四宝を探す旅1
エリン・アイルが現れた。
ハーモルから始まった噂話は、目撃情報と共に瞬く間に広がり、噂話から真実へと変わっていった。
「前はハーモル、今度はエオル……次はいったいどこへ現れるのやら」
「俺はギーエンに出たと聞いたぞ」
「イニアの隣国に?エリン・アイルは恐れを知らないな」
魔法学校でも噂は広がり、それはエリンを探しているディルフとワーシアの耳にも入っていた。
「エリンが、現れた……」
ワーシアは口元を引きつらせながら言った。彼が緊張しているのではなく、思わず上がりそうになった口角を制御しようとしているからだとは本人も気づいていない。
「ワーシア、エリンが死んでいなかったっていうだけの話じゃない。エリンが誰と一緒にいたのか聞いてないのか?」
「あのフォムルだろう。邪眼のブローラ。強大な力を持つという」
「そう。魔法学校にいた時、彼女はブローラとそれほど関係が深いようには見えなかった。僕たちが追っていた時も一緒にはいなかった。
それが今はどうだ?あのブローラを従え、追ってくる者には必ず報復している。エリンはもう、完全にこの地に住まう者の敵となった」
「ああ。だが彼女は何のためにわざわざ姿を現したんだ?てっきり俺のことを恨んで報復に来ると思っていたが……」
エリン・アイルの目的は誰もわからない。強大な力を持つフォムルを従えて、彼女を捕えようと、あるいは亡き者にしようとする者には容赦なく反撃するが、彼女自身が誰かを襲ったことは今のところない。
「ワーシア・イニア。間違えるなよ。エリン・アイルが何もしていなくても、彼女の存在そのものがこの地にとっての脅威だ。
目的なんて関係ない。彼女を捕えることが僕たちの使命だ」
「もちろん、理解している」
ワーシアは口を引き結んでから、ディルフの目を見つめる。
「ディルフ・ダン。お前こそ理解しているのか?
ブローラを引き連れている彼女を、もう誰も止められない。俺たちには彼女を捕える力はない。残されているのは、ただ一つだ」
「もちろん、わかってるさ」
ディルフは震えそうになる声を何とか押さえつけて、ワーシアをにらみつける。
「今度こそ、エリン・アイルを殺すしか道はない」
*
ブローラの手を取ってから、私は隠れることをやめた。身を隠す意味はもうないのだから。
そうするとあっという間に私の存在は知れ渡った。
「ふふ、ははは!各所で愚かな人間の悲鳴が聞こえるとは、面白い」
ブローラはそんな状況を楽しんでいるようだった。
追手は増え、捕えるよりも殺そうとする者たちが増えていた。私はブローラのように楽しむ気にはなれなかったけど、もっと話が広まればいいと思った。
恐れて追手が減ればいい。誰も近づいてこなければいい。
「それで、水晶はこれでいいの?」
あちらこちらを旅していたのは、質の良い水晶を見つけるためだった。
ディアナの四宝を見つけるには、占術を使う必要がある。そしてその占術の効果を高めるためには、より良い水晶を使う必要がある。
「ああ、十分だろう。これほど魔力を含んでいればな。エリンの魔法に応えてくれるはずだ」
「でも私、占術は習ってないよ」
魔法学校でもまだ占術は習っていなかったし、かつてはそれを得意とする師匠から逃げていたこともあって、苦手意識もあった。
「心配するな、エリン。魔法は我らフォムルの力。俺がお前に教えてやろう」
魔法はフォムルの力というのは本当だった。
占術は魔法使いの中でも扱える者は少なく、習得までに時間がかかると言われている。それなのにたった数日で簡単な占術を使えるようになった。
「最初は近くにあるもの、次に過去に見たもの、最後にまだ見ぬもの。徐々に対象を不確実なものにしていくと、最後は己の求めるまだ見ぬものを映し出すことができる」
洞窟に籠って占術の指導を受けて一月も経つと、明日の天気を見られるようになっていた。
「未来を占うのは難しいが、四宝は長くこの地にあるものだ。今のエリンなら見つけられるだろう」
明日の天気を見るよりも、ブローラが隠した食べ物を見つける方が簡単だ。まだ起きぬものよりも、既に起きたものの方が占術は探しやすい。
私は水晶に手を当てて、魔力を注ぎ込む。この地の記憶を辿り、精霊の四宝を探る。
手応えがあって水晶をのぞき込むと、そこには何もなかった。正確にはもやのようなものが立ち込めていた。
「これは……」
「精霊の霧だ。ディアナの四宝ともなれば、精霊が隠している」
「そうか……それじゃあだめだね。もっと占術の精度を上げてからでないと」
「何を言っている?お前は精霊術を使えるだろう」
「そうだけど、全てを知ってるわけじゃない」
精霊術は師匠に教えてもらったけど、魔法とは違いそれ以外で精霊術の情報を得ることはできない。私は途中で師匠のもとを離れた。私の知る限り、精霊の霧を晴らす術などない。
「エリン、何か勘違いをしているな?お前は精霊術を知る者ではない、使う者だ」
「精霊術を使えても、精霊の霧を晴らす精霊術なんて知らないよ」
「なぜ術を学ぶ必要がある?エリン、エイオスと同じ存在よ。
お前は人間でありながらディアナの力も持っているのだ。霧を晴らす術を使うのではない、お前自身の力で霧を晴らせ」
いきなり無茶を言う。反論しようとブローラを見ると、彼はいたって真面目な顔をしていた。まるで私ができて当然だとでもいうように。
「力を恐れるな。己を疑うな」
ブローラは私の手を取って水晶に乗せた。
「お前はフォムルとディアナによって生まれた。魔法と精霊術を使って、欲しいものを得ろ」
水晶に魔力を注ぎ込み、水晶に浮かぶ霧に晴れろと念じる。霧はすぐには晴れないが、それまでゆったりと漂っていただけの霧が、忙しなく動き始める。かき乱されているように、あるいは暴かれないように。それと同時に、ぴりぴりとした痛みを感じる。精霊たちの抵抗のようでもあった。
(晴れろ、晴れて!ディアナの四宝の在り処を映して!!)
魔力を強く注ぎ込むと、同時に知らぬ何かが抜けていくような感覚がある。それと連動して、水晶の内の霧が激しく動き回り――ついに、水晶から霧が消えた。
「できた!」
水晶の中に大きな釜が浮かんでいた。それは見覚えのある釜だった。
「これは……」
「ああ、ダギードの大釜か」
「やっぱり。見たことあると思った」
「ディアナの四宝だからな。ディアナが持っていて当然だ」
「この地にも同じものがあったなんて」
「いや、ない。よく見てみろ」
水晶の中の大釜はくるくると回り、小さくなり、やがて石となり、指輪の形をとって地面に転がった。
――槍と剣と大釜は、そのままの形ではなく、召喚できる指輪が残っているとされている。
かつてネロがそう言っていた。
「召喚できる指輪なんだね」
「そうだ。
エリン、これがどこにあるのか知る必要がある。水晶に映る範囲を広げてみろ」
「うん、わかった」
転がる指輪が小さくなると、水晶に映る部分が広がる。周りには木々があり、指輪は森にあるようだった。
更に範囲を広くしていくと、森とそれから海が見えた。
「海に面していてこの地形なら、エオルだね」
「一度水晶を探すために通った国だな。それなら話が早い。
明日、指輪を回収しに向かおう」
一度行ったことのある場所なら、転移の魔法で行き先に指定できる。移動が楽になるとはいえ、魔力もそしておそらく精霊の力も大量に消費したので、休めるのはありがたかった。
続きます。




