決意1
着いた先はハーモルだった。私たちが陸に降りたとたん、小舟は消えてしまった。
降りた場所のすぐ目の前に小屋があり、精霊達は迷うことなくその小屋へと向かっていく。私たちも後に続く。
小屋はブランの住んでいる小屋と同じくらいの大きさで、造りも似ていた。森の中ではなく海辺にあるのが不思議な感じがする。
ベッドは小さいが三つあり、ほこりも積もっていないから、私達のために用意してくれたんだろう。
テーブルの上にはパンと果物が置いてあった。ここに着くまではそれほど長く感じなかったけれど、慣れない移動に疲れていた私達にとってはありがたかった。
これは誰が用意してくれたのか、答えは翌日にわかった。
「おはようございます、皆さん」
ご飯を食べたあと、すぐに眠りについた私達は、一人の女性の声で目を覚ました。
女性は三十代くらいで、普通の民のように見えた。
「私はリアン。ここでディアナに導かれた人達のお世話をしております。皆さんについて訊ねることはいたしませんので、安心してください」
聞けば、彼女はそういった役割の家の出身なのだそうだ。周りの村人に少しずつ私たちを紹介して、馴染んできたらこの村の身分証をもらい、この地で生活ができるようにしてくれるのだという。
「本当にここに人が現れるとは……。祖母から話は聞いていましたが、正直なところそれを信じ切れてはいませんでした」
彼女は毎日家にやって来て、食料や衣服を提供してくれた。時には一緒に食事を取ることも、試しに街に一緒に出掛けることもあって、徐々に話をするようになった。
「リアンの家はずっと昔から役目を負っているの?」
「ええ。まだディアナがこの地にいた時から、人とディアナを繋いでいたそうです。
この地を巡って争いが起きましたが、ディアナと人が共存していた時代もあったのです。
ディアナと人の争いで、一時はその役目もなくなりましたが、違う形で今もこうしてディアナとの関りを持っています」
「違う形?」
「はい。以前は人とディアナとの交流の場を提供していましたが、争いによりそういった行いはできなくなりました。そして争いが終わると、人の中にはこの地に残ったディアナを利用しようとする者が現れました。
ディアナの遺した迷宮には宝が隠されているという話が広まりましたが、迷宮に入った者は出てこられないものがほとんどでした。そこで、ディアナなら迷宮を攻略できるはずだと無理やりディアナを迷宮に送り込むものが現れたのです。
ですがディアナにも迷宮が攻略できるわけではありません。多くのディアナが迷宮の中で命を落としました。私達はディアナとの繋がりがありましたから、そういった行為を見過ごすことはできません。彼らを助けるためにディアナを保護し、迷宮で命を散らしたディアナを弔うようになりました。
そうしている内に、遥か西に渡ったディアナにも話が届いたのでしょう。彼らは海に流されてしまった人間を救って、こちら側に届けてくれるようになりました。そして珍しい魚や果物も、たまにあの岸に届くようになりました」
リアン達がディアナを助け、ディアナもまた人を助けている。そういった繋がりがまだ残っていることに驚いた。
「あの場所がディアナの地と縁があるとわかってからは、あの場所からディアナを流すようにもなりましたね」
「ディアナを流すって、どういうこと?」
「迷宮で命を落としたディアナは花になるのです。迷宮が特殊な場所だからでしょうかね」
ネロとの仕事で迷宮に行ったとき、ブランは落ちていた花を拾っていた。日の光が当たらない場所ではかわいそうだから持って帰ると言っていた。そしてバイスがその花をもらおうとした時、ブランは断って、その花を美しいと言ったバイスを価値のわかる人間だと評した。
(ブランは、迷宮で亡くなったディアナを弔おうとしてたんだ……)
「百年前くらいから、ディアナが攫われることは激減しましたから、今では流れ着いた人の復帰を手伝うのが主ですけどね。
ディアナの数自体がそもそも減っているのかも知れませんが、力のあるディアナが同族のために立ち上がったという話もあります。人とは上手く暮らせないディアナ達に、金銭を与えていると、噂で聞いたことがあります」
「金銭……人と関わって暮らしているディアナもいるんだね」
「ええ。そのディアナは精霊術を極めており薬草にも詳しいため、人間相手に商売ができるのだとか。東の王族との取引もしているんだそうです」
「東の、王族」
祖国を思い出して身が硬くなるが、リアンは気にした様子もなく話し続ける。
「最近は姿を見ていないと聞きますが……」
「その、ディアナの名前はわかりますか?」
「いいえ。そのディアナは警戒心が強く、どのあたりに住んでいるのか、同族でさえ知らないと言います。
人間とは数十年前から関りを絶ったようですし、悪事を働く人間には容赦がないとのことで、人間からすると恐れの対象にもなっているのです」
数十年前から人と関わらなくなったディアナ。東の王族と取引がある。そんなディアナ――いや、ディアナと人間のハーフを私は一人知っていた。
ロッドミン夫人はブランと薬草の取引をしていたけれど、私がブランと一緒に彼女を訪ねた時、どこか警戒しているようにも見えた。ブランの恐ろしいうわさも知っていたから、私とブランが一緒にいて驚いたのかもしれない。
遠く離れた場所で噂を聞いただけで、無性にブランに会いたくなった。
(ブラン、バイス、もう少し待っててね)
ペルダの成長を見届けたら、会いに行きたい。私がすぐに戻らなかったから怒るだろうか。想像しても少しも怖くなかった。怒られてもいい。それさえ愛しく思えるだろうから。
*
一月もすると、近くの村の人達ともつながりができてきて、リアンがいなくても気兼ねなく外に出られるようになっていた。身分証を手に入れようと思ったら、半年程度はいたほうがいいだろうということだったので、私たちはゆっくりペルダの故郷を探すことにした。
ついでに私についての噂も集めておく。アイルがどうなっているかは南西にあるハーモルではよくわからなかったが、私についてはある程度情報を得られた。
私が剣に貫かれ、滝へ落ちたことにより、半数の人間は私が死んだと思っている。だが止めを刺したはずのイニアの王子はまだ私を探しており、死体も上がっていないことで、まだ生きているのではないかと思っている人も同じくらいいる。
ただ私が滝から落ちて一年と数か月が経った今でも姿を現さないので、そこまでの緊張感はない。死んではいないかも知れないが、脅威はないのではといった形に落ち着いているようだった。
私としてはそのまま忘れてくれれば、その内本当に死んだのだと思ってくれれば、その方がいい。
ペルダについての調査はなかなか進まなかった。近くの村にはペルダを知る人はいなかったし、ペルダも心当たりがないようだった。しかし、この場所にきて半年まで後一月というところで、思わぬ収穫があった。
「僕、この場所知ってるかも!」
範囲を広げて、遠くの街まで足を運んだ時、ペルダがそう言った。
何度か訪れて街を広く見て回ったが、彼の記憶の通りに店が並んでいた。思い違いではなく、ペルダの故郷はこの街のようだった。
加えて、彼を知っている人がいた。
「いや、最近よく見かけるようになって、おやっと思ってたんだが、ペルダだよな?」
最近は視線を感じるようになっていたが、どうやら彼を知る人が凝視していたらしい。ずいぶん見なかった子どもが知らない人間といたら、それは目を疑うだろう。
「おじさん、誰?」
「お父さんの友達だよ。君のことは昔見たことがある。いやあ、大きくなったな」
「お父さんの友達?……お父さん、僕のこと探してた?」
「ああ、もちろんだよ!このおもちゃ、見覚えがあるかい?」
男は懐から木彫りの人形を取り出した。ところどころに傷があって、汚れもある。
「ああ!これ僕のだよ!!」
「そうだろうとも。お父さんがな、君は特にこのおもちゃが好きだったって言ってたよ。
仕事が忙しくてこっちまではすぐ来れないけど、これを見て飛びつけば絶対にペルダだって」
「うん!うん!僕、ペルダだよ!
お父さん、やっぱり僕を探してたんだ……」
ペルダは人形をぎゅっと胸に抱え込んだ。
「明日もここに来られるか?お父さんを連れてくるよ」
「本当?!」
「ああ、もちろんだ。
お嬢さんたちも一緒に来てくれ。ペルダが世話になってたんなら、礼をしないとな」
礼なんてなくたって、ペルダがちゃんと両親の元に帰るところまで見届けるつもりだ。私とアルケミラは頷いて、時間を約束して小屋に戻った。
小屋に戻ると、ペルダははしゃぎすぎたのか、すぐに眠りについた。
私はまだ眠る気になれなくて、窓際から海を眺めていた。
「エリン、体が冷えるよ」
アルケミラが私に毛布を掛けてくれた。
年末も近いこの時期は、南側にあるハーモルでも気温が低い。特に夜ならなおさらだった。
「考えごと?」
「うん。
ペルダと離れるのはもっとずっと先の話だと思っていたから」
「寂しい?」
「寂しいね。でもこれでよかったのかも。
親がペルダを捨てたなら、大人になってから故郷に帰る方がよかった。その事実を受け入れるのって、簡単なことじゃないから。
だけどペルダの親はペルダを探してた。海に遊びに行ったのは本当で、事故でペルダが流されてしまっただけなのかもしれない。それなら、早く両親のところに戻れたほうがいい」
複雑な事情があるから、ペルダも両親に置いて行かれたのだと悪い方向に捉えていただけで、本当は違ったのなら。寂しい思いをさせていた子どもを強く叱りすぎたから、海に遊びに連れ出したとしたのなら。ペルダにとっても、彼の両親にとっても、できるだけ早く会えた方がいい。
「これからどうするの?」
「それをちょっと考えてたの」
「ブランとバイスに会いに行かないの?」
「行きたいよ。でもワーシアはまだ私を探してるみたいだから、下手に動いてブラン達に迷惑をかけたくない」
あれだけ深く突き刺さった剣を見たのに、流れの激しい滝に落ちたところを見たのに、まだ探しているなんて。そんなに私の息の根が止まった姿が見たいのだろうか。
「エリン、私はエリンの決めたことに従うけど、ブラン達に会いに行っていいと思うよ。
ブランもバイスも、エリンが来て迷惑だなんて思わない。力になれない方が嫌だと思うよ」
「アルケミラ……」
「それに、会いたいでしょ?」
「うん、会いたい……」
忌み嫌われるエイオスと同じ存在と知りながら、私を大切に想ってくれる数少ない友人だ。
ペルダの故郷が見つかって、彼の両親がペルダを探していると知って、とても嬉しかった。ペルダは私とは違う。ちゃんと両親に愛されているんだって、安心した。
それと同時に、ブランとバイスに会いたくなった。両親に会えると喜んでいるペルダを見て、私も大切な人達に会いたくなった。
「エリン、行こうよ。私も一緒だから」
「うん、そうだね」
私は毛布の両端をつかんで、隣に立っていたアルケミラの背中に手をまわした。毛布の中で触れた体温に体が温まっていく。
「エリン、大丈夫だからね」
アルケミラは私を抱きしめ返してくれた。すぐそばにあるこのぬくもりが、いつも私を支えてくれる。
「ありがとう、アルケミラ」
二人でブランとバイスの元に戻ろう。戻って、平穏に暮らそう。
この望みさえ果たせるのなら、世界中が私を恐れ嫌っていたって、気にもならない。
続きます。




