四宝を探す旅3
アリウムは学園で見た時よりも大人っぽく上品な雰囲気を纏っていた。
柔らかな金の髪は腰まで伸び、顔つきもあのころとは少し違う。
「エリンさんと別れて一年半ほどでしょうか」
アリウムは恐れる様子もなく私の頬に触れる。
「生きていて良かった。けれどつらい思いをしたのね」
アリウムは私に起きたことを知らない。知る由もない。
ディルフとワーシアに追われていたこととその顛末は知っているかもしれないけれど、ペルダのことは知らないはずだ。子ども一人が死んだのに、噂されるのは私が姿を現したことばかり。ペルダのことは噂になっていなかった。
それなのにアリウムにはすべて見透かされているようだった。
「アリウムさん、どうしてここに?」
「卒業式はまだだけど、魔法学校の四年生としてやるべきことは済んだから、あなたを探していたの。
一度ハーモルで姿を見たという人がいたから、もう一度ここに来てくれないかと思って」
それだけでこんな寒い中も外に出て私を探していたというのか。
「アリウムさん、もう私を探さないで。あなたは一国の王女です。国を捨てた私とは違う」
「私の立場を気にしてくれているのね、ありがとう。
でも、いいの。私はエリンさんとは違うから」
「私と違う?」
「アイルは基本的に王の子が次の王となる。そこには男女は関係ない。
だけどハーモルは違うの。王となるのは王の息子のみ。私は初めから外との繋がりを作るためだけに存在しているの。だから、エリンさんが気にかけるほどの地位にはないのよ」
もちろん、王族として国を大切には思っているけれど、と微笑む。
その微笑みは作ることに慣れてしまっているかのように彼女に馴染んでいて、胸が痛くなる。
「だから私のことは気にせず、あなたのことを教えて。今までどうしていたの?今何をしようとしているの?」
アリウムに話す必要はない。むしろ話さない方が彼女のためになる。それなのに私の喉のすぐそこに言葉がせりあがってくる。
アルケミラは私を見た。その瞳には咎めるような色はない。慰めるような、背中を押すような優しい瞳だった。
「既にご存じだと思いますが、あなたに逃がしてもらった後、ディルフとワーシアに追われました。そこで彼らに殺されかけた」
未だにあの二人の目を覚えている。かつての友情など一欠片も残っていなかった。物を見るような目と、殺意に燃えた目。今はもうそれに胸が痛むことはないけれど、頭の中から消えてはくれない。
「私自身、死んだと思ったのです。だけど、助けられました」
助けてくれたダギードはブローラによって干渉できない状態になってしまったけど、それでよかったかもしれない。
ダギードに助けられて、そこで私はペルダに出会った。嫌でもペルダのことを思い出してしまう。
何もなかった私に与えられた一筋の光のような子だった。あの子の成長を見守っていたかった。そのためにここに戻ってきたというのに。
あの子は殺されてしまった。実の親の依頼で。
「エリンさん?」
「いえ、何でもありません」
黙り込んだ私を心配してくれるアリウムにも、このことは話せない。ペルダについて口にしようとすると、喉が熱くなる。
「何でもないという顔ではないわ」
「……いろいろと、あったのです。それで思い知った。
私には破滅の運命が刻まれていて、この世には私を殺すか利用する人間しかいないんだと」
ディルフとワーシアに殺されかけた時と何も変わっていない。姿を隠したって意味はなかった。男たちの金稼ぎに利用されそうになり、ペルダは殺された。姿を隠さずに動き出してからは、会ったこともない人たちが私を殺しに来た。
「もちろん、アリウムさんは別ですよ。あなたは、私を逃がしてくれた。」
それにバイスとブランも、私を助けてくれた。今ではそれ以外の人間は全て敵としか思えない。
「あの時、アリウムさんは私の力になれなかったと、守ってあげられないと謝ってばかりでしたけど、あなたの存在で私は救われたんです。あなたは、私が生きていることを許してくれた」
「どうしてただ生きるだけのことに、許しがいるのですか」
アリウムの声は震えながらも力強かった。
「エリンさん、なぜとは思いません。あなたを利用しようとする者も、あなたの死を望む者もこの地には多すぎる。あなたが他の人間を信用できないのも当然のことよ。
けれどそれがおかしいの。あなたがエイオスと同じ存在というだけで、なぜそのような目で見られなければならないのか。なぜただ生きることを咎めるのか」
彼女は怒っていた。私のことなのに、まるで自分ごとのように、私を否定する世界に憤りを見せた。
ただそれだけのことが、どうしようもなく嬉しい。
私は生きていていいんだ、利用されるだけの存在ではないんだと、そう思っていいのだと思えるから。
「ありがとうございます。
でもあなた以外にそう思ってくれる人は多くない。それが現実です。
だけどそれでもいいんです、どう思われたっていい。誰がどう思っていようと、私がそうさせないだけの力を得れば、そんなことは起きないんですから」
そのために、私はブローラの手を取った。
「今は、力を手に入れるために動いているんです」
「力というのは……」
「きっとあなたの想像通りですよ」
「……この地の王になるのね」
ディアナの四宝を手に入れてこの地の王となれば、誰も私に逆らえない。
「アリウムさん、私が魔法学校から逃げた後のことを私は知りません。でもきっとご迷惑をおかけしたと思います」
あの事件からもう時間が経っている。あの後彼女がどのような扱いを受けたかはわからないが、きっと何かしらの罰を受けたはずだ。エイオスと同じ存在を逃がしたのだから。
「もう私には関わらないでください」
私を気遣ってくれる優しい人。つい甘えてしまいたくなるけれど、そんな人と一緒にいるのは怖くもある。
私には破滅の運命が刻まれている。もしペルダのようにアリウムを失ってしまったら?想像だってしたくない。
じわりと目の淵に水が溜まっていくのがわかる。冬の寒さがこみ上げる熱を隠してくれるけれど、彼女を失う恐れは消えてはくれない。
「エリン!何かあったのか!」
急に黒い影が目の前に現れる。この声はブローラだ。
アリウムは誰が来たのか確認する前に、私をかばう様に前から抱きしめた。彼女のこういう行動が、私をどう思っているのかを伝えてくれる。温かなこの腕の中にずっと留まっていたいだなんて、馬鹿げた考えが顔を出す。
でもそれはできないから。
「アリウムさん、大丈夫です。知り合いですから」
彼女の胸をそっと押してその中から抜け出す。
「あら、仲間だったのね、ごめんなさい」
アリウムはブローラを見て一瞬怯えを見せたけれど、彼が私と一緒にいる噂を思い出したのか直ぐに肩の力を抜いた。
「でもごめんなさい、もう少しだけいいかしら」
脅威がないとわかると彼女はまた私を抱きしめた。
「あなたが王の座を望むのなら、止めるべきなのでしょう。でも私にはそんなことできない。かといって、あなたと一緒に行くこともできない。
だからせめて、私があなたをどう思っているか伝えさせて」
こんなことしてくれなくても、十分伝わっている。これ以上はむしろ私には毒になる。
本当はただ、こうやって、私を大切に想ってくれる人と一緒にいたいだけなのに。世界に楯突きたいんじゃない、平和に暮らしたいのに。
でもそんなこと思ったところでどうにもならない。それを許してくれる世界ではないから。
わかっているのに、ずっとこの場に留まっていたと思ってしまう。
「敵ではないなら排除する必要はないが、もうここに用はない」
私の甘い考えを断ち切るように、ブローラの冷たい声がして、瞬きをしたら、そこはもうハーモルではなかった。ずっと身を潜めていた洞窟に帰ってきていた。
「ブローラ!まだ別れの挨拶もしてなかったのに!」
「別れの挨拶?必要だったか?あの女に会いに来たわけではなかっただろう」
「それは……」
ブローラの言うとおりだ。元は四宝を集めるために外に出た。ハーモルに移動したのは必要な物資を手に入れるため。もうどちらも済んでいる。
「エリン、お前は俺の手を取った、そうだろう?」
細められた金の瞳にはすべてを見透かされているような気になる。
「目的を見失うな」
「見失ってなんか、ない。だって、ペルダの仇を取らないといけないんだから」
そうだ、あの子を失ったこの世界で、ただ平穏に暮らしていくなんてできない。アリウムのあの優しさに引きずられちゃだめだ。私にはやるべきことがある。止まってなんていられない。
「次の四宝を探そう。水晶を準備しなきゃ」
「待ってエリン!ちょっとは休まないとだめだよ!」
アルケミラは私の手を取って引き留めようとした。
「止めないで、アルケミラ。今立ち止まったら――」
ここで歩みを止めてしまったら、もう進めなくなってしまう。
ペルダの仇を取らなきゃいけないのに、アリウムの優しさに浸ってしまったら、もう自分がわからなくなってしまいそうだった。
「エリン、水晶だ。さあ、占え」
私の言葉を待たず、ブローラが水晶を持ってきた。彼はそれを私の目の前に置くと、アルケミラをにらみつける。アルケミラは、仕方なさそうに私の手を離した。
水晶に手を当てて魔力を送り込み、精霊の霧を晴らすように念じると、徐々に水晶の中に景色が浮かんでくる。
見えたのは銀色に輝く剣だった。
「次は剣か。悪くない。
どうするエリン?一度休むか?」
ブローラはからかうように訊ねた。彼にはわかっていのだろうか。
剣から指輪へと変わった四宝が転がっているのは、雪に支配された北の地――イニアの山だった。
――当然殺される覚悟はあるな。
炎のように赤く燃える瞳、まっすぐに向けられた銀の剣。今でも思い出せるかつての友の殺気立った姿に水晶に置いた手に力が入る。
「休憩は、要らない。明日にでも向かおう」
「もちろんだ」
(これも、乗り越えなきゃいけないことだ)
アルケミラの咎めるような目から逃げるように、私は洞窟の奥へと向かった。
続きます。




