観劇
よく晴れた日に、ブランは最近知り合ったばかりの二人の人間を訪ねていた。
「おはようございます」
地図に記された場所を訪ねるてノックすると、しばらく間があって扉が開いた。
「おはよう、まさかこんなに早く来るとは思わなかった」
「おや?いつでも訪ねてよいと言われたので、最初のお休みに行くと手紙を送っていたのですが、手紙は届かなかったでしょうか?もう少し日を空けた方がよかったですか?」
「いや、違う、手紙は受け取ったから今日来ることはわかってた。時間のことだよ。
ミレはまだ寝てるけど、まあ入って」
ブランは家の中へと入る。
朝食の準備途中だったのか、良い匂いが漂っていた。
「ブランも食べる?」
「いえ、私は既に朝食を取っているので」
「そう、わかった。適当に座ってて」
ブランの想像より広い室内に椅子を見つけて、大人しく腰かけた。その席の前のテーブルにネロがカップを置く。
「大したものじゃないけど、どうぞ」
「ありがとうございます」
果実を絞ったジュースは冷たくて、長い距離を移動してきたブランにはとても美味しかった。
「私も何か――ミレを起こしてきましょうか?」
「いや、いい。ちょっと仕掛けをしててね。外から開けると危ないんだ」
「……ミレは防犯が必要な状況にあるんでしょうか?」
「違うよ。ただまあ、年頃の女の子だからねえ」
ネロは鍋を見たまま軽く答えた。
ブランはそんなネロの様子を見て、拍子抜けした。彼ならば何かミレについて知っていると思っていたのだが。
「ブランはディアナとのハーフだから、色々警戒する理由もあるけどさ」
「目を覚ましてからそれほど経たずに説明したのに、ネロは驚きませんでしたね。そのことには気づいていたんでしょう?」
「解毒時の記憶は薄っすらあった。精霊術の薬だとわかったから、何となくね」
「あなたも随分と博識ですね」
「親代わりの師匠が、そういの好きだったんだよ」
ネロは準備が終わったのか火を止めて、木の器にスープをよそう。
パンと一緒に机に用意されたところで、家の外からくぐもった獣の鳴き声がした。
「おっと、今日はこっちが早く起きたか」
「今のは?」
「アルケミラ。今からご飯持って行くんだけど、ブランも来る?」
ネロの後についてきたブランは、ご飯を待ちわびる存在を目にして驚いた。
「これは……どういう経緯でここに?」
「春先に拾ったのさ。本当は卵を落としたんで取りに行ってほしいって依頼だったんだけど、孵化しててね。依頼主のところに施設もないし、何よりミレの血を吸っちゃったから」
「血の契約ですか。それは引き取るよりほかありませんね」
「街からは離れてるからいいんだけど、随分と大きくなって。これはまた建て替えないといけないかな」
美味しそうに生肉を貪るドラゴンは、ブランの小屋にも収まらなさそうなほど大きかった。
「ドラゴンは子どもの時間が短いですから、大丈夫じゃないでしょうか。人の姿を取れるようになれば半人前で、そこから人間で言う青年期が続きます。
人の姿を取るまでは半年ほどですが、体の成長はその半分ほどで止まりますから」
「なら良かった。ブランは詳しいな」
「それなりに生きているので」
「だから、今日の席も用意できたのか?」
ネロは冗談半分で言った。
最近この国で旅芸人による劇が行われている。たいそうな評判で、ミレも興味深そうに街の人の話を聞いていた。
ブランはその劇の、しかも特等席のチケットを先に送ってくれていたのだ。
「長く生きていれば、色々とありますから」
ブランはにこりと笑って答えた。
「金も要らないって書いてあったけど、良かったのか?」
「ええ。愚かな人間から巻き上げたものです。せめて使ってやらねば」
「あんた、たまに怖いよな」
笑顔のままのブランに、ネロは頬を引きつらせた。
「そうですかね?」
「あんまりミレの前ではそういうこと言うなよ。あの子は純粋なんだから。
擦れてるようにも見えたが、年の割に真っすぐだ」
「年の割に……ネロにはミレが何歳に見えているのですか?」
「何歳って、十六、七だろう?詳しく聞いたことはないけど……そういればミレにも同じようなことをきかれたな」
「そうですか……」
「外にいる時の方がしっかりしてるからか、家の中だと幼く見えることもあるけどね」
「ええ、家の中だと幼く感じますよね」
ネロの言葉に、何かを確信したようにブランは繰り返した。
家に戻るとミレは起きており、食事の前の椅子に腰かけたまま、ブランの来訪を喜んだ。
ネロとミレは食事を済ませて、身支度を整える。準備ができたところで、三人は街へと繰り出した。
「うわあ、人がいっぱいだね」
「ミレはあまり街に行かないのですか?」
「多くはないけど、依頼の関係で何度か来たことはあるよ。こんなに人がいるのを見たのは初めてだけど」
「いつもはこんなに賑わってない。他国からも劇を観たいってやってくる連中が多いんだろう」
ネロの言葉通り、劇場周辺にいる人々はこの国の者ではない者も多かった。劇に合わせて急遽開かれた露店を物珍しそうに見ている人もいる。
「今は東三王国の出入りが厳しいから、それ以外だろうね」
「東三王国……アイル、バビー、クケットですか。他の王国に比べれば豊かとは言えませんが、大きな泉もあって三王国とも支え合っていると思っていましたが……」
「あそこはちょくちょく争いが起きる。泉はバビーとクケットで共有してるから、大抵その二国が争う。中央へとつながるアイルを抑えた方が東の中では優位になるから、アイルも巻き込まれる」
「今まではどうなってきたんです?」
「アイルは中立を崩さない。危機が訪れた時、アイルはいつも何か大きな力を手にする。優秀な魔法使いが出てきたり、新しい資源が発見されたりな。それでアイルを恐れた二国が互いに引くってのが常だ。
そういえば、ミレは旅してきたんだったな。何となく状況を知ってるとは言ってたけど、他に知ってる?」
ネロが何気なく話を振ると、ミレは顔を真っ青にしていた。表情はなく、底の見えない濁った瞳に、やってしまったとネロは後悔する。以前その話が出た時もミレは顔色が悪かった。
「ごめん、嫌な話だった?」
「ちょっとね。噂だからわからないけど、酷い話も聞いたから」
ミレは無理に笑顔を作った。
「でも今ネロが話した感じだったかな」
「そうか、ごめんね、この話はもうしない」
ミレはいくつか国を渡ったと言っていた。東三王国に近い国では、詳細な話や誇張された惨劇を聞くこともあったのかもしれないとネロは気を遣ったつもりだった。
「ううん、大丈夫。私も気になるから。本当のところ、あの国で何が起きているのか。
だから、何かわかったら知りたい」
ミレが必死そうに言ったのを見て、驚いた。しかし彼女にも事情はあるのだろう。本当の話を聞いて彼女を苦しめる噂か何かを否定したいのかもしれない。
「わかった。じゃあそっちの情報も仕入れておくよ」
「ありがとう」
ミレはほっとしたように、それでもやはりどこか青白い顔のまま言った。
ブランはそんな二人をじっと見つめていた。
劇の開演時間も近づき、三人は通常の入り口とは別のところから劇場へと入った。
三人の席は舞台との距離も近く、高さもあって非常に見やすい場所にあった。席のないところにも客が入っていて、場内は非常に混雑していた。
観客は経済状況も様々な人々がいたが、三人の周りは裕福そうな人が多い。流石に王族はいないが、上流階級と見られる服装がほとんどで、町人と変わらない格好の三人は不思議そうに見られていた。それでも追い出されなかったのは、ブランのその美貌に圧倒される人がほとんどだったからだろう。ブランが街中でフードを被っていた理由をネロとミレは理解した。
人の流れが落ち着いたところで舞台は開演時間を迎えた。
「ああ、私の目には夜明けの光さえ絶望を纏って見える」
舞台の上に一人の男が立っていた。暗い場内で、その男だけが照らされていたが、彼の表情は絶望に染まっていた。
男は事業に失敗した商人で、多額の借金を抱え、家族とも縁を切られた。その状態から劇は始まった。
家も財産も全てを失った男は絶望の中旅に出る。そして旅先で知り合った仲間に励まされ、貧しいながらも穏やかな日々を過ごす。しかし妻に託した娘が不治の病だと知る。急いで故郷に戻るも娘は既に亡くなっており、妻はその後を追うように身を投げた。
後悔と絶望の中にいた男は、二人の葬儀を終え、仲間のもとに戻ることでまた穏やかな日々を取り戻していく。だが、病気の親子を見かけて、胸が苦しくなる。男の中の悲しみは決して癒えてはいなかった。
自分にできることはないのか、愛していた妻と娘を失ってなお、自分が生きていく意味は何があるだろうか。男は悩み、ついに万病に効く薬を作ることにした。事業の失敗が頭を過ったが、信頼できる仲間に支えられ無事に薬の開発に成功した。その噂は遠くまで広がり、多くの者が薬を買い求めた。
男は大金を手に入れ、それを元手にさらなる薬の開発に励み、多くの人から感謝される存在となった。そして、妻と娘のために作った墓の傍で眠るように息を引き取った。
男の人生を閉じるかのように幕が下り、劇は終演となった。
「中々に見応えがあったね」
ネロは劇場を出た後満足げに言った。同じく退場している人々の中でも、劇についての感想が飛び交っていた。誰も彼も楽しそうだが、ミレだけはどこか悲しそうな、期待外れとでも言いたそうなつまらない表情をしていた。
「ミレは面白くなかった?」
「うん?面白かったと思うよ、たぶん」
「そうは見えないけど」
「劇自体は面白いと思ったよ。だけど、どうしても主人公のことが理解できなかった。
仲間と楽しい生活を続けていればよかったのに、どうして生きる意味を求めたんだろう」
男が薬を作ったところで、助けたかった娘も妻ももう戻らない。そういったことをミレは言いたいんだろうか、とネロは思った。
「目的なんてなくたって、生きていればそれでいいはずなのに……」
しかしミレのその言葉を聞いて、それとはまた違う考えが彼女の中にあるのかもしれないと思った。
「ミレ、どうかしましたか?」
ブランが心配そうに声をかけるが、ミレは笑って、
「何でもないよ」
と誤魔化した。
「ご飯食べに行こう、美味しいパン屋さんがあるんだ」
話題を変えられてしまったので、ネロは何も言うことができなかった。その後のミレはいたって普通で、ネロの中でも自然とその話は消えていった。
続きます。




