協力1
ブローラは地下へと戻っていた。
ずっと放置されていた地下牢には今、二人の男が入っていた。
「おや?またここに来ていただけるとは思いませんでしたね」
二人の人間は黒髪に金の瞳であったが、そのうち髪が長い方――メランが口を開く。
「人間は信用ならないと吐き捨てていったのに、何をしにここへ?」
「威勢のいい人間だな。お前たちが信用ならないのは本当だろう?
エリンが元気になるにはかつての友を差し向ければ良いと言っていたのに、結果はどうだった?」
「まるであなが何かしたように言いますけど、エリンの友が彼女の元へ向かったのはあなたの力でもないでしょうに」
「結果が全てだ。何も解決しなかっただろう」
ブローラは、春祝いの後、エリンの元を離れてからフォムルの住みかである地下へと向かい、この人間のいる牢へと足を運んでいた。
取るに足らない人間のことを気にする主をどうにかしたいと思って、かといって彼に人間の考えなど理解できるはずもないので、こうして捕まっている人間に話を聞きに来たのだ。
メランは信用できる者が少ないのが原因だと、かつての友であるブランと引き合わせるべきだと言った。ブランはブローラが手を出すまでもなく、彼自身の意志でエリンに会いにいったようだが、エリンは彼を拒んだ。そうして何も解決しないまま、丘の女神の祭りが催された。
「結果で言えば、お前自身も何もできなかったんじゃないか?」
ずっと黙っていたネロが怒気を含む声で言った。
「エリンはアルケミラを失った。彼女にとってアルケミラは唯一残された信頼できる仲間だったというのに」
自分だってエリンの傍から離れたくせに、と嫌味を言ってやる気にはなれなかった。ブローラはエリンがもっと早く自分を呼んでくれると思っていたのだ。
フォムルである以上、ブローラも自由に地上と地下を行き来できるわけではない。エリンに召喚されたから地上に行くことができた。エリンとの契約を果たす、あるいはエリンがそう命じれば地下に戻ることはできるが、エリンが呼ばない以上は地上に行くことはできない。
ブローラがいれば、人間だって謀反を起こす気にもなれなかっただろう。ブローラは、どうして自分がエリンの傍からいなくなったのかを突き止めもしないで、ブローラが現れないものとして人間たちがエリンを襲うとは思っていなかった。このことは彼には予想外のできごとだった。
だが結果は結果だ。彼はエリンを守ってやることができなかった。
「やめなさい、ネロ。エリンがこうなってしまったのは、私のせいです。
あの時ディアナと人間のハーフである友の手を取っていれば、エリンはこんなことにはならなかったでしょうけど、私があの子にしたことのせいで、彼女はその選択ができなかったのですから」
メランの言葉にブローラはぴくりと眉を上げる。
「それはどういう意味だ?」
「私のせいで、あの子は人を信じられなくなってしまったということですよ」
「……エリンは今安全な場所で眠らせている。お前の話を聞かせろ。エリンと何があったんだ」
「話せば長くなりますよ。元はこんなつもりなかったんですから」
「いいから話せ」
メランは一度嫌そうに眉根を寄せてから、息を吐いて語り始めた。
「私があの子を見つけたのは私が十七の時でした。
私は優秀な魔法使いの多いダンに生まれ、その中でも特に強い魔法使いでした。精霊術にも手を伸ばしていて、それはもう将来を期待される存在でしたよ」
輝かしい来歴を述べるメランは何の感情もないようだった。
「だけど私は魔法使いとしての地位なんてどうでもよかった。ただ知らないことを知りたかった。
だから私に未知の世界を見せてくれる存在を占ったんです。それがエリンでした。ディアナとフォムルによって生まれた存在。西にはエイオスの伝承はまだ強く残っていましたから、とても興味を惹かれましたよ」
「恐ろしいとは思わなかったのか?」
「エイオスとエリンは別の存在です。そもそも人間なのですから、恐れる必要なんてありませんよ」
そう言い切れるのは、彼が並外れた力を持つ魔法使いであるからだろうとブローラは思った。
「恐れなんてなく、興味本位で彼女に近づいたんです。精霊術は私も少しは使えますが、ほとんど使えない。知識だけあるような状態だったので、実際に使うところを見てみたかったんです。
成人してすぐにアイルに行きました。エリンの王は私のことを怪しんでいましたが、ダンの魔法使いだと言うと快く迎え入れてくれましたよ。東には魔法使いが少ないですからね。私が望むと姫の教育係にもしてくれました。
その時のエリンはまだ二歳にも満たない赤ん坊で、それでも確かに黒い髪と青い瞳を持っていました。エイオスと同じ存在である証に驚いたのをよく覚えています」
エリンはメランの好奇心を満たしてくれる存在だった。ただそれだけだったのに、彼は徐々に心を傾けていくことになる。
「アイルに入ってしばらくはただの通いの助言者という立場でした。それでもその国の異様さにはすぐに気づきました。
国王はやけに弟と仲が良く、王妃は王に傾倒し、大事な次世代の姫はまるでいないかのように扱われていました。自我を持ち始めたエリンはそのことに気づかないふりをして、両親の気を引こうと必死でした。なんとも憐れで健気な姿に、少しずつあの子に情が移っているのを自分でも感じました」
それはメランにとって初めての感情だった。他者に対してはほとんど興味がなく、劣った存在だと見下すことさえあったが、まだ何の力も持たない少女にどうしてか心を惹かれてしまった。
「それでついでに俺も拾ってくれたんだ?」
ネロがおかしそうに口を挟む。
「ええ。あなたは魔法使いの素質が十分にあった。それなのに両親がおらず、魔法に触れる機会は今後訪れなさそうだった。もったいないと思ったんです」
城に通いながら、メランはネロを弟子として傍に置いた。アイルの端の小さな小屋で寝食を共にし、魔法を少しずつ教えていった。
他人に対する情はエリン、そしてネロによってメランにもたらされた。小さな存在達は大人の興味を引こうと必死で、それでも純粋に一日一日を生きていた。その姿を見ることがメランにとっては新たな楽しみになっていた。
「最初はエリンを育ててダンにでも戻ろうと思っていたのです。優秀な魔法使いになればダンは受け入れてくれるでしょうから、エリンに対して冷たいアイルに置いておく意味もない。
けれど、エリンは両親にその力を見せてしまった。魔法だけでなく精霊術も使えるのだと、彼らに知らせてしまったのです」
褒めてもらって嬉しそうなエリンとは対照的に、欲に塗れた目を向けていた国王をメランはよく覚えている。
それまではか弱き姫として存在しないものとしていたのが、利用価値があるとわかった。国王はエリンの行く末など考えてすらいなかっただろうに、アイルのために使えると思ったのだろう。それまで避けてきたバビーとクケットに接触を図り、アイルに恩恵をもたらした方に特別な力を使える姫を差し出すと約束した。
東ではエイオスについては知られていなかった。単に魔法使いに対抗できる力として精霊術を捉えていたのだろう。メランは不吉な象徴とされることもあると国王を脅してみたが、彼はおおっぴらに知らせることではないと認識しただけだった。
「王族としてのお披露目もないまま、婚約の話だけが進んでいく。本当に自分の娘の話をしているのか不思議に思うほどでしたよ」
懸命に魔法と精霊術の腕を磨くエリンは、他人であるメランにさえ微笑ましい存在であったのに、実の両親は徹底して彼女を人として扱わなかった。そのくせ王は弟に対して随分と甘く、その子どもにすら愛情を注いでいた。メランは気がおかしくなりそうだった。
「あの子が何か悪いことをしましたか?自身を軽く扱う両親を敬い、そのために努力を重ねたというのに、愛情の少しも返しはしないまま、道具のように他国に嫁がせるなんて!」
メランはどうにかしてエリンを助けてやりたかった。彼女がそれを両親のためになると喜んで受け入れようとも、そんな道を歩ませたくはなかった。
やる気のない乳母に代わって、メランはずっとエリンを世話してきた。魔法や精霊術だけではない。いつか使えるようにと礼儀作法を教えて、言葉や文字だってメランが授けた。メランのいうことをよく聞いて、ぐんぐんと成長していくエリンがかわいかった。
「私はアイルでの地位を得るために、積極的に国王に進言しました。占術があればたいていの危機は乗り越えられますから、王は徐々に私を強く信頼するようになりました。
そしてついに城仕えの枠が空き、私はようやくアイルの中でも強い立場を得たのです」
続きます。




