新たな使命1
師匠とネロが戻って半月後、私はアイルの城内にいた。
「こんなに派手に魔法を使って見つからないかな?」
「私と邪眼のフォムルがいて、できないことなどありませんよ」
さらりと言うが、師匠はずっと私の肩を抱いて傍から離れない。
「自信があるのなら、エリンから離れろ」
「おや?何か文句でも?」
「随分な態度だな」
「あなたに言われたくありませんね」
師匠もブローラも終始こんな感じで、ネロが後ろで呆れているのが見なくてもわかる。
「お二方、そこまでにして。あまり騒ぐと護衛に気づかれる。敵方の兵もいくらか紛れているだろうから、静かに向かいましょう」
私たちはアイルの城内にいるというブランに会いに来ていた。
私が体力を回復した後、師匠は私について、そして地下で聞いたというフォムルの企みについて話してくれた。
まず私については、ディアナの加護を得られれば人間の大半は考えを改めるだろうということ。そしてそのための鍵――丘の女神のブローチを師匠は既に手に入れていること。あとは丘の女神に私さえすればディアナを説得するのは難しくない。
次にフォムルについては、丘の女神のブローチを盾にディアナを押さえつけ、地上を侵略しようと考えていたこと。師匠にブローチを奪われた今、次に地下へとつながるときに、捨て身で地上に攻めてくるだろうということ。
私についてはどうにかなるかもしれないが、フォムルについてはディアナと人間のハーフでもあるブランに話を聞きたいとのことだった。ブローラはフォムルに詳しいが、フォムルに打ち勝ったディアナの意見に勝るものはないという。
「エリン、ここで合ってる?」
「うん」
城の間取りが変わることはない。ブランが今アイルの城にいるのなら、客間を使っているだろう。目の前の扉を開けば、あの時冷たく追い返してしまったブランがいる。期待と緊張で心臓が激しく脈打つ。
「エリン、大丈夫だよ」
ネロに言われると本当に大丈夫な気がして、ゆっくりと扉を開く。
開いた先には落ち着きのないブランが立っていて、私を目に留めると走り寄って抱きしめてくれた。
「エリン!!
ああ、会いたかったですよ、まだ生きていてくれたんですね」
一しきり私の頭を撫でた後、ブランはネロと師匠に気づいて二人を中に招き入れ、ブローラが入る前に扉を閉めた。
ブローラは不服そうにしながらも魔法で部屋に入ってきた。
「これはどういうことですか?」
ブランはブローラを視界に入れないようにしながら、私に問う。
「ネロと師匠が戻って来たの」
「エリンの表情からすると、どうやらわだかまりは解けたようですね」
「うん。
ごめんね、ブラン。私はブランを信じるべきだった」
あの時差し出された手を取れなかった。まずはそのことを謝りたかった。
「謝らないでください、エリン。
私はあなたと同じ時間を過ごせればそれだけでいいのですから」
その声が本当に優しいものだったから、私は素直に頷いた。
客間のソファに座り、私はブランになぜここに来たのかを話した。
「アイルの城内にいてもこの地の混乱は聞こえてきていました。
エリンが消えて、中央の神殿も消え、あなたが地の王であることは正しかったのではと、愚かにも今頃言い始める者もいたそうですね。
そんな中でエリンがディアナからの支持を得れば、人々はエリンをエイオスと同じ存在だなんて見なさないでしょうね」
既にブローチを手にしているのなら、何の問題もないだろうというのがブランの考えだった。
「問題なのはフォムルの地上の侵略ですが――」
ブランは目だけを動かして、唯一立っているブローラを見た。彼もフォムルだ。
「そこのはここにいて良いのですか?」
「随分な言い草だな」
「ディアナを惨殺したのが誰だったのか、覚えていないようですね?」
「あの時はあの時だ。それに、お互い様だろう?」
二人の間に見えない火花が散る。
「まあいいでしょう。今回はエリンに協力するとのことですから」
ふい、とブランが目を逸らすと、ブローラも敵意を消す。
「そのことについては、私がエリンのためにと用意していたことが役立つかもしれません」
「私のため?」
「前に提案したことがあったと思います。四宝を正しき場所に戻さないか、と」
まだ中央の神殿にいたころ、ブランは私を訪ねてきてそう提案していた。
「そうだったね。四宝を正しき場所に戻したら……」
「ええ。この地の力が安定し、フォムル達の侵入を阻むことができます。
元は四宝はディアナの力によってこの地を守るために定められた場所に置かれていたのです。それが人間との戦いにより、崩れてしまいました。
四宝自体はこの地に留まりましたからある程度は効力も残っているのですが、不完全な状態では五年に一度地下と道が繋がってしまうのです」
「五年に一度、地下とつながるということは知っていましたが、そのようなことが原因だったとは知りませんでした」
まさしくその道を辿って地下に赴いた師匠が言った。
「しかしそれなら、丘の女神のブローチと同じように人間に探させればよかったのではないですか?
四宝を集めれば王になれるというのは、あくまで人間の決まりごとでディアナとの約束ではなかったはずですよね?」
「四宝に関してはディアナが約束を持ち掛ける意味がなかったのです」
「意味がない?」
「ブローチは丘の女神の元に戻ればそれでよいですが、四宝はそうはいきません。四宝は人間には扱えないのです。ただの人間には。
私がエリンにこの話を持ち掛けたのは、エリンならば四宝に認められると思っていたからです」
ブランの青い瞳が真っすぐに私を捉えた。
「人間の約束では四宝を全て手に入れた者がこの地の王となる、という話でしたね。
ですがただの人間の約束ごときに、ディアナの四宝が従うことはありません。
エリン、あなたが四宝を手に入れて、王の石はあなたを王として宣言しました。中央の丘にはディアナの神殿が出現しました。これらは人間の約束ごととは関係のないことなのですよ」
ブランは私の手を取ると、その指にある三つの指輪を見つめた。
「宝石が輝きを取り戻しているのも、あなたが四宝に認められているからこそ。
ただの人間が四宝を手にしたところで、色は宿りません」
私が四宝を見つけた時、どれも輝きを失っていた。それを身に着けてから宝石は光り出した。
「そこに棒のように立っているフォムルは知っていたでしょうね」
「ディアナのことなど俺が知ったことか」
ブローラはそう言うが、最初の宝を見つけた時、それを指にはめてみるように言ったのはブローラだ。あの時は「ディアナの数が減り、本来の力を失っていたんだろう」と言っていたが、それならなぜ私が身に着けて力を取り戻すと知っていたのだろうか。
「まあいいでしょう。
今この地に四方の力を扱うことができる者はエリンしかいません。あなたが私の提案を受けてくれるのなら、このことはフォムルの侵攻を防ぐだけでなく、ディアナへの貸しにもなります」
ブランは言い終えると、部屋の中を見てから、
「そういえば、アルケミラはどこですか?」
と言った。
ブランと最後に会った時、アルケミラはまだ傍にいた。そのことを思い返すと、胸の中が抉られるような痛みが襲う。
「まさか……いいえ、今は聞かないでおきましょう」
「ううん、聞いてほしい」
まだ受け入れられないけれど、それでも話さなきゃいけないと思った。アルケミラは最後まで私と一緒に来てくれたけど、ブランやネロ、バイスにとっても一緒に過ごした仲間だから。
途中で言葉に詰まりながらも全てを打ち明けると、ブランは悲し気に目を伏せた。
「もう会えないのは寂しいですね。後で弔ってあげましょう。
エリン、何か残ったものはありませんか?」
「残ったもの?ううん、何もないよ。
アルケミラは光の粒になって消えちゃったから……」
「そう、ですか。それならばひとまずは祈っておくだけにしましょう」
ブランには予想外のようで言葉を詰まらせていた。
私もアルケミラの何かが残っていれば、それに縋れたのかもしれない。いや、何も残らなかったからこそ、受け入れがたい現実を突きつけられずにすんでいたのかもしれない。
結局は何をどう考えたってアルケミラは戻らないけれど。
「エリン、そんな顔をしないでください。あの子はあなたに悲しい顔をさせたいとは思っていませんよ」
「うん、そうだね」
「今日のところは休みましょう。
アイル王代の計らいでここによそ者が近づくことはありません。ネロも、エリンの師匠もここでなら体を休められるでしょう」
やっぱりシラードとブランは連携していたんだと思うと、ほっとすると同時に不思議な気分にもなる。
「明日になればバイスも来ます。エリン、ゆっくりお休みなさい」
明日はバイスにも会える。
今の私には師匠がいて、ネロもブランも、バイスもいる。アルケミラは失ってしまったけれど、再び出会えた人達といるととても心が安らいで、すぐに眠りにつくことができた。
続きます。




