四宝を探す旅4
イニアの冬は厳しい。凍てつくような寒さと、吹き荒れる雪で自分がそこに存在していることを疑いそうになる。ブローラが魔法で周囲の雪を払ってくれているから、身動きが取れなくなるようなことはないが、痛いくらいに感じる寒さだけはどうにもならなかった。
「あまり魔法を使うと感づかれる。さっさと済ますぞ」
転移魔法でイニアの近くには移動できたが、ブローラも銀の剣のある山付近には向かったことがないらしく、山までは歩いていく必要があった。幸いにも転移した場所から山は近かったが、この寒さではあまり活動できない。魔法で気づかれないためにも、自身の体のためにも早く済ませる必要がある。
雪に足を取られながらも進み続けると、水晶に映った場所にたどり着いた。この雪の中場所を見失わずに済んだのは、そこが山の頂上だからだった。そう高くはない山で助かった。
「エリン、急げ。わかっているな?」
体力はかなり削られているが、ここで休憩しても逆に消耗するだけだ。私は冷たい雪をかき分けてその奥を探った。だがかき分けてもかき分けても白一色で、かじかむ指では指輪に当たる感触もない。
「魔法で融かしちゃだめ?」
「……その方が早いだろうな」
もしここが誰かの監視下にあるのであれば気づかれてしまうかもしれないが、魔法なしには難しそうだった。
「融かすのもまずいかな……《崩れろ》」
魔法を使うと、私の手の周りからばらばらと雪が剥がれていく。
雪の下にきらりと光るものがある。
「あった!」
指を動かすのも難しいので両手でそれをすくいあげると、それは指輪だった。
大釜の時と同じように石の部分はくすんでいるが、手袋を外して指に通すと、銀色に輝きだした。
「見つかってよかった。それじゃあ早く戻ろう」
アルケミラはほっとしたように息を吐く。
手袋をはめなおして立ち上がると、急に顔の横を何かが通り過ぎて行った。
「……見張られていたな」
ブローラが私をかばう様に前に立つ。
トス、と後ろで軽い音がして振り返ると、雪に剣が刺さっていた。これがさっき私の横を通り過ぎて行ったものなのだろう。
「エリン・アイル!!」
聞き覚えのある声に、体が硬直するのがわかる。
「その場から動くな!」
降りしきる雪の隙間から、真っ赤な瞳が見える。
「ワーシア……」
かつて魔法学校では友として行動していたこともあった。だが今は私を殺すために動いている。
「エリン、殺してやろうか?」
ブローラは私の耳元でささやいた。
ワーシアは敵だ。明らかに私の命を狙っている。アイルから逃げた時にも殺されかけている。
「……殺さないで」
「なぜだ?敵意は明らかだろう」
「それでも、嫌だ。彼とはもう友達でも何でもないけど、殺したいとは思わない」
私がエイオスと同じ存在と知って、彼は私を殺そうとした。そのことで傷ついた、裏切られたと思ったことはある。だけど、それが正しいのはわかる。
この地に破滅をもたらす者を排除するのは、国を背負ってなくたって当然のことだ。
彼への感情は複雑だけれど、そこに殺意はない。私には彼を殺す理由もない。
「ではどうする?」
「戻ろう。大人しく待ってたら殺されるだけだから」
私はアルケミラの手を取って、空いている方をブローラに差し出す。
「ブローラ、洞窟に戻して」
「いいのか?何か言ってやらなくても」
「もう、関わりたくないの。いいから、転移魔法を使って」
「わかった」
ブローラは私の手を掴んだ。
遠くでワーシアの声がする。けれど振り向くことはなく、私の手を取ったブローラだけを見つめていれば、次第に声は聞こえなくなった。
*
イニアで銀の剣を手に入れた翌日、私は久しぶりにアイルに帰ってきていた。
もちろん、ディアナの四宝を手に入れるためだ。
「エリン、大丈夫?昨日もよく眠れてなかったみたいだけど」
ブローラはアイルの森に転移魔法で送ってくれた後、情報を手に入れるために一人街へと向かった。私とアルケミラは森で待機していた。
アルケミラの言う通り、昨日はよく眠れなかった。いつも通り内容は覚えていないけど悪夢を見たという感覚だけはある。
理由も想像がつく。昨日イニアでワーシアと会ってしまった。直接話すことはなかったけど、私にとっては彼の姿をみるにはまだ時期が早かった。そして洞窟で次を占ったらアイルにあるとわかったのだ。心の整理が追い付いていない。自分でもわかっている。だけど整理なんてしてしまったら、動けなくなってしまう気がする。
どうしてだろう。ペルダを失って、ブローラの手を取ったことを後悔しているわけじゃない。私を殺そうと、あるいは利用しようとする世界で、自由に生きるための力を手に入れると決めた。今でも迷いなんてない。それなのになぜ、私は動けなくなると思うんだろう。
「アルケミラ、私は――」
「エリン様ですか?」
誰かが近づく気配もなかったのに声がした。慌ててアルケミラの前に立つと、そこにいたのは見覚えのある人物だった。
「オリバー……」
久しぶりに会うアイルの忠臣に思わず目を逸らしてしまう。
「姫様、どうかお顔をよく見せてください」
オリバーがこちら側へ踏み出した分、私はアルケミラごと後ろに下がる。
「私は、あなたに合わせる顔もない」
「何をおっしゃいますか」
「また、逃げたんだよ!」
一度ならず二度までも。私は私自身の意思で自ら国から逃げ出した。
「それの何が悪いのですか!」
オリバーの鋭い声に自然と顔が上がる。
「姫様を失えば、アイルに幸福は訪れません。あなたはこの国への贈り物。あなたなくしてアイルはないのです。
ましてや他国の傀儡となるなど、耐え難い屈辱です。よくぞ逃げおおせてくださいました」
緑色の瞳は真っすぐに、何の濁りもなく私を見据えている。
「……そんなこと言ってもらえる立場じゃない」
「ではお尋ねいたします。姫様はなぜここに、アイルに戻ってこられたのですか?」
「私は自分のために戻ってきたの、アイルのためじゃない。ある物を求めてアイルに立ち寄ったのです」
前と違う。アイルを取り戻すために戻ってきたわけじゃない。アイルが私の手に戻る方がアイルにとっては不幸になる。
「オリバー、私は王の器ではなかったのです。もう私を姫と呼ぶ必要はありません」
「姫様は、探し物をされているのですね。ではなぜ、このような森で立ちすくんでいらっしゃるのです?
噂によれば恐ろしいフォムルと一緒だと聞きましたが、彼はどこに?」
オリバーの瞳は私を逃がしてはくれなかった。
「姫様は何か思うところがあって、探し物よりも優先されていることがあるのではないですか?」
オリバーの言う通りだった。
四宝を手に入れてすぐにアイルを去ればいい。だけどそんなことできなかった。
アイルに戻ってしまったら、この地に足をつけてしまったら、いやでも気になってしまう。
アイルは今どうなっているのか。私のせいで酷い扱いを受けていないか、民は安全に暮らせているのか。そんなことを気にする資格はないというのに。
「オリバー、アイルは今、どうなっていますか?」
こんなことを彼に聞くべきではないとわかっていのに、口から勝手に言葉が出ていく。
「姫様のお望みとあらば、この国がどのような状態か、このオリバーがお伝えいたします」
オリバーは厳しかった表情を緩めて、僅かに笑みを浮かべた。
「エリン様がアイルを出られた後、我々――シラード様の派閥以外の者は城を追い出されました。シラード様は既に王代として役目をはたしておられましたから、アイルの治世に特に大きな変化はございません。
ただし、東三王国の中でのアイルの立場はかなり悪くなりました。バビーとクケットは姫様を、そのお力を手にすることはできず、ダンやイニアから目を付けられることにもなりました。姫様を巡っての三王国の動きは、かの大国にとっては煩わしいものでしたからね。
ダンやイニアを警戒して今は何の動きもありませんが、いずれはバビーとクケットからアイルに対してこの事態に対する償いとして不当な要求があるでしょう。そうなればアイルの民は苦しい思いをすることになります」
徐々にオリバーの顔色が悪くなっていく。普段はそこまで感情を素直に出す方ではない彼のこの表情に、これからアイルが進むであろう苦難の道が想像できる。
「私のせいで、ごめんなさい」
「いいえ、姫様が謝られることはございません。
エイオスが何だというのですか。西の国の連中が騒いでいるだけで、東にとっては書物の中で古びていた迷信にすぎません。
シラード様も何をしておられるのか。流言に惑わされて自らアイルの宝を手放すなど……だから国が危機に陥るのです」
「オリバー、ありがとう。でも今はもう私にできることなんてないよ。
追われる身となって、反撃もした。今の私はもうこの地にとっての脅威でしかない。私がアイルに戻っても、アイルの破滅が近くなるだけです」
「ええ、姫様。おっしゃる通りです。
なぜ、あの日、姫様のお傍にいなかったのか。自分の不甲斐なさに嫌気が差します。
アイルとしての初動を間違えなければ、姫様にこんな思いはさせなかった。民もこの先に待つ未来に怯えることなく暮らせたというのに」
オリバーは自分を責めているようだが、彼だって理解しているだろう。魔法学校からアイルに戻ったあの日、オリバーが近くにいなかったのは、シラードが彼を警戒して遠くに追いやっていたからだ。私がいつアイルに逃げ帰って来ても、彼と接触しないように。
「オリバー、どうかあまり思い詰めないでください。全ての元凶は私なのですから」
「姫様こそ……いいえ、もう私の言葉は何の意味もなさないほど、あなたはつらい思いをされたのでしょう。
姫様、けれどどうか、このオリバーの想いだけは疑わないでください。この世界がどのように作用しようと、私のこの想いは他の何にも歪めることはできません」
オリバーはそっと私の手を取って、地面に跪いた。
「どうか、ご無事で」
額を私の手の甲につけると、オリバーは立ち上がって礼をして、ゆっくりとこの場から立ち去った。
彼の姿が見えなくなるのを見届けて、私は地面に膝をついた。
「エリン?!」
痛い。胸の奥がずきずきと痛む。喉の奥が熱くなって、元からない体の内の何かが溶けていくような感覚がある。
「大丈夫、平気だから」
何でもないはずなのに、自分の目から雫が零れ落ちていくのが不思議だった。
「ブローラが戻るまでには何とかする」
悔しさとか悲しさとか、不甲斐なさとかやるせなさとか、多分そんな感情が渦巻いているんだろう。私の中でうまく処理できないでいるのだろう。そう予想はつくのだが、自分の内側にそういった感覚がなくて、ただ見えないものが暴れ終わるのを待っているような虚しさしかなかった。
*
アイルの森の中を、小さな光が駆け回っている。それはふと動きをとめると、ふらりふらりと漂い、ある場所で地面に落ちた。
「急にどうしたというのです?」
その光を追って、一人の男が現れる。金の髪に青い瞳。ディアナと人間のハーフであるブランだ。
「あの一派が城に籠ったからといって、我々が追われていることに変わりないのですよ。何の前触れなく術の範囲外に出られては――」
ブランに何か訴えるように、光――精霊はくるりくるりと低い位置で飛び回る。
精霊が描く円の中には小さな染みがあった。水か何かが落ちたのだろう。
だがただの水に精霊がこれほど反応することはない。
ブランはゆっくりとその場所に向かい、膝をつくと寒さで硬くなった指をそっと伸ばし、その染みに触れる。
「――ここに、来ていたのですね」
そこにあるのはただの液体が落ちた跡だけ。それでもブランはそこから動けなった。
「つい先ほどまでこの場所にいたのに……ああ、会えなかった……」
同じ時を過ごしたいと願った少女は、今や世界の敵となり追われる身となってしまった。
一時は死亡したという噂もあったが、彼女の案内としてつけていた精霊が久しぶりに戻ってきて、その無事を知った。それと同時に、彼女がどんなことを経験して、何を決意したのかも。
エリンを連れてこられなかったことを悲しんでいたが、あのブローラがいては精霊にはどうすることもできない。
「でもやはり、そうなのですね。エリンは四宝を探している。
全てを見つけて、彼女がどのような選択をするのかわかりません。それでも、私たちも探さなければなりませんね。
彼女にとって、この地にとって、少しでも良い方向に進むことを祈って」
精霊は慰めるようにブランの顔の周りを飛ぶ。
「心配要りませんよ。エリンがもう私のことを忘れてしまっていても、もう会いたくないと思っていても、いいのです。私はあの子に出会えた。あの子は私の時を動かしてくれた。それだけで十分です。
私のやるべきことは変わりません。
ああ、バイスにも教えてあげないといけませんね。あの子は今この地にいて、確かにアイルを訪れていたのだと。そうすれば妹君に励まされてばかりの彼も少しは持ち直すでしょう」
ブランはもう乾いてしまいそうな地面の染みを撫でてから立ち上がった。
続きます。




