新たな使命2
次の日、よく眠りすぎた私が目を覚ました時にはバイスがもう到着していた。
「エリン!!会いたかった!!」
茶色の瞳は潤んでいて、それにつられるように私の目頭も熱くなった。
「バイス!
ごめんね、ずっと会いに来なくて」
「いい、優しいエリンのことだ、俺達に迷惑がかかるとか考えてたんだろう。
何も言うな、ただ戻ってきてくれた、それだけで俺は十分だ」
バイスはアイルの兵士として順調に功績を積んでいるらしかった。妹もすっかり元気になって、今はアイルの学校に通っているのだという。
「俺もエリンのために何かできないかと、ブランと準備してたんだ。
台座の話は聞いたか?」
「台座?」
「まったく、バイス、あなたという人はなんてせっかちなんでしょうね……。
エリン、皆様方も、お茶を淹れますからどうぞ集まって」
客間の机の周りにある限りの椅子を集めて、ブランの淹れてくれたお茶をみんなで飲む。今日はブローラの分もカップは用意されていた。ブランがポットを置くと、ブローラは自分でカップに注いだ。
「さて、先ほどバイスが言った台座についてですが……四宝を正しき場所に戻すと言っても、どこに戻すのか、といった話になります。私が生まれた時にはもう四方は散った後でしたから詳しくは知らなかったのですが、古い書物に台座という文字があったと王代が教えてくれたのです。
私とバイスはそれまでも四宝の元の場所を探していましたが、何の手がかりもなかったので非常に助かりました」
シラードはここまで深くブランと関わっていたのかと驚いた。彼はあんなにも私を恨んでいるようだったのに、春祝いでは私に跪くこともいとわなかった。彼の中で大きな変化があったのは間違いないだろう。
「王代も私からすればまだほんの子どもです。正しく導いてくれる親の存在というのは大きいのでしょう」
私の心を読んだかのようにブランが言った。
ロッドミン夫人が城に戻ったと聞いた時、精霊術を用いてアイルを守ることができるとは思ったけれど、シラードにとっての精神的な支えになることには思い至らなかった。
詳しくはシラードを知らないネロでさえ表情を緩めているというのに、昔からシラードを知っているはずの師匠の瞳は凍えるほど冷たかった。
「台座があるのは中央、アイル、ダン、イニアです。
中央に王の石、アイルに光の槍、ダンに豊穣の大釜、イニアに銀の剣の台座があります」
光の槍はアイル、銀の剣はイニアで手に入れた。豊穣の大釜はダンとはハーモルを挟んで隣にあるエオルで見つけて、王の石はダンで見つけた。
「フォムルの潜む地下はこの地の西側にあると言われている。人間がフォムルから援助を受けていたのだから、西のダンと要である中央では争いが激しかった。宝も遠く離れるというものだ」
「何の話です?」
「こちらの話だ」
ブローラが私を見て口の端を吊り上げる。
四宝を見つけた場所を知っているのはここでは私とブローラだけだ。
ブランは一度嫌そうに顔をしかめてから、何でもないように続ける。
「場所に着いては地図に印をつけてあります」
ブランは机の上に丸めておいてあった紙を広げる。その地図の上にはバツの印が四つ書かれていた。
「こんなに詳しく場所がわかっているってことは、実際に探しに行ったの?よくアイルから出られたね?」
ネロが不思議そうに地図を見る。
「アイルについては直接赴きましたが、他国はそうはいきません。特にダンとイニアですからね」
ダンとイニアはアイルから私を奪おうとした相手でもある。他の国と比べてもアイルから来た者は警戒されるだろう。
「そこは精霊に力を借りました」
ブランの周りにきらきらとした光が現れた。
それは私とアルケミラを導いてくれた精霊だった。
「四宝は隠されていましたが、その台座は隠すべきものではないようで、ディアナにも咎められなかったのでしょう」
精霊はくるりくるりと私の周りを飛び回ると、ブランの元に戻り姿を消した。
「場所がわかっているなら、あとは置きにいくだけだね。
ありがとう、ブラン、バイス」
「いいえ、これくらいあなたのためなら何でもありませんよ」
「エリンが笑ってくれるなら、俺も頑張った甲斐がある」
二人と別れて、酷い目に遭うことも、嫌な言葉を投げかけられることもたくさんあった。みんなが私をエイオスと同じ存在として、この地に破滅をもたらす者として見て、疑惑の目を向けたり、利用価値を見定めるような振る舞いを見せた。
それを経た今、私がどういう存在であると知っても何の嫌悪も抱かず、当然のように私のためにと動いてくれる、共に過ごした仲間として惜しみのない愛情を向けてくれる存在がいることが、とてつもなく嬉しかった。
「ありがとうね、二人とも」
四宝の台座を探してくれていたことだけじゃない。私を私として受け入れてくれることにも感謝を込めて、もう一度お礼を言った。
「四宝は一つ一つ戻していけばいいの?」
「本来ならそれで問題ないと思います。
けれど今エリンが何度も姿を現すのは、危険でもあります」
「それなら俺達が置きに行けばいい?」
「ネロは簡単に言いますね」
「まあね。それにこっちにはそれが簡単な人がいるし」
ネロはちらりと師匠を見て、視線を戻す途中にブローラを一瞬視界に入れた。
「あなたが、そしてエリンの師匠が来てくれたのは予想外でしたが、戦力にはなりますね」
「その割には声に棘があるね」
「いかなる理由があれ、エリンを悲しませたのは事実でしょう。あなたが姿を消して、エリンがどれほど落ち込んでいたか……」
「うん、わかってるよ。よくわかってる」
ネロの声は普段とは違い明るさが消えていた。
どうしようもないことだと私だってわかっている。あの時私に何かを伝える時間はなかったし、師匠が言っていたようにネロは私に真実を伝えられなかっただろう。言えない秘密を抱えて私といるよりは、単身で地下に乗り込もうというようやく見つけた探し人についていく方が、ネロにとっても私にとってもいいはずだった。
「ネロ……」
「慰めないで、エリン」
ネロは私の言葉を遮って力なく首を振った。
「我儘だってわかってるけど、俺にとってはブラン達にちゃんと叱られた方が気が楽なんだ」
「ネロ、悪いが俺はお前を責める気はないぞ」
「いいよ、バイスはそういう人だってわかってるから、無理して叱らなくていい」
「ネロが何も言わずに消えたことに関しては確かに怒りがあるが」
「はい、ごめんなさい。お叱りの言葉があるのならもちろん言ってほしい」
「いいや、叱るつもりはない。
こうしてまた会えたのに、ようやくエリンが笑顔になったのに、こんな話題を続けては意味がないだろう?」
バイスの言葉にブランの表情も和らいでいく。
「ええ。ようやく戻って来たのです。私もこれ以上は何も言いません。
さて、四宝の戻し方でしたね。昨日考えてみたのですが、中央にはエリン、アイルには私、ダンにはネロとエリンの師匠、イニアにはバイスとそこのフォムルで向かってはいかがでしょうか」
「俺がフォムルと?イニアに?」
真っ先に声を上げたのはバイスだった。
「エリンが中央に行くことは外せませんし、イニアには魔法よりも武力を持つあなたが一番適任なんです。
とはいえあなたにイニアの結界は破れないでしょう。それなら力だけはあるフォムルと一緒に向かうのが一番です。
優秀な魔法使いの多いダンでもネロとエリンの師匠であれば優位に立てるでしょうし、私はアイルをうろついていても何の問題もありませんからね」
「せめてネロがこっちに来てくれないか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、たぶん俺じゃ大国の結界を破ってバイスの援護まではできないと思うよ」
「そうでなくても、いくら強い魔法使いでもダンに対して一人は厳しいです」
「それなら俺がアイルでブランがイニアに行くことはできないのか?」
「私は武闘派ではないので無理ですね。フォムルと私が一緒に行けば、台座にたどり着くのも難しいでしょうし」
バイスは今日だけで、ブランとブローラがどれだけ相性が悪いか理解しているようで、それ以上抗議はしなかった。
「安心しろ、人間。エリンの友なら悪いようにはしない」
「ブローラ、バイスには優しくしてね」
「もちろんだ、我が主」
恭しく頭を下げるブローラに、少しだけ安心したのか、バイスは肩の力を抜いてお茶を飲んだ。
「私が中央に行くのは確定なんだね?」
「ええ。あなたが姿を現すのは少ない方がいい。それなら丘の女神にブローチを献上するのと、四宝を台座に戻すのを同時に行えばいい」
「王の石の台座は、ちょうど女神の眠る丘にあるんだね」
「そうです。できれば先に女神の加護を得る方が良いですから、四宝を戻すのはエリンが丘の女神にブローチを渡した後です」
「だが、遠くに散っていてはエリンがいつ女神にブローチを渡したかわからないな。四宝を戻すのも四つ同時の方がいいと言ってなかったか?」
「ええ、そうですよ。厳密に同じでなくても問題ないですが、台座に戻した四宝は古い書物によれば眩しいほど輝いているようですから、単に人目につくのです。
四つが揃っていなければ安定せず、誰でも宝を持ちされます。四つ揃えば、余程のことがない限り宝が台座から落ちることはありません」
フォムルをも巻き込んだ人とディアナの戦いはそれほど激しかったということだろう。
「エリンには日の出までに女神にブローチを返してほしいのです。
そして日が出始めたら、みんなで四宝を台座に戻します。多少時間の差はあるでしょうが、それならば大きくずれることもありません」
「わかった。動くのが夜明け前なら、人にも見つかりにくいだろうしね」
ブランは私の言葉に少しだけ悲しそうな顔をした。
「ええ、そうですね」
「いつ行くの?」
「できるだけ早い方がいいでしょうね。
エリンを追いやった首謀者として、エオルに民の不満が向けられていると聞いてます。人の争いが起きる前に、あなたの存在を知らせてあげた方がいいでしょう」
周囲の様子は詳しくわからないけれど、争いを嫌った丘の女神が目覚めた時に戦なんて起きててほしくはない。
「じゃあ三日後に行こう」
それは何かがあって出した日にちではなかった。今日向かうのは急すぎるし、バイスは仕事場への連絡もしなければいけないし、妹と話す必要もある。せめて三日はいるだろうと思った。
もっと日が必要ならば延ばせばいいと思っていたが、誰もそんなことは言わなかった。真っすぐに私を見てくれる目は真剣で、とても頼もしかった。
続きます。




