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王の石と傭兵3

 盗賊のアジトから逃げた後は、夕食だけ取って、みんなぐっすり眠った。

 翌日は昼に近い時間に起きて、テントをしまい、帰路につく。


「昨日は大変だったねえ、あんな仕掛けがあるなんて。

 あそこはそこそこ使われてそうだったけど、毎回宝を移動させるのにあんな目にあってるのかな」


 ネロは少しだけおかしそうに言った。


「その可能性もなくはありませんが、そうではないと思いますよ。

 ネロが魔法を使う前にちらりと見えたのですが、迷宮は崩壊していました」

「どういうことだ?迷宮の崩壊なんて滅多に聞かないけど……」

「さあ。深く考えることではないでしょう。目的は果たしたのですから」


 ネロの鞄の中には取り返した王の石が入っている。これを依頼主に届ければ私達の仕事は終わりだ。


「これは本物なの?」

「いいえ、王の石ではないです」


 ネロの問いに、出発前に石を観察していたブランが答えた。


「ただ、希少なものであることは確かですよ」

「へえ、ブランが言うならそうなんだろうな」

「持ち主に詳細を伝えますか?」

「いや、いい」


 ネロは即答した。


「こういうのは、実際にこれがどういうものかは大切じゃない。

 この石が依頼人にとってどんな価値があるかが大切なんだ。王の石として扱われているなら、そのまま次代に引き渡されていく方がいい。そうやって大切にされてきたものだから」


 ネロは大事そうに鞄を撫でた。


 行きよりかは疲労によって進みが遅いが、私達は順調に帰り道を進めていた。


「ミレ、疲れていないか?」

「うん、大丈夫」


 行きとは違い、バイスは積極的に話しかけてきた。心配されるのは少し恥ずかしいが嬉しくもある。


「本当はこのまま職場まで戻るはずだったが、家まで送って行こう」

「気を遣わなくても大丈夫だよ」

「いいや、俺が気になるだけなんだ」


 そう言うバイスは、とても優しそうな人に見えた。優しそうで、明るい。初対面とは全く違う印象だが、何となく、こっちが本当の彼なのだろうと思った。


 家に着いて食卓で一休みした後、バイスは職場に戻ることになった。


「報酬を受け取って戻るように言われているが、用意してもらえるか?」

「わかった、ちょっと待ってて」


 ネロは立ち上がって部屋の奥に消えた。お金の管理は全てネロがしているから正確なところはわからないけど、魔法で強化した隠し部屋か何かに行っているのだと思う。


「お待たせ」


 しばらくして現れたネロの手には二つの包みがあった。その内の一つをバイスに差し出す。


「今回の報酬。確認して」


 バイスは包を開き、中を見てから勢いよくネロを見る。


「これは、どういうことだ?」

「足りなかった?」

「違う、多過ぎる」


 バイスは困っているようだった。


「こんなに貰えない。そもそも、今回俺は何か役に立ったわけじゃない」

「無事に帰って来られた」

「俺が何かをしたわけじゃない。仕事は果たしたが、追加報酬をもらうようなことは何もしていない」


 それを聞いてネロは、


「自覚がないんだね」


 と柔らかく微笑んだ。


「君はただ俺達に同行しただけじゃない。俺のしたいことを理解して、危険のないように提言してくれたし、何より、ミレを助けてくれただろう?」

「提言なんて……俺はただミレが心配だっただけで、迷宮のことも知らなかった。ただの口出した。ミレを助けたのも仕事の内で……」


 ネロはそれに対して何も言わなかったが、支払額を減らす気はなさそうに見えた。バイスもそれを感じ取って、金を受け取るでもなく戻すでもなく押し黙る。


「バイス、これは事前に店主にも話してあるんだけどさ、今後うちの専属にならない?」

「何?」

「君の事情は聞いてる。妹とこの近くの街で暮らしてる、だろう?」


 ネロの言葉にバイスは警戒するように身を硬くした。


「ああ、大丈夫、何かしようってわけじゃないんだ。

 君の今の職場は家から離れてる。うちだったら、往復の時間もそんなにかからないんじゃないかって話だよ」

「店主から聞いたのか?」

「そうだよ。もともと、今回限りじゃなく、君を引き抜くつもりで店に行ったからね」


 ネロは最初からこのつもりだったんだ。バイスの所属する店を訪ねる時、やけに嬉しそうだったのはそういうことだったのか。


「君がいてくれたら、今後こういった依頼があった時に助かる。そうでなくても、うちは色んな依頼が舞い込んでくるからね」


 そう、魔法使いに頼まなくてもいいことだって。


「俺じゃなくたって――」

「君がいいのさ、バイス。そっちは君を頷かせるための賄賂」


 もう一つの包みを見ながら、ネロは悪戯っぽく笑う。

 バイスが恐る恐る包を開くと、その中にはどこかで見た覚えのある瓶が入っていた。


「おや?それは誰かに売るために私から買い取ったのでは?」


 成り行きを見守っていたブランの言葉に、私はそれが何であるかを確証する。


「意味合いは一緒。この場合、お友達家格で譲ってもらった物を渡すわけにはいかないだろう?」

「そうですか。私はどちらでも構いません」


 バイスは瓶を手に取って、ラベルを読む。


「月華の薬?……月華の、万能薬か?」


 バイスは自身が手に持っているものが信じられないといった顔で、ネロと瓶を交互に見る。


「正解。君に必要なものだろう?」

「ああ、これは……こんな貴重なもの、もらっていいのか?」

「もちろん。うちで働いてくれるっていうなら、給料として渡すこともできる。

 ねえバイス、俺にとって君はそれだけの価値がある男だよ。君自身が納得するのは難しいかもしれないけど、そこは後で折り合いつけて、今は俺のわがままを聞いてくれないかな?」

「……わかった。ありがたく、話を受けよう」


 バイスにはまだ困惑が残っていたが、それでも受け入れてくれた。


 善は急げ、とのことでバイスと共に店に向かうことになった。ブランは森に戻ることになったので、私とネロとバイスの三人だ。

 上機嫌で先を歩くネロの後ろで、私とバイスは横並びで歩いていた。


「ミレ、俺は騙されているのか?」

「大丈夫だよ、バイス。私もネロの依頼を受けて、そのまま留まってるから」


 思えば、バイスと私は同じ流れだ。ネロが依頼を遂行するために占術で見つけた仕事相手で、そのままネロの下で働くことになった。


「そうか。だがどうにも不思議だ。俺はこの国ではそこそこ力が強い方だと思うが、特別強い訳じゃない。今回だってそういった意味じゃ役には立っていない。それなのになぜ……」

「バイスは自分に自信がないの?」

「そうだな、自信はない。俺は特別じゃないから……」


 バイスの瞳は悲し気で、大きな体も小さく見える。


「バイスに特別な力がなくたっていいでしょ。そんなものがあったって、なくたって、バイスが私を助けてくれたのは本当」

「それは当然のことだ」

「当然なんかじゃないよ。

 今回の依頼主はネロで、ネロの目的は盗まれた物を取って帰ること。あの場で私を助けて、ネロを守ることができなくなったら仕事としては失敗だ。護衛対象に私が入っていたとしても、迷いは生まれるはずだよ」


 敵に捕まりそうな子どもよりも、もう少しで逃げきれそうな依頼主を守り切ることが大事な時もある。


「それでも迷わず、私を助けに戻ってくれた。私は、そのバイスの優しさが嬉しかったよ」

「優しさが……優しいのはミレだ。何も特別じゃない俺を、そんな風に言ってくれる」

「皆にとって特別じゃなくても、私にとってはバイスは優しい人で、特別な人だよ」


 バイスを見上げると、彼は何かを耐え忍ぶように唇を噛みしめていた。


「バイス?」

「すまない、こんな姿情けなくてしょうがない。だけど、俺にとってミレの言葉は嬉しいものなんだ。

 どんなに自分の力がないことをわかっていても、素直に嬉しいと思ってしまう。

 本当は、俺だって、必要とされる存在なんだって、誰かの特別な存在なんだって思いたいから」


 バイスの声は震えていた。それにつられて私の胸の奥もぐっとつまるような、熱を感じる。

 私も、誰かにそう言ってもらいたかったのかな。特別な力があったって、なくたって、私は大事な存在なんだって。

 もう一度バイスの顔を伺い見ると、出会った時の怖い表情とは大違いで、ほんの少し弱々しく見える穏やかな表情だった。


「バイスは、優しい顔をしてるね。最初は怖い顔をしてたから、気づかなかったけど」

「ああ、それはな」


 バイスは気恥ずかしそうに目をそらして苦笑した。


「怖い顔をしてたんだよ、わざと。もうだいぶ前の話になるが……俺の昔話を聞いてくれるか?」

「うん、ぜひ聞きたい」

「ありがとう。

 俺はこの国の普通の家に生まれた。母は針子で、父は国の兵士だった。俺は父に似て丈夫な身体だったが、妹は体が弱くて、生きるのに精一杯だった。

 父はそんな妹を見捨てて家を出て、残された母が俺達を育ててくれた。妹の世話をしながら食い扶持を稼いでくれた母はいつも疲れていた。

 俺は直ぐにでも働きたかったが、母が止めた。俺は特別丈夫で強いんだから、この国じゃなくて、イニア王国で力をつけるべきだと。イニアで立派な兵士になればお金なんてここで兵士になる何倍も貰えるんだから、今急ぐべきじゃないと。

 俺はイニア王国の騎士養成学校への入学試験を受けることにした。だが、その試験に向かう日に、妹の容態が急変した。母は俺を試験に向かわせようとしたが、俺は行かなかった。俺にとっては家族の方が大事だったから。

 その判断を後悔したことはない。妹を医者に診てもらっている間に母も倒れて、結局母はそのまま死んでしまった」


 バイスの中ではもう折り合いがついているからだろうか。その声はとても静かだった。


「あのまま受験していたら親の死に目にも会えなかったかもしれない。妹だって、手遅れになっていたかもしれない。

 ただどうにもならないのが金だった。妹は以前より高価な薬が必要で、医者にだって見てもらわなきゃならない。今すぐにでも金が必要だった。国の兵士に志願すれば、ある程度稼ぐことはできたが、何の技術もない訓練兵に支払われる給金は低い。だから、危険があっても報酬が高い今の店に入ることにしたんだ。

 店のやつらは良くしてくれた。だけど、全員と仲が良かったわけでもない。イニアに行こうとした俺を身の程知らずだと言うやつもいたし、一度しか受けられない試験を捨てて……助かりもしない母と妹を取った俺を馬鹿だというやつもいた。

 この仕事をやっていくには優しさなんて要らない、俺のそれはむしろ考えが足りてない証だ、傭兵として金を稼ぎたいなら強く見せろ。店のやつらだけじゃない、客だって、古い友人だって、俺を馬鹿にして、あるいは心配してそう言った」


 イニア王国は強い者を集めるために、十五の少年少女に限り、他国民の騎士養成学校への受験を許可している。バイスがそれを受けずにそのまま傭兵になったのであれば、かなり長い間そういった言葉に晒され続けていたということだ。


「それからずっと、自分なりに強く見えるように振る舞ってきた。それが正しいのか間違っているのかもわからずに。

 すまない、つまらない話だったな」

「そんなことない。

 バイスは、いつだって自分で考えて、選択してきたんでしょう?

 私は、もし、もし両親が亡くなってたら――どうしていいかわからない。バイスはお母さんを失っても妹を守るために、今まで行動してきた。それってすごいことだよ」


 バイスはほめ過ぎだ、と照れていたが、私は本当にそう思っていた。


 ――あなたに何ができるというのです?


 だって、私は何もできなかったから。

続きます。

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