春祝い3
アイルの次にはバビーとクケットが挨拶に来た。
彼らは当たり障りのないことを言って、東に位置する王国としての連帯感のようなものを主張して、かつ流れ切った私の婚約について触れて、満足したように帰っていった。
アイルを抑え込めなかったことでいい感情ばかりではないだろうが、それでも東の国としての繋がりを利用できると考えているようだった。何も変わらない二国には呆れるが、東としてまとまるのは悪いことではない。今までだってそうやって来たのだから。
どうもおかしいと思い始めたのは、魔法機関の管理する国々が挨拶に来るようになってからだった。
「陛下はバビーかクケットの王子殿下とご結婚なさるので?」
「今やアイルの姫ではなく地の王なのですから、東に拘られることもありませんよね?」
どこの国の統治者も同じようなことを言う。
最初は何か探りに来ているのだと思っていた。エオルだってその話を気にしていたし、勢力図が変わりそうであれば事前に把握しておきたいものだから。やけにしつこいのは気になるが、その程度だった。
だがそうではなかったのだと気づく。
「陛下は地の王となられるほどの力を持つお方。きっと丘の女神のブローチだって探し当てることができるでしょう」
「そうですね。中央に住んでいるのですから、女神に対して誠意を見せるべきではあるでしょう」
「ああやはり。しかし女性ですからな。女神も困ってしまうのではないですか?」
「どういう意味です?」
「いえ、その、丘の女神と契約して中央の王となるには、女神と婚姻しなければならないでしょう?」
――丘の女神のブローチについても、一つの推測あるいは仮説が真実のように信じられていたのです。
――この地で人間とディアナが暮らしていた頃は、女神との婚姻によって地の権利を得る習慣もありました。
――そこから、女神のブローチを見つけても、女神と婚姻関係を結べない女性は中央の王になることはできない、といった話が出たようです。
以前、ブランが教えてくれたことだ。彼は私を憐れんでいた。丘の女神のブローチ探しに利用されるだろうと。
「陛下に女神との婚姻はできません。どうでしょう、我が国の民を陛下の伴侶として傍においては?
我が国はディアナに関する資料も残っておりますから、お力になれると思います。丘の女神と婚姻関係を結べばその者は陛下とも別れねばなりませんが、その後も我が国は陛下にお仕えいたしますし――」
他国より一歩進んでいるという自負があったのだろう。男は自慢げに話を続けるが、私の耳にはもう入らなくなっていた。
「少し黙って。
貴国が私の力になれるとは、どういう意味?」
「丘の女神の縁のある土地も知っておりますからブローチのある候補地も絞り込めます」
「そんな情報がなくても、私には占術がありますよ」
「え、ええ、もちろん。陛下のお力はよく知っております。我が国の協力などなくとも、探し出すことはできるでしょう」
男はおろおろと返答しながら、表情から自信をなくしていく。
「つまり、この件に関して私の得るものはないということです」
「いや、そんなことは!陛下が女神のブローチを見つけたとて、女神と婚姻関係は結べませんから――」
「だから?そんなことわからないでしょう?
それに別に私は中央の王となれなくても構いません。何の問題もない」
「そ、そうであればなおさら!我が国を助けると思って……!」
「いい加減にして!!」
気づけば椅子から立ち上がっていた。
「助ける?私が?誰を!!
私は覚えている。かつて誰が私を追っていたのかを。ほとんどの国だ。
手柄を立てたいのか知らないけど、なんの大義もなく私を討ち取ればいいのだとそれだけで刃を向けてくる者もいた。
あなたの国も例外じゃない。統治者もずっとあなただった、あなたが指示を出したのに、それと同じ口でよくも私に助けろなんて言えたね?
それは助けを請うているのではなく、私を都合よく利用したいと宣言しているだけだ!」
この国だけじゃない。どの国も同じだ。
たまたま目の前にいる男が口を滑らせただけで、他の国も同じことを企んでいた。私の婚約相手として自国の者を推薦し、私が丘の女神のブローチを見つけたらその立場を利用して中央の支配権を手に入れる。だからやたらとバビーかクケットとの婚約がどうなったのかを気にして、自国の若者の自慢をしてきた。
私を追ってきたことを何か罪に問うなんてことはしない。エイオスと同じ存在として恐れていたと言われれば私は納得する他ない。だからそのことで贖罪を要求したりもしないし、よい関係を築いていきたいのであればそれに応える気持ちもあった。
だけど、ほとんどの国が求めたのは、私を利用して丘の女神のブローチを手に入れ、中央を手にすること。
「今すぐ立ち去りなさい!」
返事も聞かず、男の横を通り過ぎて庭先に出る。
腹の底で怒りが渦巻いている。歩く足に無駄に力が入って、普段より大きく足音が響く。
宴の会場に姿を現せば、何も発していなくとも全員の注目がこちらに集まる。
「宴は中止だ!今すぐ帰って!」
声を張り上げると、にぎやかだった場が静まり返る。
「しかし陛下、まだ挨拶できていない国も――」
発言した者こそその国なのだろう。焦ったように視線を惑わせている。
挨拶なんてするまでもない。それが何を求めるための口実なのかわかっているから。
「あなたちの望みはよくわかった!中央の王になりたいんだね?!」
その男をにらみつけると、彼は驚いたように目を見開いて、もごもごと口を動かす。どう見ても図星の反応だった。
「私はこの地の王になった!誰かのために利用されてやることなんてない!
あなたたちも無駄な時間を過ごすことはない!」
気まずそうに目を逸らすものがほとんどで、これは私の思い込みじゃないんだとわかる。
「帰って」
喉が痛い。普段こんなに叫ぶことなんてないから、変な使い方をしたんだろう。
目がじんわりと痛んで、奥から液体が染み出てくるのがわかる。
でも、今目の前にいる人間が全て姿を消すまでは、消してそれを流すまいと両手を握りしめて耐えた。
続きます。




