王の石と傭兵2
翌日、そろそろ来る時間かなと昼過ぎにネロが家の扉を開くと、昨日の男が立っていた。
「君、いたなら声をかけてくれればよかったのに」
「俺はバイス。準備ができたら声をかけてくれ」
男の声は太く、低かった。
「準備ならできてるよ、行こうか」
既にブランも私も出られる状態だ。各々鞄を持って外に出た。
夏の昼間は太陽の熱が凄まじい。ネロが冷却の魔法を使ってくれたのでどうにか歩けているが、四人分だと一人一人への効果は薄くせざるを得ない。歩いている内に汗は出てくる。私は自分で魔法を使っても良かったけど、体力面を心配されたので大人しくネロにかけてもらった。
「場所は国境。移動に一日、潜入に一日、帰りの移動に一日。合っているか?」
「合ってる」
「延長は受け付けない」
「それも承知してるよ」
傭兵――バイスとネロは依頼内容を確認していた。
「……なぜ魔法使いが傭兵を使う?戦でもないのに」
「魔法使いってわかるの?」
「黒い髪に金の瞳。力の強い魔法使いの特徴だ」
「そう言ってもらえると嬉しいね。
俺達が兵を雇った理由は一つ。潜入先で魔法が一切使えないからだよ」
「ではなぜ……」
言いかけて、バイスは結局続きを語らなかった。
「ブラン、ちょっと相談があるんだけど」
ネロは私と歩いていたブランを呼ぶ。自然と前後――バイスとブランが交代し、私の横に険しい表情のバイスが並ぶ。
「君は、なぜあの者達といる?」
昨日とは違い、バイスは私の方を見て、声を落としてそう言った。
「ネロが一緒に仕事をしないかと誘ってくれたから。私がブランと一緒にいたいと願ったから」
「君の意志でいるんだな。しかし、なぜ?」
問われて、急にネロに出会うまでの考えが蘇る。
どうして、なぜ、何のために、どういう目的で生きているのか。
ネロとブランと一緒に過ごして、遠くへと追いやれていたはずのことを目の前に突き出されて、
「理由がなきゃ一緒にいちゃだめなの?」
つい当たるような言い方になってしまった。
まさかそんな風に言われると思っていなかったのか、バイスは驚いたように目を見開いた。黒色の瞳がよく見える。
「いや、悪い」
バイスはふい、と私から視線を外した。
ネロとブランが話し終わって、再びブランと入れ替わるまで、私とバイスは無言のまま隣り合って歩いていた。
目的地付近には日没までに到着した。
「ここまで来たら、明日の潜入は問題なさそうだね」
ネロは簡易的なテントを魔法で張りながら言った。
「本当に四人で乗り込むのか?」
ネロを手伝おうとしたバイスは、独りでに動く布を見て諦めたようで、ネロからは少し離れた場所で言った。
「そうだよ」
「危険すぎる。せめてこの子は置いていくべきだ」
バイスはちらりと私を見た。
「魔法使いでも、魔法を使えない場所じゃただの子どもだ」
ただの子どもと言われても腹は立たなかった。実際にその通りだし、バイスは私の実力がどうとか言いたいのではなく、純粋に心配しているようだったから。
「バイスの言う通り、本来なら目立たないように少人数で行くべきだ。
ただ今回は人が多い方がいいんだ。向かう先は迷宮だからね」
「迷宮?」
「そう。かつてディアナが建てたんじゃないかとも言われている建造物で、中は複雑に入り組んでいる。仕掛けもたくさんあるんだよ。
たいていは出てこられないから人も寄り付かないから、攻略さえしてしまえば、最高の拠点になる。普通の人間は入るのを躊躇うし、魔法使いは魔法を検知さえすれば侵入に気づくことができる。
そうのもあって、一般人への警戒は薄いから大人数で行っても魔法を使わない限り見つかりにくい。相手としては入っても出られないと踏んでるからね」
「迷宮なら人が多い方が助かることもあるでしょうね」
ブランも賛成のようで、バイスも依頼人に強く口出しする意思はないのか、「そうか」と引き下がった。
「決して、君のことを低く見積もってるわけじゃないんだ」
「わかってるよ。心配してくれてありがとう」
表情は硬く、声も平坦だけど、その瞳はまっすぐブレがない。道中なぜネロたちといるかを訊ねたのも、もしかしたら私のことを心配してくれていたのかもしれない。
バイスは私の言葉に驚いたのか一度言葉を探した後、
「ああ」
と、初めてほんの少し微笑んだ。
*
翌日は日の出と共にテントを畳んで、盗賊のアジトへとたどり着いた。
「大きいね」
森の中から隠れて見ると、大きな四角い建物が見えた。土でできているようにも見えて、見た目は装飾もなく質素だがとにかく大きい。ネロの家も大きいが規模が違う。劇場が十個くらい入りそうだ。
「迷宮は見た目と中が一致しないとは言われてるけど、これはかなり大きい方だね」
「そうですね」
ネロに同意したブランはどこか冷たい声だった。
「それじゃあ、裏から回って迷宮に入ろうか」
ネロの言葉で、私達は森から移動する。
盗賊のアジトは迷宮と彼らの暮らすエリアで成り立っていて、多くはないが見張りもいる。ネロが先に占術で安全なルートを見つけてくれていたので、そちらからアジトに侵入し、迷宮へと入ることになっていた。
「ここからは魔法の類は一切禁止だからね」
壁もないアジトだが、魔法検知の魔道具の範囲の線でどこからが彼らのエリアなのかが一目でわかる。
人目を気にしながら魔道具の検知範囲内に入る。ネロの占いは正しいのか、人の影すら見ないまま迷宮の入り口に辿りつくことができた。
「じゃあ入るよ」
ネロが扉に手をかけた時、ピーっと軽い笛の音のような音が響いた。
「まずい、魔道具が反応したのか?」
しかし誰も魔法は使っていない。ネロは一瞬だけ思考した後、
「取り合えず中へ!」
迷宮への扉を開いた。
急いで中に入り、音を立てないように扉を閉めると、数秒遅れて扉の外から声が聞こえてくる。
「侵入者か?」
「いや、誤検知かも知れん。反応はここからだ」
「迷宮から?誰か入ったのか?」
「そうでもなさそうだ。性能の良いのを使ってるからな、どういった魔法が使われたのかわかるようになってる。だが魔道具がそれを示さなかった」
「よくわからない魔法ってこと?」
「そうだ。噂には聞くだろう?迷宮には古代の魔法が付与されているって」
「聞いたことはあるが……今まで何もなかったじゃないか」
「もしかすると、あの石、本物なのかも知れんな」
「はは、金持ちの盛り話だろ。
迷宮の魔法でも、そうじゃなくてもどっちでもいい。この迷宮を初見で攻略なんてできないんだから、侵入者がいたところで警戒する必要もない」
「そうだな。念のためアジト内を探すか」
男達の声が遠くなっていく。
「はあ、びっくりした。取り合えず奥へ進もうか」
ネロに従って迷宮内を進む。
入り口近くはずっと通路のようになっていた。扉が閉められていて窓がなくても、迷宮内は明るかった。外観とは違いつるりとした白い壁に、光の魔法か何かが埋め込まれているのだろう。
「おい、あんた大丈夫なのか?この迷宮は初見じゃ難しいとか聞こえたが」
ある程度進んで外に会話が漏れないと思ったのか、バイスは焦りを滲ませながらネロに詰め寄った。
一方のネロはいつも通りで、笑顔でバイスを宥める。
「俺にかかればなんてことないよ。既に誰かが攻略した迷宮なら、占術で正解が見えるんだ」
「そんなことできるのか?」
「できないよ、普通の魔法使いにはね。でも俺は優秀な魔法使いだから。
大丈夫、延長になるなんてありえないから」
バイスはネロの言葉を信用したのか、二、三歩後退してネロと距離を取った。
「ここまで来た以上、あんたを信じるしかない」
「ありがとう」
気を取り直して、とネロが進み始めたので、私達も後を追う。進む先を知っているのはネロしかいない。
迷宮内はどこまでも真っ白な壁が続いていて、途中で行先が三つに別れたり、わけのわからない装置が置かれていたりしたが、ネロは迷うことなく道を選び、装置を操作して進み続けた。
途中、何故か花が落ちていることがあったが、迷宮の攻略には関係ないのか、ネロは不思議そうに首を傾げていた。ネロの次に歩いていたブランは、その花を一つ一つ拾っていく。
「その花、どうするの?」
ブランの横に並ぶと、彼は集めた花をそっと胸に押し当てる。
「こんな日の光も当たらない所ではかわいそうですから、持って帰ります」
ブランの青い瞳は静かで、でもどこか寂し気だった。
「その花、俺も一つもらっていいか?」
最後尾を歩いていたバイスもすぐ後ろに来た。しかしブランはゆるりと首を横に振る。
「すみませんが、これはお渡しできません」
「そうか、あんたが言うならそうなんだろう」
バイスはここに来るまでに食べ物となりそうな植物を集めていたブランを見て、彼が植物に詳しい人だと考えたのか、あっさりと諦めた。
「花を愛でる趣味がおありですか?」
「いや、俺は……ただ、その花があまりに綺麗だったから、もしあれば……」
バイスは言葉尻にかけて歯切れが悪くなっていく。
「あれば、妹が喜ぶかと思ったんだ」
吐き出した息にも似たその声は、彼がそれを言うつもりではなかったのだということを教えてくれる。
「妹さんがいたのですね。それで帰りを気にされていたのですか?」
「ああ。年が離れた妹だから、心配で」
「それはそうでしょうね。
この花は渡せませんが、何か良いものを見繕って送りますよ」
「いいのか?」
「ええ。価値のわかる人間には、優しくしたくなる性質なんです」
「そうか、ありがとう」
バイスの存在が良く知らない人間から、価値の分かる人間になったからなのか、ブランの雰囲気が柔らかなものになる。それに感化されたのか、無表情で感情が乏しそうに見えたバイスも、どこか砕けた雰囲気になっていた。
ネロの後を追って数時間。
いくら大きく見えたとはいえ、あの外観からは想像できないほどの距離を歩いた。迷宮の中は日差しがない分暑さの心配はなかったが、足の方が限界を迎えそうになった頃。
「着いたよ」
ネロがようやく私達を振り返った。
ネロの先に道はなく、行き止まりを示す壁と、その手前の空間に石の置かれた台座があった。
「随分とかかりましたね」
そう言うブランは息一つ切れていない。ネロも、体力のあるバイスだって、疲れた様子を見せているのに。
「もっとかかるのなら、ミレを抱っこする必要がありましたが」
ブランはくすりと笑う。
体力がないのは自覚しているけど、抱っこというのは中々に子どもっぽすぎる。まだ成人していないとはいえ、そんな年ではない。私はブランの視線から逃げるように顔を逸らした。
「これを持って帰れば依頼は完了?」
「そうだよ。また来た道を戻る必要はあるけど……」
ネロが揶揄うように答える。
「俺が抱えようか?」
「大丈夫だから……」
バイスは心配から言ってくれているので怒るわけにもいかない。
「まあ、俺達も疲れてはいるからね。いったん休んでから戻ろう」
ひとまず石だけ回収しようと、ネロが石を台座から持ち上げた瞬間。
「お?」
ごごご、と低い音がして地面が揺れ始める。
「何これ!」
「迷宮に付与された仕掛けですかね?このまま押しつぶされなければいいですが」
「ブランはさらっと怖いこと言わないで!
ミレ、バイス、こっちへ!」
足元が崩れ始めて、私達は急いで一か所に集まった。まだ亀裂の入っていない場所に立っていたが、音や振動は大きくなり続け、ネロが魔法を使うか悩みかけたところで――穴があいた。
「え?」
ぱっくりとあいた丸い穴に私達四人は吸い込まれた。
「え~?!」
穴の先は地面ではなく、つるりとした床に傾斜がついていて、滑り台のようになっており、どこに行くかわからないまま滑り続ける。
「ネロ!どうするの?!」
「下手に止まるのもまずい!先が見えてから考えよう!」
行き先が危険な場所でありませんように、と願っていると、先に光が見え始める。迷宮内の発光ではなく、外の光だ。
大人しく穴の先まで滑ると、すぽんと、体が投げ出される。強かに地面に打ち付けたおしりをさすりながら立ち上がると、そこは私達が入ってきた場所だった。
「おお、ラッキー、戻れるとは」
ネロが嬉しそうに言った直後、
「おい!侵入者だぞ!」
野太い男達の声が響いてくる。
「そうでもないか」
ネロは前言を撤回した。
「魔道具の範囲外まで走るよ!」
私達は一斉に外に向かって走り出す。
来た道なので戻る分には迷わない。ただ、私の足は酷く重かった。
「ミレ!」
先を行くネロたちと徐々に差が開いていく。
いつも通りなら追いつかれるはずのない距離なのに、遠くで鳴っていたはずの追手の足音が迫ってくる。
「俺が行く!」
バイスは私のところまで戻ってくると、さっと私を抱き上げて走り出した。
「バイス、ごめんね」
「なんてことはない、気にするな」
安心させるように微笑んだ後、バイスは前を見て走り出した。
追手に追いつかれるぎりぎりのところで、先にアジトの外に出ていたネロたちに合流する。
「よし、じゃあ帰るよ!」
ネロは全員が揃たったのを確認して、大きく腕を振った。途端に風が巻き起こり、私達を取り囲む。
次に目を開けた時、私達は昨日テントを張った場所まで戻って来ていた。
続きます。




