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アルケミラの成長

 ネロと店主の交渉はすんなりと終わって、正式にバイスがネロの店の一員となった。

 妹の状態を見ながらの出勤だが、月華の万能薬の効果は素晴らしいもので、今のところほとんど毎日出てこられている。元気になった妹の様子を話すバイスはとても明るかった。

 新月の翌日に採集されることの多い月華は、薬として出回る時期が少なく、保存もきかないので短い。そもそも高くて手に入らないが、普通の市場で手に入れようと思えば、その機会は月に一度となる。しかしネロからの報酬として渡される月華の薬は、精霊術によって作られた特別なものだ。長期保存も可能で、週に一度は月華の薬を飲むことができる。それによって劇的に良くなったのだと言っていた。


「もう少しよくなったら、礼を言いに行きたいと、同じ年頃のミレにも会いたいと言っている」

「本当?!」


 年の近い女の子なんて身近にはいなかった。私が喜んでいると、


「そういえば、ミレって同年代のお友達いないよね?」


 ネロが余計なことを言ってきたので、目で抗議しておく。


「ごめん、ごめん。

 魔法学校には行かないの?その、今じゃなくてもさ、魔法学校は年齢の上限はないでしょ?ミレなら卒業できるのに、もったいないよ」

「行くつもりは、ないかな」


 ネロの言う通り魔法学校の入学の年齢制限に上限はない。ただし下限はある。

 それに、魔法学校に入ったら、()()()にすぐにばれてしまう。


「そう?行きたくなったら教えてよ。ミレは体力ないんだから、ホウキ使えた方がいいと思うし」

「それはわかってる」


 正式な魔法使いとなれば、できることが多くなる。ホウキだって自由に使えるし、卒業後のローブは他国に行く時の身分証明にもなる。

 それでも、私には色んな意味でデメリットの方が大きいのだ。


 バイスが加入して二月も経つと、評判も広まって力仕事の依頼も増えてきた。


「いやあ、バイスが来てくれると助かるよ。手先も器用だしねえ、今度の収穫祭も期待してるよ」

「バイスはいいやつだ、他の子とも上手くやってくれてありがたい」


 街にある店を開けている時は、わざわざそう言いに来てくれる人も多かった。


「あれだけ強けりゃ、どこでもやっていけるだろうねえ」


 意外だったのは、荒事方面の依頼も難なくこなしてしまうことだった。

 私達が依頼した時は敵と接近することもなかったが、護衛の依頼で運悪く強敵と当たった時も怪我一つなく帰って来た。間近でその様子を見ていた依頼人は、みんなバイスの強さに感心していた。


「バイスって強いんだね」


 あまりにもバイスの話を聞くので、家で収穫祭の準備をしながらネロに訊ねると、


「そりゃ、イニア王国の試験を受けられるくらいだからね」


 当然のようにネロは答えた。


「ネロは知ってたの?」

「店主と話して色々ね。

 入った時は若くて、今だって若い方だから、あの店で指名されることは少なかったみたいだけど。才能があって、経験もある。強くて当然だね」

「それもわかって、バイスを指名したの?」


 ネロは料理する手を止めた。


「いいや、違うよ。

 俺はね、一時期とても迷っていた時期があってね。この先どうすればいいのかわからなくなって、水晶を覗いた。自分の未来を視たのさ」

「自分の……」


 占術は基本的に何か、を探すものだ。それは誰かであったりもするが、術者本人を占うことは少ない。難しいし、他者を占うより確率は下がる。


「そうしたら、俺の周りに四人の人が見えた。ぼんやりとした人影だったけど、俺はそれに縋ることにした。

 しばらくは何も起こらなかった。人影に思い当たるような人にも出会わなかった。それが、ドラゴンの卵の回収を依頼された時、協力者を探している中で、急にその内の一人の輪郭がくっきりとした」


 ドラゴンの卵の回収。私が初めてネロを手伝った時だ。


「そして占いに従ってパン屋に行った先で、ミレを見つけて、確信した。君が、そうなんだって」


 ネロ自身を占った時に、彼の周りにいた内の一人が、私だったということか。


「だから何とか引き留めたかったんだ。そうしたら今度は何も占っていない先で、君がブランと出会った。意識を取り戻して驚いたよ。目の前に、俺が探していた人がいたんだからね。

 ブランが二人目だと知って、彼の身の上がわかってもあまり驚かなかったね。

 それで俺は思ったんだ。もしかしたら、今がその時なのかもしれない。俺自身の未来を指し示す人々に出会えるのは、今しかないのかもしれない。

 それで宝石を取り戻す依頼を見て、占術を使おうと思ったんだ。俺の探す人が出るのかも知れないって」


 それでネロは嬉しそうにバイスのいる店に向かったんだろう。

 実際に彼を目にして、探し求めていた人だとわかったから、先に店主と話をした。


「じゃあネロの探している人はあと一人なの?」

「そうだね。だけどもう出会ってると思うよ。この前もう一度占ってみたけど、人影はぼんやりしたものじゃなかった」

「そうなんだね」


 その四人目がわかれば、ネロにとって何かが変わるのだろうか。


「四人揃ったら、ネロはどうするの?」

「どう?そうだね」


 ネロは困ったように笑った。


「今はこの生活を続けられればいいかな。商売も繁盛してるし、何の不満もない」

「ネロには目標とか、目的ってあるの?」

「さあ、どうだろう。

 今すぐってわけじゃないけど、やってみたいことはあるかな」

「やってみたいこと?」

「もう半分諦めてはいるんだけど、人を探したいと思ってる。俺じゃ絶対に探せないってわかってるけど、いつかまた会えたらいいと思っている人ならいるから」

「そうなんだね」


 特に大きな目的がなくたって、ネロには叶えたいことがあるんだ。

 そう思うと、急にまた前が見えなくなりそうになる。私は、どうなんだろう。旅に出たのだって、あのままあそこにいたくなかっただけだ。その先どうしていこうなんて考えられない。


「ミレ、下ごしらえが済んだから、ブランを迎えに行ってくれる?」


 黙り込んでしまった私に対して、ネロは何も訊ねなかった。きっとネロは、私に何かあると気づいている。けれどそこに踏み込まない優しさがある。


「うん、行ってくるね」


 それが今の私にはありがたくて、少しもどかしかった。


 収穫祭は街で大掛かりなイベントを行う。バイスはその手伝いに駆り出されていたが、無事に完了したら妹と一緒に家で過ごすと言っていた。ということで、今日は私とネロ、ブランで収穫祭のお祝いをすることになっていた。

 お祝いの仕方は様々あるが、その地域で取れた食べ物を使って料理し、家族あるいは地域の人びとで一緒に食べるのが一般的だ。


「ブラン、そろそろご飯ができるよ。中に来て」


 ブランはアルケミラの小屋にいた。ディアナとのハーフだからなのか、アルケミラはブランによく懐いていた。ブランもドラゴンの成長を間近に見られる機会はないと喜んでアルケミラの相手をしてくれる。


「もうそんな時間ですか」


 ブランは名残惜しそうにアルケミラの頭から手を退ける。


「今日は何してたの?」

「意志のようなものを感じたので、様子を見ていたのですよ」


 言いながら、ブランは椅子から立ち上がる。


「もしかしたら――」


 と同時に、小屋中が光に包まれ、視界が真っ白になる。


「なに?!」

「おや、やはりミレの存在は大きいですね」


 ふらついた私を抱き留めたブランは落ち着いている。

 眩しさに閉じていた目を開くと、小屋の中がずいぶんとすっきりしているように感じられた。


「あ、れ?アルケミラは?」

「ふふ、すぐ前にいますよ」


 ブランに促されて前を見ると、そこには一人の少年が立っていた。白い髪は肩のあたりでそろえられていて、鋭い青い瞳が真っすぐに私を見つめている。同じ位の背丈の少年は少女のようにも見えた。


「アルケミラ?」

「うん、そうだよ」


 言葉を発したアルケミラは口元を抑えて嬉しそうに笑った。


「そうだよ、アルケミラ!ミレ、やっと話せるね!」

「うわ!」


 がばりと首元に飛びつかれて、最初に血を吸われたことや、窓を割って私の部屋に侵入してきたこと、私を行かせまいと暴れていたことを思い出す。ああ、これはアルケミラだ。


「アルケミラ、落ち着いて。あなたの主人はか弱いですから、そう飛びついては危ないですよ」


 ブランが言うとアルケミラは大人しく私から離れた。


「ごめんね、ミレ」

「大丈夫だよ」


 しょんぼりとしている姿を見るとかわいそうにもなる。私は落ち込んでいるアルケミラの手を取った。


「人の姿なら、家に入れるね。さ、ネロに会いに行こう」

「うん!」


 家に戻ると、ネロはアルケミラの姿に驚いて、持っていたお玉を落としてしまった。


「え?アルケミラ?」

「そうだよ」


 アルケミラを空いている席に座らせて、私はお玉を拾って洗う。


「は、はは……そうか、君だったんだね」


 小さく呟かれた言葉に、アルケミラがネロの探していた最後の一人なんだと確信した。


「これはめでたい!アルケミラの分も用意しないとね!多めに作っておいてよかったよ。

 さ、みんなでご飯を食べよう」


 アルケミラの分も食卓に用意されて、四人で手を合わせる。


「大地の恵みに感謝して、いただきます」


 ネロの料理の腕はなかなかのもので、アルケミラは感動のあまり一気に食べようとして喉を詰まらせかけた。ほとんど生肉を食べていたこともあるだろうが、美味しい美味しいと喜んでいる姿は可愛らしい。

 人間の食器の扱いはこれから勉強する必要はありそうだが。


「おや?ミレ、あなた……」


 途中ブランが不思議そうに私を見ていたが、


「何?」

「いいえ、何でもありません。気のせいかもしれないですね」


 彼は何も言わなかった。

 初めての四人での食事の時間はあっという間に過ぎていった。



*



 メランは焦っていた。

 自室に置かれた水晶玉は、しばらくぶりに霞が消え、透明な表面を取り戻している。


「精霊の霧は晴らされた。これであなたを探せます。けれどつまりそれは()()()()にとっても同じこと……」


 水晶玉の表面を撫でると、その中に一人の少女の姿が映し出される。

 ひとまずは安全な場所にいることがわかって安心するが、占術だって万能ではない。今この子どもがどこにいるのかを知るためには、何度か占術を繰り返す必要がある。


「攫われてしまう前に、私が見つけ出します。

 絶対に逃がしませんよ」


 メランは金の瞳を歪ませた。

続きます。

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