四宝を探す旅2
笑いかける人がいる。まだあどけないその笑顔は見ていると自然と元気が出てくる。
砂浜に落ちた涙は私の心にもしみ込んでくるようだった。抱き寄せた肩は細くて頼りなかったが、とても温かかった。
その温もりが急になくなる。視界が赤く染まり、腕に残った軽い体はぴくりとも動かない。
――エリン!
私を呼ぶあの声を、もう耳にすることはできない。
*
「エリン!起きて!」
「あれ?アルケミラ?」
体を揺すられて目を開けると、目の前に青い瞳があった。
「エリン?大丈夫?」
「う、ん」
気分は最悪だった。
どんな夢を見たかは覚えていないけど、体に残る硬さと眠っていたはずなのに目に感じる疲労。起き上がるのが億劫になるほど体が重かった。
「ねえエリン、本当に大丈夫なの?ブローラが酷いことしてるんじゃないの?」
「ほう?俺を疑うとは、なかなかに度胸があるな、双翼のドラゴン」
アルケミラの背後にブローラが立っていた。
「俺を疑うより、己を疑った方がいい」
「何が言いたいの?」
「お前自身がよくわかっているだろうに」
アルケミラとブローラは相性が悪いようだった。
お互い興味がないので普段は離れているが、こうして会って話すと必ずと言っていいほど言い合いになる。
「ブローラ、アルケミラをいじめないで。
アルケミラ、私は大丈夫だから、心配しないでね」
「俺は悪者か?まあお前が言うなら幼いドラゴンをかき乱すのはよそう」
ブローラはしぶしぶ従い、ねぐらにしている洞窟から出ていく。アルケミラはその姿をじっと睨みつけていた。
*
ブローラの転移魔法でエオルに移動した。
以前は通過点でしかなかったので、転移した先は街で、森とは距離がある。
いくら隠れるのをやめたとはいえ、今この状況で追いかけられるのは面倒なので、外套についているフードを深くかぶる。南にあるエオルでも冬は寒く、外套を着ている人も多いので変に目立つことはなかった。
「さっさと向かうぞ」
ブローラは寒さをものともせず、すたすたと進んでいく。
この時期に森に入る人などいるはずもなく、徐々に周りから人が減っていく。私たちを不思議そうに見る者もいたが、みな意識は建物の中に向いている。何か尋ねられることはなかった。
「この辺りだな」
エオルに高い山はなく、苦労せずに目的地にたどり着くことができた。
冬にも葉を落とさない木の下は暗く、こんなところにディアナの四宝があるだなんて思えない。けれどここは確かに水晶に映っていた場所だった。
「エリン。お前が取れ」
ブローラの言葉にうなずいて、私は地面へと腰を落とす。湿った土をかき分けると爪の間に土が入ってくるが、道具を使って掘っても宝を傷つけてしまう。
しばらく地面を掘っていると、指先に硬いものがあたった。更に掘り進めると、くすんだ灰色の石が出てきた。それをつまみ上げると、その下に指を通すための輪がある。
「これが四宝の一つ?」
水晶で見た時とは様子が違って見えた。一目で宝石だとわかるほどに輝きを持っていた石の部分は曇っていて、普通の石にしか見えない。
「指にはめてみろ」
指輪に着いた土を払い、ブローラに言われるがままに指を通すと、その石がゆっくりと光り出す。
「水晶で見たのと一緒だ!」
「ディアナの数が減り、本来の力を失っていたんだろう」
指輪は光っただけでなく、私の指に合わせるようにその大きさを変えた。
「エリン、宝も見つけられたから、もう戻ろう。風邪をひくよ」
「なんだドラゴン、ずいぶんと弱気だな」
ブローラがからかうと、アルケミラはきっと目を吊り上げた。
「フォムルと一緒にしないで。エリンは人間だ。
あんな暗い洞窟で休みもしないで魔法の練習をしてた。その疲れを取らない内に寒い外に出るなんて、体調を崩さないほうがおかしい」
「ねぐらには魔法をかけていた。快適な気温だったろう?」
「気温の話をしてるんじゃない。日の光にも当たってないし、ご飯だってちゃんと食べられてない、睡眠だって……」
ブローラの手を取ってから今日まで、休みといえるような日はなかった。
水晶を探す時は、反撃するまで追手がたくさんいたし、水晶を見つけてからは占術を習得することに時間を割いていた。
逃亡生活で宿は取れず、ブローラの知る昔からある洞窟に身を潜めていた。当然、街や市場からは離れているので食料の調達は簡単ではない。
「それなら街で買い物をしてから戻ればいい。どうせ食い物も尽きてきていた」
「だめだ。エリンは先に戻らないと。後で私が買い出しに行く」
「ほう?人間に日の光が必要だと言ったのはどこのどいつだ?」
ブローラはいつもの軽い口調ではなく、咎めるような声でアルケミラに迫った。
「それは……」
「アルケミラ、ありがとう。心配してくれて嬉しいけど、私はまだ大丈夫だよ。
買い物はそろそろしないといけなかったから、街に寄って帰ろう」
「エリンがそう言うなら……。でもエオルは抜けよう。寒さから逃れるために人が集まってきてる」
「そうだね。だけど市はやってないと困るから、隣国のハーモルに行こう。
まだ寒さが厳しくないところだから人の活動もあるだろうけど、エオルほど人が集まって来てはいないはずだよ」
アルケミラはそっと伺うように私を見た。
「大丈夫だよ」
ハーモルはダギードが私たちを送り出してくれた場所。ペルダが消えてしまった場所。
ペルダを失ってもう二月が経っている。休まずにブローラに着いて来たのは、ペルダのことを思い出さなくてすむからという理由もあったと思う。休んでしまったら、二度と立ち上がれない気がしたから。
だけど今は違う。私は自由に生きるために、力を手にするための一歩を踏み出した。この手に四宝の一つがある。今ハーモルに行っても、もう悲しみに足を取られることはないはずだ。
むしろ、ペルダへの想いを強めることで、進み始めた道を走りきる力をもらえるかもしれない。
「話は済んだな?エリンと再会した国に向かう」
ブローラはアルケミラの返事も聞かずに転移魔法を使った。
景色が一変する。
木々ばかりの森から、建物の隙間へと移動していた。近くに壁があるので、陰になっているとはいえ森よりは温かかった。
「ここには一度来たことがある。確か近くで市が開かれていた、行くぞ」
建物の隙間から出ると、冷たい風が頬を掠めていく。重装備でなくとも外を出歩けるが、エオルよりは寒く感じる。
通りを二つほど抜けると、ぱらぱらと出店が見えてくる。冬用の衣類や保存食が並べられておりどこも繁盛していた。人が集まっていると寒さも軽減される。
「金ならある、好きに使え」
ブローラは私とアルケミラに硬貨を渡す。
彼は私が召喚してからずっとこの地にいるらしく、私に遠ざけられていた時にいろいろと資金を貯めていたのだという。どうやって得た金かはわからないが、手持ちもないのでありがたく使わせてもらう。
「俺がいては目立つからな。用が済んだらエリンが呼んでくれ」
「わかった」
ブローラは背が高い。そこにいるだけで存在感がある。ダギードにもらった贈り物はもう効果が切れているので、髪と瞳の色で私だと気づかれてしまう。注目を集めるのは避けたかった。
ブローラと離れてから、アルケミラと話しながら店を見て回る。温かそうな布と保存のきく乾物を中心に食料を集めていく。久々に日差しの下に出て人の輪にいると、洞窟で過ごしているだけでは減っていくばかりの何かが埋まっていくような気がした。
「これくらいあれば十分かな。アルケミラの分はもっと買った方がいいかな」
「大丈夫だよ。もうそんなに食べないから」
アルケミラは苦笑した。
生まれ持った性を自覚してから、アルケミラの食事量は減っていた。とはいえ普通の人間よりは食べるけれど。成長して落ち着いたからだと言っていたけど、まだ大食いのイメージが消えない。
ブローラを呼ぶために人気のない場所に移動していると、急に後ろから腕を引かれる。
(まさか、気づかれた?!)
何か魔法を使おうと構えたが、体は動きを止めてしまった。
「エリンさん」
潤んだ緑の瞳が、震えている懐かしい声が、私を縛り付ける。
「アリウム、さん」
「ああ、よかった、生きていたのね。色んな噂を聞くけれど、この目で確かめるまではどうしても信じられなくて……」
ぽろぽろと零れる涙を追うことしかできない。
振り払いたいのに、振り払わなければいけないのに。掴まれた腕を動かすこともできない。
「今あなたに何が起きているの?あなたは何をしようとしているの?」
あの日、何が起きたかわからなかった。師匠が急に豹変して、国から逃げて。逃げた先では噂が飛び交っているのに誰も真実を知らない。師匠も私に何も言ってくれなかったから、ただ混乱するだけだった。
アリウムは、あの時の私だった。
「アリウムさん、少しだけお話ししましょう」
アリウムの手を取って、近くの路地に入り込んだ。
続きます。




