春祝い2
次にやって来た人物に、何か言葉を発するより先に私は思わず椅子から立ち上がった。
「アリウムさん!」
ハーモルで別れたきりだったアリウムが挨拶に来ていた。
ハーモルに対して招待状を送ったが、彼女個人には出していない。それでも彼女が来てくれたことが嬉しかった。
「エリン陛下、お久しぶりですね」
「やめてください、陛下なんて。前みたいに話してくださいませんか?」
「それなら、お言葉に甘えて」
アリウムは困ったように微笑んだ。
「あの日、突然姿が消えたから心配だったわ」
「すみません、別れの挨拶もなく」
「いいえ、気にしないで」
アリウムは私の頭の先からつま先まで見て、確かめるように私の頬に手を伸ばした。
「今この場にあなたがいる。それだけで十分よ。
……やりとげたのね」
「はい」
彼女には私の目的を伝えていた。それを覚えていて、労ってくれたのだ。
頬に触れる手は柔らかいというのに、彼女の眉はわずかに歪んでいる。
「アリウムさんには、ご迷惑となっているでしょうか」
「いいえ。追われることのなくなったこの状況を私は嬉しく思っていますよ。
だけど複雑な気持ちもあるわ。私がこの場に来ているのは、ハーモルの意向だから」
アリウムの手は私の頬から離れ、力なく垂れる。
「私が魔法学校であなたを逃がしたことは知られている。あなたが道の途中で私と話してくれたことまでは知らないでしょうけど。
ハーモルは私とあなたの関係を利用しようとしているの」
「ハーモルは私に追手を差し向けてきたこともありません。その必要がありますか?」
もちろん使える縁は利用するだろうが、それは悪いことではないはずだ。だが彼女の顔色が悪いということは、単純に親しい者を宴に参加させたという話ではないということだ。
「噂が、流れているの」
アリウムは躊躇いながら口を開く。
「この地の王は横暴なのだと」
「横暴?」
私は特に他国に対して何かを無理強いしたことはない。思い当たる節がなかった。
「エリンさんは地の王となってから、ハーモルの国民を二人投獄したでしょう?」
「……そのことですか」
ペルダを殺した男と、それを願った罪深き父親。今思い出しても怒りがわく。
「私は確かにハーモルの民を二人捕えました。それだけを聞けば横暴に思われるのかもしれません」
「それは何故ですか?」
「それは――」
四宝を集めている時には彼女にも話せなかったことだが、今なら、仇を取った今なら話してもいいかもしれないと思えた。
「私が絶望の淵に会った時、私を救ってくれた子がいたのです。
ですがその子は、実の父親に死を願われ、雇われた男に殺されてしまったのです」
その男たちはもう捕えた。それでもやはり語るには身を裂くような痛みが伴う。
大事な子を失った悲しみと、奪った者への憎しみ。時間が経っても消えることはないのだろう。
「そんなことが……」
「二人の罪については公表しています。けれど、人々にとってはどうでもよいのでしょうね。彼は普通の子でしたから」
理由なんてどうでもいいんだ。地の王となったエイオスと同じ存在が、関わりの薄い国の民を投獄した。それだけが人の目を引いている。
「彼らは罪を犯している。それなのに彼らを投獄することは横暴だと言うのですか?」
「いいえ。本来であればハーモルがすべきことです。
その噂が広まって、我が国も調査を進めましたが、子どもが亡くなったという話さえ掴めてはいませんでした。
このことは責任を持って、ハーモルから再度正しい情報を発します」
「いえ、それには及びません」
ハーモルからの通達があったところで、何の意味もない。
「もう済んだことですから」
「けれど……あなたが誤解されたままなのは心配だわ」
「ありがとうございます。
けれど、何も変わりませんよ。私という存在だけで恐怖の対象なのです。捕えた者達に罪があったと知っても、人々の私への印象は変わりません。
あの子の死を見ていたのは私とアルケミラだけ。私が罪をでっち上げたと言われるかもしれませんし、ハーモルは脅されていると捉えられるかもしれません」
アリウムは言葉を飲み込んだ。
きっと彼女にだってわかっている。
「わかりました。この件についてハーモルからは触れません。
ただ、無理はしないでね。あなたに関してどのような噂が流れても、私はあなたを信じ続けます。この世界には、あなたの無事を祈る人間がいるのだということを、どうか忘れないで」
祈るように吐き出された言葉に、胸がじんと熱くなる。
アリウムはいつだってそうだった。私を助け、信じ、受け入れてくれる。
「ありがとうございます。
アリウムさんも無理はしないでくださいね」
アリウムは王族でありながら王にはなれず、外交のためにのみ存在しているような立場だ。今だって、彼女自身は私に対して複雑な心境があったというのに、国の意向でこの場に来ている。
この優しい人だけはどうか傷つかないでいてほしい。祈りを込めて、別れの挨拶をした。
その後も王族が挨拶に訪れ、ついにシラードがやって来た。
こういった王国の者が集まる場では、何事も大きな国から順に始める。大きな国はその時々であるいはその場の目的によって順を変えるが、東の三王国は王国の中では一番下の扱いだ。
ここでアイルのシラードが来たということは、今まだ姿を見せていないダンとイニアは招待を断ったということだ。
招待は強制ではない。何も問題はない。むしろその代表としてディルフとワーシアが来るのなら、それこそどうしていいかわからなかったはずだ。
「浮かない顔だな、エリン」
シラードは挨拶もそこそこにそう言った。
「王代、地の王ですぞ」
従者として控えていたオリバーが咎めるように言っても、彼は態度を変える気はなさそうだった。
「オリバー、構いません」
「しかし、姫――陛下」
「いいのです」
オリバーはそれ以上は言葉を返さず後ろに下がった。
「アイルはどうですか?」
「お前のおかげで、横やりを入れてくる者はいない。民も安心して暮らしている」
「それは良いことですね。城の者は?」
「皆、よく協力し合っている」
「それならば言うことはありません」
シラードの配下が支配していた城の中に無理やりオリバー達をねじこんだ形になってしまった。アイルの国益を損なう意志はないだろうから、どうにかなるだろうとは思っていたが、それでも両者が混じり合うのは難しいだろうとも思っていた。
オリバーが口を出さないのであれば、シラードの言っていることは正しい。ひと先ずは問題なさそうだ。
「聞きたいことはそれだけか?」
「はい」
「ではもう戻る。時間がかかって他国に変に勘繰られるのは困る」
「その方がいいでしょうね」
私が手を出したのはアイルの内政にだけだが、ここでシラードと長話をして、何か害が及ぶのではないかと他国に警戒されるのは嬉しいことではない。
退出を告げて立ち上がったシラードはそれでも動かなかった。
「シラード兄様?」
「エリン」
シラードはぎこちなくその場に片膝をついた。
「何をなさってるんです?」
ゆっくりと下がっていく頭に声をかけると、深くうなだれた後でシラードは私を見上げた。
「すまなかった」
表情は硬かったが、そこには屈辱や恨み、嘲りの感情はなかった。そんな顔のシラードは今まで見たことがなかった。
「アイルの王代として俺は判断を間違えた。私欲のためにアイルの宝を自ら手放し、民を危険に晒した」
シラードは今まで自身こそが次のアイルの王に相応しいと信じて疑わなかった。私の父はその弟を尊重し、その弟が大事にしているシラードを王代とした。王の子である私のお披露目は行わずに。加えて、私はバビーかクケットに嫁ぐことになっていた。どう考えても、次の王は自分だと思うだろう。
それが師匠によって父も、その後ろ盾であった王も失い、囚われの身となった。しばらくすると消えたと思っていた私が現れ、王族として城に戻った。シラードも王代という立場に戻ったが、状況が違う。その時はもうアイルの民は私を前王の子として見ていた。
次期王ではなく、正しく王の代わりという立場になり、悔しい思いをしたはずだ。王の地位ははるか遠くになり、前王に軽く扱われていていずれ消えるはずだった従妹が、それも自身の父の仇でもある男の弟子が、王となる流れになってしまったのだ。
アイルのためではなく、どうにか私を王位から引きずり下ろしたくて、自身こそが王に相応しいと思いたくて、東では知る者のなかったエイオスの昔話を掘り出した。その執念は凄まじいが後の結果は知っての通りだ。
思い描いた通りに私をバビーかクケットに差し出すことは叶わず、ダンとイニアにも目をつけられた。アイルを弱い立場に追い込んだ。
オリバーにも厳しく言われたのだろうが、ずっと自身こそが次の王であると疑わずに育たっというのに、何の力も持たぬ者と見下してきた私にこうして頭を下げるのが信じられなかった。
「そして感謝する。どうにもならかったアイルを救ったのはお前だ。
お前が地の王となり、他国はアイルに口出ししなくなった。それどころかこちらのご機嫌伺いに回る次第だ。オリバーにもずいぶんと助けられた」
私が無理やりオリバーを城に戻したからどうなることかと思っていたが、さすがにもう張る意地も残ってなかったのだろう。
「エリン、お前はアイルへの贈り物だ。お前はアイルの宝だ」
私が地の王となって喜ぶ者がまだいるとは思わなかった。
私だって自分のために力を手に入れた。私欲以外の何物でもないし、それでいいと思っていた。望まれぬことでも、やってやるのだと。
それを認められると、素直に喜んでいいものではないと思うものの、心が少し軽くなった気がした。
「今年、お前は成人を迎える。望むのであれば――」
「いいえ、不要です」
成人となれば私は王となることができる。そうなれば王代は役目を終える。だがもうそれは望んでいない。望んではいけないと思う。
「シラード兄様、成人を迎えた後、私は兄様をアイルの王に宣言いたします。
兄様だってわかっているでしょう。私が地の王であることで、アイルは今一時的に難を逃れているに過ぎません。
私は四宝を手にしたことで、古の約束に従いこの地の王となりました。だから私が王位に就くことを厭う者も受け入れるしかない。それが”アイルの王”となれば、そうはいかないでしょう。他国が守るべき約束は何もありませんからね」
私が地の王であること、以外は他国は絶対に認めないだろう。
「地の王としての力だっていつまでもつかわかりません」
今はまだ様子を見ているだけの者も、時間が経てば見方を変えてくるかもしれない。それこそアイルの王となればそれを口実に、大義を立ててまた命を狙われるだろう。
「わかった。その時がくれば、ありがたく拝命しよう」
「オリバーがいるのですから、備えは進めていますよね?」
「ああ。お前がアイルに戻らずとも国を守れるように準備している。
母上に城に戻ってもらった。お前のつくる特別な――精霊術で作った月華の万能薬は他国に対して有効だった。予想はついているだろうが、母上の研究は精霊術を応用したものだ。東の地には魔法には使えないが精霊術では大いに価値のある植物が多くある。
地の王の威光が届くうちに、アイル自身に強みを持たせて他国に対して有利に立てるようにしておく。それに、アイルが精霊術を用いることで名を立てれば、アイルという国が精霊術と結びつけば、アイルの姫が精霊術を使えたとして不思議ではないと思うようになるだろう」
魔法も精霊術も使えるからエイオスと同じ存在なのではなく、アイルの者として精霊術を使えて、かつ魔法を使えるだけなのだと認識してもらえたら、私を見る目も変わるだろう。
そう簡単にはいかないだろうけど、あのシラードがそう言ってくれることが素直に嬉しかった。
「期待していますよ、兄様」
「ああ。時間はかかるだろうが、お前が里帰りできるようにしておく」
今はまだ無理だ。地の王としてアイルに赴けば、企みを疑われ、アイルへの反発を強めその立場を悪くする。それでもいつかそんな時が来るのなら――。
またアイルで会えますようにと願いながら、シラードとオリバーに別れを告げた。
普通王になるには成人している必要がありますが、地の王は四宝を集めた者なので成人が条件にはなりません。
続きます。




