか、天ちゃんは自ずと口角が緩んでいた。
「お、お……。覚えてない……」と小野倉舞は弱弱しい声を捻り出した。
病院のあの清潔で何もない空間で重々しく発した。白い空間が黒に雰囲気も合わさって妙な空間が作りだされていた。
けれど、私たちの頭の中は真っ白になった。
「お、覚えていない?」
天ちゃんは動揺した。今しがたの柔らかな豊頬な顔はぽかんとした哀れな顔へと塗り替えられていた。
同様に動揺に動揺した。
覚えていない。これは犯人側が言うような台詞ではないだろうかとも思ったが、いやはやまずい展開ではなかろうか。
「本当に何も覚えていないの?なんかほら、舞をこのようにしたような特徴とか…」
「いや……。私がどうして病院にいるのか。私の記憶は教室に戻ろうとした所から欠落してしまっていけど」
……?
全く可笑しな話だ。そこまでの記憶がものの数秒の気絶でなくなるのだろうか。可能性としてあるけれど、なんとも良く分からない展開だ。
ここで色々と話の裾野が広がるかと愚考したが、余地がなくなった。
可能性が良くも悪くも結論が一本化されてしまった。
天ちゃんは絶望的な表情を浮かべてしまっているのだ。
「えっと。冗談だよね?私のことは……」
「何言ってんのよ。そこまで深刻じゃない。一時期の記憶がちょっとないってだけだよ」
「ほっしたわ」
「さっき言ったことだよ。二回言わなきゃ納得できないのなら繰り返すけど?」
「ああ。繰り返してくれ。それほど、私は動揺しているわ。見てぴくぴく手が震えているの」
「じゃあ。私の記憶は一部分だけ欠落している」
それを含めれば三度目だろう。という野暮なツッコミはやめる。
天ちゃんの甚だしい勘違いも早々に解決したところで、私は質問をする。
「えっと。記憶を無くした前の、記憶。そう桐花さんを探しに行ったときの記憶はどうでしょうか?」
「ちゃんとあるわ。何が関係しているのかさっぱりだけど、参考になるなら話す」
「是非に」
「私が貴方たちと離れた後、遮二無二に探すことなどしなかったね。いや、してたんだけども途中で気が付いた。携帯があるじゃん。携帯で位置情報確認すればいいじゃんって。私は徐に取り出して、確認したのだけれど夏夏呼は家にいた。ああ。なーんだ。こいつ病気かなんかかなって思って見舞いの電話でもしてやろうかなって考えて、コールを掛けた訳よ。そしたらアイツ、家でゲームしてるとか言い出してんのよ。ただのズル休みだってことよ。そのせいで私はこうなっているという滑稽千万な話だけど……」
私たちは固まった。
可能性が無くなった。振出しに戻った。
改めて説明するけど、桐花さんが位置情報で家に固定されているなら、スマートフォンが家にあるだけでトリックは成功はするけど、電話をしたとなると、若干可笑しなことになる。
まるで、犯人が二人いるみたいだ。
予め、電話で喋る内容を録音して、別の第三者に渡して家の中で待機させればいい。しかし、電話が来るなど初めから確信していないとできない芸当ではあるのは考慮しないといけない。
う~ん。不可解になって来た。
「それは本当?」などと天ちゃんが訊き返すくらいには不可解だった。
「そりゃ。覚えているけど。犯人が記憶を消去できる技術を持つのなら、私ならその部分も纏めて消すだろうけど、現に消えていないのならこれは事実じゃない?消すのは簡単だけど、書き加えるのは難しいでしょ?脳ってそういうものだから」
「確かにそうなのだけれど」
私は頭を悩ませた。
「じゃあ。桐花さんってきずなさんって人と仲良かった?」
「ん?どうだっけ?」
「さあ?よくわからないわ」
「いや~。多分関わりもなかったんじゃないかな~」と丁寧に伽華さんは答えてくれた。
なら、さっきの第三者論が無くなる。
別に親とか親戚でもいいけど、そのようにする動機が無くなる。身近で欠席を取っているもう一人の生徒しかいなくなる。
それも関わりがなければ、この事件は不可能性という一点しか出なくなる。
「はあ」
私は久々に大きなため息をついた。
人間はこんなにも苦しいのか。何も考えられないというのはこんなにも辛いものなのか。いやいや、これが楽しさとも言い換えられるのだ。
これは意外といいかもしれない。決してMなどではない。
「明日にでも桐花さんの家に行った方がいいかもしれません」
「どうして?」
「考えうる限り、振出しに戻ってしまったからですね。そして、私がさっき言った問も聞かないといけません」
「きずなさんと仲良いかってこと?訊いても骨折り損の草臥れ儲けって感じするけど」
「それでもです。それが推理ってものですから」
「そうだね。じゃあ。一旦解散するべきだわ」
「そ~だね~」
「帰りにアイスでも買って帰りましょ」
「そーしましょ~」と二人は言って足早に病室を出てしまった。やけにあっさりとすっぱりとしていた。
しかし、私はまだ出て行くことが出来なかった。大層胸の内につっかえるものがあった。
見つけてしまったのだ。
小野倉さん。
小野倉さんの首筋をただ一点見つめていた。別にそう言うフェチズムがあるという訳ではなく、ある傷があった。
印ともいうべきかもしれない。
その印は十字であって、十字でなかった。
十字架。あの吊るされた十字架と同じデザインの模様が彼女の首筋にくっきりと刻まれていたのだった。




