76 甘えすぎちゃってたね(4)
そこからは、いつも通りだった。
象をデッサンするとか、キリンをデッサンするとか。
食事もいつも通りだった。
売店で買った、ポテトやら唐揚げやらを、木陰で二人でつついた。
「あ、結構おいしい」
「だな」
拓真の返事はいつも通り少なくて、そっけなくて。
拓真はいつもと同じような、お兄ちゃんの顔をしていた。
安心する。
けどこれもきっと、あたしに合わせてのことだ。
あたしが、あたしのことを好きな拓真の前では、緊張してしまっているから。
「動物の絵も上手いんだね」
「むしろ、動物はな。人間の方が苦手」
「そう?あれはあれで味があると思うけど」
「そか?」
拓真のスケッチブックには、走り書きやらメモやらデッサンやら、色々なものがいっぱいだ。
不思議な世界へ誘われそうで、じっと見てしまう。
拓真の絵はそんなところがある。
人気もそこそこあるはず。だけれど、実際それほどでもないように見えるのは、ストーリーがニッチ過ぎるからだろう。メインストリームから外れた人間なのだ。
「……お前のデッサンなんてないからな?」
「…………わかってるよ」
「プレーリードッグだっけ?」
唐突に、思い出したように拓真に声をかけられる。
「そうそれ。プレーリードック?」
「プレーリードッグ」
「ドッグ?」
「犬的な意味のドッグだろ」
くだらない話をしながら、朝、緊張していたことをふと思い出してしまう。
そして、拓真が顔を逸らしたことで、拓真もそうなんだとわかってしまう。
目の前で、大きな鳥が羽ばたいた。
大きな雲が、遠くへ動いていく。
きっとこんな幸せもあるはずだ。
拓真は優しいし、カッコいいし、趣味も合うし。動物はかわいいし。今日だって楽しいし。
あるはずなんだ。
そう思った瞬間、あたしの目から涙がこぼれて、どうにも出来なくなった。
声も出ず、ただボロボロと涙がこぼれた。
手がぎゅっと握られる。
「あたしこんな気持ちは……やだよ……」
拓真は、どこか遠くを見ているようだった。それは、空の雲かもしれなかったし、木の上に止まる小鳥かもしれなかったし、もしかしたら、そのどれでもないかもしれなかった。
「拓真はカッコいいから……。あたしは、こんな中途半端な気持ちで付き合うなんて出来ない」
ぎゅっと握られた手から、拓真の気持ちが伝わってくる。
伝わってくるからこそ、騙すようなことは出来ない。拓真に対しても、自分に対しても。
けど。
だからって、この拓真の気持ちを断るのは、なんて苦しいことなんだろう。
あたしが拓真を好きだったらよかったのに。
最初から拓真を見ていればよかったのに。
「大丈夫だよ」
拓真は、ただ優しくそう言った。
だからあたしは、また泣いた。
こんな時まで“お兄ちゃん”をやらせてしまうあたしに。
なんて酷いやつなんだと、心の中で悪態をついた。
本当は知っていたはずなのに。
どれだけ“お兄ちゃん”だったとしても、本当の兄ではないことくらい。
これほど近い距離にいるのは、兄と妹だからではないことくらい。
拓真くんと莉子ちゃんは、そんな結論になったのでした。




