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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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72 夏は恋愛が動きそうな予感がする(6)

「騙された……。騙された……?」


 尚の言っていた言葉を繰り返してみる。


 一人だった。

 夜だった。

 眠れないまま、コンビニにでも行こうと、家を出た。

 けれど足はコンビニの方へは向かわない。

 ただ、駅の方へと。

 公園の方へと。


 神社とは別の。家とは別の。コンビニとは別の。何処か。


 星も見えない夜だった。

 この場所で、星が見えることなんて稀だ。

 それも、こんな明るい夜には、見えるはずないんだ。


「莉子?」


 後ろから、声がかかる。

 足を早める。


 いつだって、こんな風に、カッコ悪いところばっか見られるんだから。


 追ってなんか来ない。

 追ってなんか。


「莉子!」


 掴まれた腕が引かれ、後ろを振り向く。

 拓真の眼鏡が電灯の光に反射してキラリと光った。

 泣くつもりなんかなかったのに。

 きっと、少し慌てたその顔を見てしまったから。


「たく……ま……」


 拓真は、あからさまに見てはいけないものを見てしまった顔をした。

 歪んだ顔は、むしろいつも通りで安心してしまうから。


 ポタポタと涙は頬を流れる。


「どした?こっち、家じゃないだろ?こんなところで一人で……」


「ちょっと……あって……」


 それだけを言うと、拓真は覚悟を決めたようだった。

「わかったから、ちょっとこっち来い」


 一人でいたかった。

 けど、抵抗する気もなかった。


 ただ、手を引かれて、拓真の後ろを歩いた。




 道路を眺めていると、ちらちらと電灯によって出来た影だけが視界に入った。

 時々、通り過ぎる車の音が脇を通っていった。今日は祭りだったこともあって、車の通りも少ないようだった。


 あたしの考えていることが伝わったのか、拓真は家に帰ろうとはしなかった。

 途中、ガコン、ガコン、と自販機の音がした。

 たどり着いたのは、公園の片隅。

 いつも、尚がこの公園の一角でバスケをしている、あの公園だ。


 ベンチに座ったあたしに、拓真はレモンジュースを差し出した。

 一口飲むと、スッキリとした甘さが身体に沁みていく。


「尚が……」

 言葉を発した途端、恥ずかしくなって口をつぐむ。

 静かな間、拓真はじっと隣であたしの言葉を待っててくれる。

 拓真の手の中のアイスコーヒーが、ころころと回転する。


「尚が……アンナちゃんと、二人で夏祭りに行ってて……。でもそれは、騙されたからだって言うの」

「騙された?」

「みんなもいるって言われてて、でもいなくて」

「……なるほど?」

「それで、ひと気のないところで抱き合ってて……」

「騙されて?」


 拓真は、つまらなそうに空を仰いだ。


「クラスのメッセージであれほど話してたし、アンナちゃんが『尚人とワタシは、参加できないの!』ってメッセージを堂々と送ってもいたし。それで騙されたって言われても……。それに、百歩譲ってみんないると思ったんだとしても……。どうやったら“騙されて”二人で抱き合うことになる?」


 拓真はつまらなそうだったけど、あたしの話をじっと聞いてくれてた。


「莉子」


 呼ばれてふっと顔を上げると、拓真はじっとこっちを見ていた。


 その視線に、ドキリとする。


「もう、そんなヤツやめなよ」


「え?」


 心臓が、バクバクと波打つ。

 拓真の手が、あたしの手が掴める場所にあるのが、無性に気になった。


 しんと静まり返った公園の中で、拓真はあろうことかこう言ったのだ。


「もう、俺にしておきなよ」

どうする莉子ちゃん!!

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