決意2
翌日、ペルダは薄着で飛び出そうとするほど元気だった。
「ペルダ、ほら、マフラーを巻いて。外は寒いんだから」
「エリン、僕全然寒くないよ!」
「今は寒くなくても、街まで遠いんだからね」
「はあい」
何とか服を着せて、家を出た。遠くまで歩いているというのに、ペルダは街に着くまでずっと元気で、いつもよりおしゃべりだった。
待ち合わせの場所に着いた時には流石に口数も減っていたが、頬は赤く、きらきらと輝く目がまぶしかった。
しばらくすると昨日会った男性が現れた。
「いやあ、すまないね。お父さんは少し遅れてるようだ」
この寒い時期だというのに、彼は服を重ね着しておらず、服もどこか古い物に見えた。昨日は暖かそうな格好をしていたから、服を買うお金がないわけでもないだろう。
なんだか嫌な感じがした。
「あの、本当にペルダのお父さんを知ってるんですか?」
「ああ、もちろん。俺は嘘は言ってない」
男の目に動揺はない。嘘をついているようにも見えなかった。
「その子の親に頼まれたんだから」
男は包みを取り出して、開く。その中にはぬいぐるみがあった。
「僕のくまさん!」
ペルダのものだったのだろう、彼はまっすぐにそのぬいぐるみめがけて駆け出した。
「ペルダ、待って――」
ペルダのおもちゃを持ってる。両親と面識があることに嘘はないように見える。だけど何かが引っ掛かっていた。
ペルダを止めようと手を伸ばすが、それがペルダに届く前に、私の手に赤色が着く。
「え?」
ペルダから飛んできた飛沫は、私の目の前を真っ赤に染めた。
目の前にいたペルダの首に刃物が刺さっていた。
「ペルダ!」
アルケミラが私の前に入り、ペルダを抱き寄せるが、そのペルダの胸にもナイフが刺さっていた。
アルケミラの腕の中にいるペルダと目が合う。
彼は何が起きたか理解していなかった。困ったように私を見つめて、そしてそのまま瞳から光を消した。
(ペルダが――死んだ?)
否定したいのに、辺りに飛び散った血の量が、それを許してくれない。
「な、なんで……」
かすれた声を出すのが精いっぱいだった。
「言った通り、その子の親に頼まれたのさ。
死んだと思ってた子どもが、街をうろついている。二度と関わるつもりはないから、どこかに追いやってくれってな。
はは、何が死んだと思ってただ、どこかへやってくれだ。あいつら自身が殺すつもりで海へ流したなら、ここで死んでも問題ないだろう。対価分の働きはした。その子もこんな世界で生きているより幸せだ。
さて、俺達はお嬢さんたちをもらえればそれでいいんだ。その子はいい餌にもなったな」
ぞろぞろと男の背後から仲間が出てくる。
騙されたんだ。
ペルダの両親を知っていたのは本当。でも会わせる気はなかった。その両親にペルダをこの街から追い出すように頼まれていたから。
そして彼らがその依頼を受けたのは、対価を得るためと、私達をおびき出す餌として使うため。
「身寄りのない娘は攫っても面倒が少ないからな。
二人ともいい値がつきそうだ」
「ふざけないで!!」
ペルダはただ両親に会いたかっただけなのに。希望を持ってこの場に来ていたのに。両親に頼まれた男に殺されるなんてあんまりだ。
――お父さんとお母さんは迷子になったんじゃないの。僕を置いていったの。僕が、悪い子だから。
砂浜で泣いていたこともあった。
――僕、いい子になれたと思うんだ。だから、お父さんとお母さんも、喜んでくれるよね?
ダギードの元から帰るときには期待を持っていた。
――お父さん、やっぱり僕を探してたんだ……。
両親が自分を探しているのだと思って、人形を大事そうに抱えていた。
そしてこの場所に来るまでは元気いっぱいだった。
愛しいあの子は、もうこの世にいない。
「よくも、よくもペルダを!!」
感情に任せて魔力を放出すると、ペルダを刺した男が吹き飛んだ。
「なんて力だ!魔法使いか?!」
私を見た仲間の男たちが固まる。
「嘘、だろ……黒い髪に、青い瞳……エイオスだ!!」
ダギードの忠告は頭から抜けていた。いや、抜けていなくたって、どうしてこの状況で感情を揺らさずにいられるだろうか。
「エリン、目の色が……」
「うん、ダギードの厚意を無駄にしちゃった」
でももうどうでもよかった。そんなこと気にしていられなかった。
「逃げろ!殺されるぞ!」
男たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「エリン……」
「……ペルダは?」
聞いても違う答えが返ってこないことはわかっていた。
「もう、息をしてないよ」
ペルダは死んでしまった。
「弔ってあげなきゃ……。
《扉の先に、道を作れ》」
久しぶりに魔法を使った。
あの小屋に戻るには距離がありすぎたはずだけれど、次の瞬間、私達は長らく住んできた小屋に戻ってきていた。
そしてその近くに、見覚えのある舟が浮いていた。
――エリン、聞こえるか。
頭に響くのはダギードの声だった。
――私はこの地を去ったディアナだ。すまぬが、直接関与はできない。
――せめてこちらでペルダを弔ってやろう。
こんな場所で、ペルダを苦しめた人間のいるところで、彼を眠らせられない。私はアルケミラからペルダを受け取って、舟に乗せた。
舟はひとりでに動き出し、ペルダの姿が遠くなっていく。
私でも抱えられるほど小さいペルダ。これから大きくなるはずだったのに。
やりきれなくて、悔しくて、のどが熱くなる。
――エリン、君も一度こちらに戻ってきなさい。
「いいえ、ダギード。私はあそこには戻らないよ。
ペルダを置いてはいけないから、あの場では逃がしたけど、私は絶対あの人たちを許さない」
――エリン!何を考えているんだ!
「人なんて信じちゃだめだった。誰も信じるべきじゃなかった。簡単に信じて、ペルダを死なせてしまった。私はわかっていたのに」
人は裏切るんだって。どんなに近い人間でも、信じていた人でも、離れていくんだから。よく知らない人なんて、それも男の人なんて、信じるべきじゃなかった。
師匠もネロも、ディルフもワーシアも、簡単に信じて、痛い目を見てきたのに。何も学んでない。
「ダギード、私こんな世界いやだよ。
私、エリン・アイルだって、知られていなかったのに、ダギードに瞳の色も変えてもらったのに、結局何も変わらなかった。
みんな私の死を望んでいた。ペルダは殺されて、私とアルケミラは金稼ぎのために利用されそうだった」
エイオスと同じ存在だとわかって、私の死を望むか、利用したいと思う人がほとんどだった。それなら望み通り死んでもいいと滝に身を投じた。
ダギードの島ではペルダに出会って、元気をもらって前向きになれたけれど、そのペルダは殺されてしまった。
――お前には破滅の運命が刻まれている。
ブローラの言葉が頭に蘇る。
私がエイオスと同じ存在だと知られていない状況でさえ、こんなことが起きた。
両親が死んだのも、アイルが危機に陥ったのも、ペルダが死んだのも、私に破滅の運命が刻まれているから?
「私に破滅の運命が刻まれているというなら、運命から逃れられないというなら、破滅してしまえばいい。この世界も、私も」
――エリン!やめるんだ!
「どうして止めるの?!
ペルダを殺されたのに、どうしてあんな男達をそのままにできるの?!
もう嫌だ!こんな世界のために、私は望まれるままに死んでなんてあげない!
私を利用しようなんて許さない。誰にも手出しされない立場を手に入れて、自分の望むままに生きるの!」
なんであんなに悩んでたんだろう。私がどうしたいかなんて、ずっとわかってたはずなのに。
王族として国に貢献したい?そんなの両親の気を引きたかっただけ。あの頃の気持ちなんて、所詮はそれに引きずられて出てきただけのもの。
生きてさえいればいい?それなら大切な人が死んだっていいっていうの?
私はそんなの嫌だ。誰にも傷つけられずに、利用されずに生きていきたい。
――エリン、落ち着きなさい。
――君が立場を手に入れるということが、何を意味するかわかっているのか。
誰にも手出しできない立場は王座にも近いといえる。
――王位を望まなくても、君が感情に任せて力を求めるなら、ディアナは許さないだろう。
もともと私をディアナの地へと連れてきたいディアナは、今までのように静観せず、無理やりにでも私をこの地から引きはがすだろう。
「ディアナが許さない?放っておけ。俺が力を貸してやる」
懐かしい声がした。
――ブローラ!
私が呼び出したフォムルのブローラだ。
私が追われる立場になって以降、姿を見ていなかった。
「この地を去ったはずのディアナがまだ干渉していたとはな、ダギード」
――お前達も地上に手出しできぬはずだが?
「俺はエリンに呼び出された。お前とは違ってな。消えろ」
――エリン!フォムルを信用してはならぬ!そやつは――
急にダギードの声が聞こえなくなった。
「ダギード?」
「うるさいからな、こちらへの干渉を切った。心配するな、本体は元気だ」
久しぶりに見たブローラは以前見た時と全く変わっていなかった。
黒い衣に身を包み、長い髪をそのまま垂らしている。髪で隠れていない左目は金色で鋭く光っていた。
「ブローラ、あなたはどうしてここに?」
「もちろん、お前を助けるためだ。
俺はお前に興味があるんだ、エリン。俺を呼び出す者。あの陰気臭い地下から出られたのもお前のおかげだ。お前が死んだら俺もまた地下に戻るのだろうが」
「だから私を助けようとするの?」
ブローラが姿を見せて、私は完全にエイオスと同じ存在だと確信された。それで追われる身となってしまったけど、彼は階段から突き落とされた私を受け止めてくれた。
「そうだ。お前に死なれては困る。それに多少の望みなら叶えてやってもいいと思っている。
あの時、お前は俺に何も望まなかった。人間を殺すのを止めるくらいか?だからあの場で姿を消したが……」
ブローラは金の目をすぅっと細める。
「今はあるだろう?望みが」
彼の瞳の輝きがやけに魅力的に見えた。
「それを果たさなければ、お前はまた死を望むだろう。それは俺にとってもよくないことだ。
さあ言ってみろ、エリン。お前は何を求めるんだ?」
「力が欲しい。誰にも利用されない力が。自分が自由に生きられる力が!誰にも、私に刻まれている運命にさえも、何も奪われない力が欲しい!」
「力を望むのなら簡単だ。お前がこの地の頂点になればいい。
そうすれば誰もお前を利用できない、誰もお前から何も奪えない、お前の好きなように生きることができる。
ディアナの四宝を集めて、この地の王となれ。この俺がそれを手伝ってやる」
ブローラは屈んで私に手を差し出す。
「お前がこの地の王となれば、あの醜い男どもも罰することができる。あの幼い子どもも浮かばれるだろう」
ペルダ。騙されて何もわからぬままに短い人生を終えざるを得なかった。
胸の内から怒りが湧き上がる。
「ブローラ、この地の王となるために、四宝を探すのを手伝って」
差し出された手を握る。
私が地の王を目指すことで、エイオスと重ねられてももうどうでもいい。私には破滅の運命が刻まれているという。何もしなくたって失うばかりだというのなら、自ら破滅の道に進んだっていいだろう。
「エリン、本当にいいの?」
アルケミラが心配そうに私を伺う。
「うん、もう決めたから。
アルケミラは、一緒に来なくてもいいよ。危ない目にも遭うだろうから」
「そんなこと言わないで、エリン。私はエリンが決めた道なら一緒に進むよ」
「ありがとう、アルケミラ」
アルケミラはまっすぐに私を見つめて言った。青い瞳には決意が宿っている。
無理強いしたいわけではない。アルケミラを危険に巻き込むのは本意ではない。
それでも一緒に来てくれるということがとても嬉しかった。
続きます。




