協力2
ネロがメランと暮らしていた時、彼はずっと忙しそうにしていた。徐々に思い詰めるようにもなっていたが、まだ幼かったネロには何もできなかった。
彼が魔法学校に入学してからは休みの時にしか一緒に過ごさなくなっていたが、それでも彼の変化には気づいてた。だがメランはそうやってアイルで動きながらもネロのことをないがしろにはしなかった。休みの時は家に帰ってくることもあり、ネロの話を聞いて、彼の成長を喜んでくれた。
卒業が近くなり、近くの街で魔法使いとして店を構えると言った時には、そこに新しい家を設けてくれた。アイルとは距離が遠くなっても、メランはネロのいる場所が家だからと三日に一度は帰って来てくれた。
だが、彼はいつものようにネロにお休みを告げると、ついに家に帰ってこなくなった。それは何の前触れもなかった。ネロが眠るのを見届けてメランは職場に戻る。それはいつもの流れだった。
それなのに何日待ってもメランは帰ってこない。春を迎えて店を開いても、一向に帰ってくる気配がない。半年たって、ネロはいてもたってもいられなくなり、メランを探そうとしたが、水晶は何も映してくれない。店を飛び出してネロは気づいた。彼はメランの何も知らなかった。どうして自分を育ててくれたのかも、どこでどんな仕事をしているのかも。自分がここに来るまでどこで暮らしていたのかも。
ネロは仕方なく店に戻り、メランを待つことにした。けれど心のどこかでは、もう彼が戻ってこないこともわかっていた。だから新しい未来に進むために自分を占ったのだ。そうして出会った少女が、自分の師匠と深いかかわりがあっただなんて、思いもよらなかったけれど。
「城仕えの地位を得て、王の信頼を得て、どうにかあの子の嫁入りを遅らせることができましたけど、どうにもならなくなってきました。王がシラードを王代にすると宣言したのです。
エリンのお披露目はしないままにシラードを王代にして、彼が成人したらどうなると思います?確実な立ち場を得たシラードを王にするために、邪魔になるエリンを他国に出そうとするでしょう。実際にそうした動きが出てきて、それはもう私には止められないものになっていました」
いくら国王が信頼していてもメランはしょせん城仕えだ。息子を王にしたいと弟がごねれば、王はその弟の言うことを聞いて、メランの進言も押しのける。
「更に悪いことに、ディアナが少しずつエリンに干渉し始めていました。エリンが楽し気に光の粒と戯れながらどこかへ消えていこうとするのを見た時は、心臓が止まるかと思いましたよ。
どうにかあの子の力を抑えて精霊を認識できなくはしましたが、それもずっとは持たないとわかっていました」
「ディアナにエリンを任せようとは思わなかったのか?」
「はっ、フォムルのあなたからそんな言葉が聞けるとは思いませんでしたよ。それならあなただって、今エリンをディアナに差し出せばいいでしょう。そうすれば人間のしがらみから解放されますよ」
ブローラはぎろりとメランをにらみつけた。
「あの子が私の手を離れるなんて、我慢ならない。
アイルがどうなろうとどうでもよかった。だから最初は王を説得して、あの子をアイルから連れ出す予定でした。その後はネロも住む家に戻って三人で暮らしていけばいいと。
だけどそれは叶わない。王はあの子に利用価値を見出して他国への交渉道具として、ディアナは急に干渉してきてあの子を私の手の届かないところにやろうとする。
だから王に私をあの子の後見とするように、あの子を他国にやらないために王代とするように言った。結局憐れな王は弟への愛におぼれて死にましたがね。後はあの子をディアナから隠せばしばらくは時間を稼げるはずでした」
だがエリンは逃げた。アイルに忠実な家臣の手によって。
メランは深追いしなかった。どこに行こうとエリンを見つけ出す自信があったからだ。急な変化にエリンが対応できないのも無理はないと思っていたから、少し時間をあげようと思ったのだ。
ところが姿魔法を使ったエリンは、精霊の霧に包まれてしまった。
「あの子の行方が追えなくなって、何度か占術を試しました。あの子の未来を見れば、どこにいるのか予測できると思っていたのです。
けれど水晶に映るのはいつもあの子の死の間際!成人近くに見える彼女が玉座についていて、そこに民衆が武器を持って向かってくる。あの子は大した抵抗もすることはなく、あるいは持てる力で民衆を迎え打ち、あるいは自ら身を投げて死ぬのです」
メランは気が狂いそうだった。何度やってもエリンの未来は同じだった。
逃げるようにもっと近くの未来を見れば、アイルの城にエリンが戻ってくるところが見えた。そして自分の前に立っているところも。
先の未来はわからない、今エリンがどこにいるかもわからない。それでも彼女が自ら城に戻ってくることはわかった。
「その死よりも先にエリンが城に戻ってくるのも見えていたので、そこでどうにか対処しようと思っていたのです。
ですがあの子はネロと、そして冷酷なディアナと人間のハーフと共に戻ってきました。あのブランを警戒しすぎてあの子に捕まってしまいました。随分とたくましく成長してくれたことは嬉しかったですけどね。
ただ問題はあの子の未来でした。このままでは彼女は若くして死んでしまう。それを避けられる唯一の未来は、丘の女神の加護を得ること。丘の女神にブローチを献上すれば、あの子の未来は明るくなる。少なくとも民衆によって討たれることはない」
それは唯一の希望だった。何百と繰り返した占いの中で、たった一度映り込んだ光ある未来。
「それでここに来たのか?」
「ええ。知っているでしょう。女神のブローチはフォムルが所有している。いくら地上を探しても見つからないわけです」
メランとネロをここに閉じ込めたフォムルが、ディアナを黙らせる手札があると言っていたのは、丘の女神のブローチを持っているということだ。ブローチを手に入れるためにディアナはフォムルの言うことを聞かざるを得ない。
「ここへの道は五年に一度しか開かない。私に話をしに来たネロにこの話を伝えて、ここに来たのです。
あの子からしてみれば、また私が何も言わずに消えたことになります。それにネロさえ従えて。あの子にとって、私はもう信頼できる師匠ではなく、僅かな希望を抱く過去の頼れる者でもなく、信頼できる友人を連れ去った酷い裏切り者です」
「それをエリンに話してやる気はなかったのか?」
「あの子が直接牢に来れば……いいえ、言えるわけがありません。
何度未来を見ても破滅するところしか見えないなんて、あの子に言えるわけがありません。それにそのことが誰かに伝われば、知る者は必ずエイオスと結びつけます。そうなればあの子がどうなるか、今や現実となっているでしょう?」
メランはずっと地下につながれていた。殺す気はないのか世話をしにフォムルがやって来るので死んではいないが、地上のことはわからなかった。だが、なぜかフォムルの中でも恐れられるブローラが現れてエリンについてあろうことか助言を求めてくるのだ。彼が見せる地上でのできごとは断片的ではあるものの、占術で見えた景色が現実のものとなりつつあるのは確かだろう。
「あの子はもう、人を信じることは――信じ切ることはできないでしょう」
エリンは色々な者に手酷く裏切られた今でも人を信じる心を持っている。それは彼女自身の性質ともいえるが、信頼の傍には常に疑心が存在するようになってしまった。
「随分と立派な師匠がいたものだな」
ブローラの声には嘲笑が含まれていたが、そこに怒りはなかった。
「だが、お前のいうこともわからなくはない。俺だって召喚に応じたのは興味本位だった。それでも今はエリンに情を抱いている。
地上をかき回すエイオスと同じ存在に付き合うのも悪くないと思って手を貸しただけだったはずが、あの子を地の王にした後も助けてやりたいと思っている。
あの子は地の王になっても嬉しそうではなかった。愚かな人間どもを気にしてその力をふるおうともしない。時には心の傷を抉って、こうなったのは男を信じたからだと言うこともあった。それ自体はどうでもよかった。いつか気が晴れる時が来るだろうし、あの子に対して人間の男どもがやったことを考えれば、やつらのせいで今あの子が苦しんでいることは事実だからな。
だがドラゴンを失い、今度は自分を責め始めた。今は眠らせているが、あの子に今後を生きる気力はほとんどない」
ブローラという絶対的な力を持つものが傍にいるというのに、それを利用して人間に復讐することもしない。かといってアルケミラに向けたような信頼をブローラに向けるわけでも、依存するわけでもない。このままではエリンはいずれ死ぬだろうとブローラは確信していた。
「俺だけがあの子を救ってやる存在でいたかったが、俺の感情よりあの子の方が大事だ。
何をしにここに来たかと問うたな。俺はエリンを助けるためにここに来た。
お前が言ったように信頼できる者が少ないのが問題で、それを信頼できないのがお前の引き起こしたことだというのなら、お前がまずあの子に会ってその信頼を取り戻せ」
メランは目の前のフォムルが何を言っているの一瞬理解できなかった。あの傍若無人に振る舞う魔王が、エリンのためにと力を尽くそうとしているのが信じられなかった。
だがブローラがメランに共感を示したように、メランもブローラを少し理解できるような気がした。エリンに惹かれてしまうということに関しては同じだったからだ。
「お前たちをここから出してやる。ブローチを見つけて地上に戻れ。この檻の外なら戻れるだろう」
「ええ、それはもちろん。ですがよいのですか?フォムルには企みがあるのでは?」
メランたちをここに閉じ込めたフォムルは地上を支配すると言っていたはずだ。そのことを知っているメランたちを地上に戻せば、その計画が露見し、人間側に準備する時間を与えてしまう。
「フォムルだって一枚岩ではない。俺はやつらの仲間ではないからな。
エイオスがディアナに殺された以上、俺にはもうやりたいことなどなかった。あの子に呼ばれるまでは」
ブローラはそう言ってメランとネロの鎖を断ち切り、檻の格子を捻じ曲げた。
「あの子が呼んでいる。俺は戻ってあの子の傍にいる。早く会いに来てやれ」
ブローラの姿が消えると、そこには自由になったメランとネロしか残らなかった。
「ネロ、あなたには悪いことをしたと思っています」
「いいよ師匠。あなたが俺を拾ったのは、エリンと出会ったからだろう?
急にいなくなったときは悲しかったけど、師匠は俺が一人で生きていけるように育ててくれた。
そして俺はエリンに会えた。俺はそれが嬉しいし、今だってエリンのためなら何でもできるよ」
ネロはメランの先に立ち檻の外に出る。
「行こう、師匠。ブローチを探してエリンのもとに戻ろう」
「ええ、そうですね」
地下は暗いというのに、メランには随分と立派に育った弟子がまぶしく見えた。
続きます。




