王の石と傭兵1
夏も盛りを迎えた頃には、不定期なネロの休みに合わせることは諦め、ブランは週に二、三回訪ねるようになっていた。
家事や依頼のちょっとした手伝いもしてくれて、ブランは家に馴染んでいた。体の成長は止まったが、まだまだ元気なアルケミラの相手もしてくれるので私としては大助かりだ。
「ブランが来てから、アルケミラはだいぶ落ち着いたね」
「単にそういう時期なのです。あと二月もすれば人の形を取るようになりますよ。
ドラゴンの性別は曖昧ですから、どのような姿になるか楽しみですね」
「生まれ持った性はあるって聞いたことがあるけど」
「ええ、生まれ持った性はあります。ですがドラゴン自身が自覚するまで人の姿に反映されることはありません。アルケミラも中性的な人間になると思います。
そこから数年で自身の性別を自覚し、人の姿もそれに適応するのです」
「本来の姿だったら、変化はないんだよね?」
「そうです。ドラゴンの姿の見た目は変わりません。結局のところ卵を産むか否かですから。言ってしまえば、魔力を出すのと溜めるのでどちらが得意かといった話です。ですから、ドラゴンの性別は曖昧なのです」
物知りなブランは私にその知識を共有してくれる。ブランの語り口はどこか懐かしくて、つい寂しい気持ちになる。
――私がいなければ、あなたは何もできない。
だけど、その度に思い出す。あの冷たく重い声を。
「ミレ?」
ブランが心配そうに青い瞳を揺らがせたが、
「うわー!」
急に響いたネロの声に彼の心配も吹き飛んでしまう。
「ネロ、どうしたんです?依頼内容の確認をしていたのでは?」
「そう、依頼内容を確認してた。そうしたらやっかいそうなのが混じってて」
ネロが机の上にある紙をぺらりとめくって見せる。
私とブランは座っているソファーから、ネロのいる食卓へと移動した。
「王の石の探索?」
ネロの持っている紙には最初にそう書かれていた。
「王の石って知ってる?」
「知らない」
「ディアナの四宝の一つですね」
王の石という名も聞いたことのない私に対して、ブランは当然のように答えた。
「かつてこの地にいたとされる精霊、ディアナのもたらした四つの宝のことです。王の石、光の槍、銀の剣、豊穣の大釜。
人間の間でもまだ話が残っていたのですね」
「あー、ブランは嫌がると思うけど、人間の間では古くからの決まりごとがあってね」
「決まりごと?」
「その四宝を全て手に入れた者が、この地の王になれるんだ」
ネロの言った通り、ブランは嫌そうに眉を歪めた。
「そんなの誰が決めたんです?」
「さあね。ずっと昔から伝わる話だから、わからない。ただ、それを信じて四宝を求める人もいるんだよ。
槍と剣と大釜は、そのままの形ではなく、召喚できる指輪が残っているとされている。その中で、石だけは元の形のまま残っていると言われているんだ。四宝を全て集めた時、その石が集めた者を王と宣言する、ともね」
ブランはやれやれと溜息をつく。
「そんな人間の決めごとでなく、丘の女神のブローチを探せば良いのではないですか。それは神との約束事ですから」
「人間にとってはどちらも大して変わらないんだよ」
ネロが申し訳なさそうに言うと、ブランはますます不快そうになった。
「丘の女神は知ってるよ。魔法機関のある中央を治めているんだよね」
「そうだよ」
私の問いに、ネロは机の上に放り出されていた地図を真ん中に持ってきて、その中心部を指さす。
「中央にあるこの丘に、女神が眠っている。だからこの地を治める人間はいない。
けれど、丘の女神が求めるブローチを見つけた者は、女神と契約を交わして王になることができるんだ。
ただ、こっちを目指す人は多くない。四宝よりも探すのが難しいと言われているし、得られるのは王としての報酬だけ。四宝を集めて地の王となった方が、手に入るものが大きいってとこだね」
「何とも人間らしい理由ですね」
ブランは最早呆れていた。
「ま、ということで、今回は王の石を探してほしいって依頼だったんだけど」
ネロは元々の話に戻る。
「これが何とも言えなくてね。
依頼主の家には代々王の石と伝わる宝石があったらしいんだ。それが最近盗まれたので探してほしいって話」
「ああ、ネロは占術が得意でしたね」
「そう、だからそこまではいいんだけど……」
ネロは地図を退けて、再度依頼の紙を中央に置き、一文を指さす。
「できれば取り返してほしい?」
「そう、それも、魔法の類を使わずにね」
「魔法を使わずとは書いていないようですが……」
ブランは不思議そうにネロの指先を見た。
「まあね、ただ、こういう盗みをする連中、それも良家の家宝なんかを狙うのは、名の知れた盗賊団だ。
そうなると、魔法機関の出動を恐れて常に警戒してるんだよ。一番多いのは、簡単かつ強力な方法、魔法を検知する魔道具を使うことだ」
「だから使えないと?」
「そう。まだ占ってないけど、たぶんどこぞの盗賊のどこぞのアジトにある」
「だからさっき喚いてたんだね」
「わめ――まあそうだけど」
私は納得した。
ネロが占術でその石の在りかを探し出せたとして、奪還に魔法が使えないんじゃ意味がない。ネロも私も武力があるわけではない。北のイニア王国であれば魔法を使わない強い人がたくさんいるだろうけど。
「私も、荒事ではお手伝いできませんからね」
ブランは物憂げに言う。その美しい顔もあいまって、とても人間を遠ざけるために動物用の罠をしかけたことがあるようには見えない。
「断らないの?」
「報酬が素晴らしい」
ネロは間髪入れず答えた。
「どうにかできないかなぁ。北方の武人を雇ったら報酬が激減するし……よし」
悩んでいたネロは急に立ち上がり、二階に行くと、手に水晶を持って降りてきた。
「こういう時は占術に限るね」
「最初からそうしていればよかったのでは?」
「あんまり得意なものに頼るのもよくないからさ」
机に置かれた水晶玉は、つるりと輝いてる。どこにでもある、占術用の水晶玉。そうだというのに、私は急にぞわりと鳥肌が立って、それを直視し続けることができなかった。
*
昼食を取った後、私とネロ、そしてブランは街を通り過ぎて普段行かない森近くまでやって来ていた。場所が離れているとはいえ、家があるところと似た風景だった。人は住んでいるが、家が離れすぎていて人よりも動物や木々の音がよく聞こえる。
一つだけ違うのは、家のある場所はよく陽が当たり明るい印象があるが、ここはどんより暗く、淀んだ空気が漂っていることだった。
「本当にここに役立つ人間がいるのですか?」
ブランの住む森とは全く違う様子に、彼は嫌そうに袖で口元を覆った。
「いるよ、たぶんね」
たぶん、と言いつつ、ネロは疑っている様子が全くなかった。鼻歌でも歌いだしそうなほど軽やかな足取りで道を進み、ようやく見えた古びた家の前で嬉しそうに私達を振り返る。
「ほらあった」
”兵力をお求めなら我が店へ。最安値でご案内します”と書かれた怪しげな看板に、私とブランは顔を見合わせたが、ネロは気にせず店の扉を開けた。
「ごめんください、一人強い人を探してるんだけど」
中には精悍な男性がたくさんいて、雑に造られた丸太椅子に座っていた。入り口から見て右側にカウンターがあり、その中に一人だけ細身の男性が立っていた。
「おや、当店では選び放題ですよ」
急に用件を言い出したネロに驚くこともなく、男は穏やかに返した。
「それじゃあ、一番近くにいるこのお兄さんをお願いできる?」
ただそうやって一番若い男を指名したのには驚いたようで、カウンターを出てネロの前に立つ。
「お客様、一応得意不得意はありますから、まずご説明させていただいた方がよいと思うのですが……」
「いいや、大丈夫。この人で問題ないよ。それより料金の相談をさせて欲しいかな」
ネロは何の迷いもなく話を進めて、店主の方がそのペースに飲まれているように見えた。
「おい、いいのか?こいつはまあ年の割に歴は長いが、何の面白みもないぞ?」
ネロがカウンターで話をしている間、入り口近くで突っ立ったままの私に、一人の男が話しかけてきた。男がこいつ、と言ったネロの指名した人間は、その男に肘をつかれても何の反応も返さず、気難しそうに地面を見つめている。
「私にはわからないけど、その人がいいんだよ」
ネロが言うなら間違いないんだろうと、そう答えると、俯いている男がぴくりと体を動かした。しかしやはり視線の先は地面で、何の言葉も発さない。
「ふうん、ま、いいけど。返品になったら俺が行ってやるよ。綺麗な姉ちゃんもいることだしな」
後ろに立っていたブランを見て言った男は、次の瞬間さっと顔を青ざめさせた。きっとブランが冷ややかを通り越して射殺しそうな目で男を見たのだろう。美しい人の怒った顔が怖いのはよく知っている。
「二人とも、話は終わったから帰ろうか」
お金の話がまとまったのだろう。ネロがそう言ったので、私とブランは先に店を出る。
「それじゃあ、明日からよろしくね」
ネロは最後に指名した男に声をかけていた。男は一度ネロをじろりと見るとわずかに頷いた。
「お金は何とかなったの?」
「うん、だいぶ安かったね。だいたいああいう店は事情のある人が集まるから、相場通りと言えばそうなんだけど」
帰り道の途中ネロに訊ねると上機嫌で答えてくれた。
「明日から向かうのですか?」
ブランも話に入ってくる。
「そう、拠点を変えられる前に叩きたいから。ブランも来るでしょ?」
「そのつもりで、私を連れて来たんですか?」
「そうだよ。王の石、本物かどうか気になるでしょう?」
「きっと本物ではありませんよ。ですが、そう伝えられてきた石に興味はあります」
「じゃあ決まりだね」
いつになくネロが楽しそうなのは、高額報酬の依頼を達成できそうからなのか、はたまた別の理由からなのか私にはわからなかった。
続きます。




