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僕らは一度も始まらなかったはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。  作者: 大天使ミコエル


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63 夏のお祭りに行こうよ!(1)

「拓真!今日は楽しみだね」

「ああ!」

 あたしが笑顔を見せると、爽やか好青年の笑顔が返ってくる。


 大きなリュックを背負って、あたしは戦場を眺めた。

 今日は……拓真がサークル参加するイベントの日。

 イベント会場は、8月半ばの空の下で、ドスンとそびえている。




「これでよし、かな」

 お釣りの準備を終えた拓真の声。

 あたしも、スタンドに本を飾り、周りを見渡して、

「うんうん」

 なんて納得の表情を見せる。


「今日は、何部売れればいいの?」

「そうだな……」

 と悩み出す拓真は、キラリと瞳を光らせた。

 電車に乗っている時からそうなのだけど、今日は本番だからか、拓真のテンションはちょっとおかしい。

「50」

 拓真が決め台詞のように言い放つ。それはさながら、容疑者の中で犯人を言い当てる探偵のようだった。


「……いや、30」

 気が小さくなる。


「……20?」

 自信、どこいった……。


「と、とりあえず、新刊100部持って来てるから」

 気を取り直したように、段ボールをパシパシと叩く。

「100……」

 つい、苦笑まじりに応えてしまう。

「さすがにそれは多かったんじゃない?」

「…………」


 そこで拓真は、ピシッと、犯人のトリックを思いついた探偵のように、顔を上げた。


「俺は、ここで80部頒布出来なかったら、次は18禁にする」


「…………!!??」

 つい、飲んでいたペットボトルを噴いてしまいそうになる。

「え……っ」

 つい、動揺が隠せなくなる。


 それというもの、拓真の漫画は、いつだって全年齢だからだ。それも、一次創作の。


「意気込みは偉いけど……」


「それくらい追い詰めた方がいいだろ?」

 気合いを入れるのに頭を振った拓真の黒髪がなびいた。


「そ、それはどうなんだろう……」




 あたしは、『売り子』と書かれた名札をつける。

 いよいよイベントの開始だ。


 椅子に座ると、いよいよドキドキし始める。

「上手くできるかな」


 というのも、あたしはこんなイベントは初めてなのだ。

 買う方で参加することはあっても、売る方の経験はない。


「出来るよ」

 隣に座る拓真が、自信ありげに言う。


「他人事なんだから〜〜〜〜」

 あたしは呆れてみせると、拓真は、ふっと笑った。


「わかってる。けど、莉子なら出来るよ。文化祭で受付する時も、すごい笑ってるじゃん」


「それいつの話……」

 なんて不満を漏らしたけど、そういえば、なんて思い出す。

 中学の頃、お化け屋敷の受付をニコニコと笑いながらしていたので、遊びに来た拓真にからかわれたっけ。

 かぁっと顔が熱くなる。

「そんな話、あたしだって忘れてたのに……」


 拓真は隣で、きっと偉そうに笑ってるんだろう。

 いつもの優しい瞳で。


 あたしは、恥ずかしさのあまりそっちを見ることが出来なかった。

お兄ちゃんのターン!

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