孤島での生活3
ペルダは翌日からも、元気いっぱいに振る舞うようになった。ただそれまでのように、一人で海に行くことはなくなった。そして、度々私達を困らせていた悪戯をしないようになった。やったことを注意されるとそれはしなくなるが、次にまだ注意されていないことをやる、といったことが続いていたのだが、ぱたりと止んだ。あれは彼なりに私達の気を引きたかったのだろう。
でも今はもう知っている。ここでは誰もがペルダを気にかけていることを。わざわざ注目を浴びようとしなくたって、みんな見ていることを。
「最近ペルダは大人しくなったな」
「元気はいつも有り余ってるけどね」
アルケミラと終わりなき鬼ごっこを繰り広げている姿を眺めながら、体力の尽きた私はダギードと話していた。
「まあそれはそうだが。食事も落ち着いて取れるようになった、文字も書けるようになった」
ペルダは今ではもう行儀のよい子として振る舞えるようになっていた。ここに来た時にご飯を喉につまらせかけた子と同じには見えない。
「子どもの成長ははやいものだ」
「そうだね」
「私は君についても言っている」
「私?」
特に思い当たることはない。ペルダの面倒を見るようにはなったけど、穏やかな昼と恐怖の夜を繰り返している。
「自覚はないか。以前よりも明るく前向きになったように見える」
「それは、ペルダに元気をもらったのかもね」
「それだけではないはずだ。君自身の答えを、今一度考えてごらんなさい」
私自身の答え。
――ここで自分自身の答えを探してみてはどうかね?
――自分自身についてよく考え、何がしたいのかを導き出せれば、きっと君がこの先進む道も見えてくるはずだ。
アイルを師匠から取り返そうと思った時は、王族としての役目を果たしたかった。もし私が王族じゃなかったらどうしたかったのか。
「今は成長していくペルダのことを嬉しく思うし、私自身も元気をもらっている。ペルダがこのまま健やかに育ってほしい。
私、今が幸せだよ。ずっと、こうしたかったのかも。穏やかに暮らしたかった」
目標なんてなくたって生きてさえいればいい。そう思っていたのも、身分に関係ない、私自身の望みがたしかにあったからなのかもしれない。
「誰かに見て欲しいって頑張らなくたってよくて、信じていた人はずっと傍にいてくれる、そんな世界がよかった」
それはもう二度と手に入らない、取り戻せない人生だけど、今から進む道は自分で選ぶことができる。
「ダギード、私はペルダが大人になるまで、あの子を見ていたい。そしてあの子が育つなら、ここじゃなくて元いた場所だ」
「戻るのか?君を拒む元の世界に」
「うん。それでペルダに迷惑がかかるならやめるけど、そうしたいと思ってる。
元いた場所にしか、ペルダの家族はいないから」
本当はペルダを捨てた家族になんて会う必要はないと思っている。だけど、ペルダ自身はどうなんだろう。
私が勝手に決めて、その先を縛りたくなかった。私は、何の相談もなく、私のことを決められるのは嫌だったから。
ペルダが望むならずっとここにいてもいいけど。
「それが君の答えだな」
「そうだよ。元いた場所でペルダを育てたい」
「本当に元の場所に戻ってよいのだな」
「うん。ペルダのためだけじゃない。元いた場所に、私の大切な人達もいるから」
毎晩悪い夢を見るから、嫌な思い出ばかり思い出していたけど、元の場所にはブランとバイスがいる。彼らに会いたい。一緒に平和に暮らしたい。それもまた私の望みだった。
「エリン、私は君を応援しよう」
「ありがとう、ダギード。でも少し怖い。元いた場所では私をまだ探してるかな?死んだことになってればいいんだけど」
「それはわからんな。だがエリン、君には私がついている。ディアナの中でも特別力のあるこの私がだ。そう心配するな。
それに今すぐ戻ることもない。ディアナもまだざわついている。丘の女神の祭りがあれば少しはその気も逸れるだろう。その頃にひっそりと元の世界に戻るのだ」
ダギードは私を安心させるように微笑んだ。
ペルダにもどうしたいかを確認した。彼は元いた場所にもどることを喜んでいるようだった。
「僕、いい子になれたと思うんだ。だから、お父さんとお母さんも、喜んでくれるよね?」
期待する気持ちが痛いほどわかる。肯定してあげたいのに、それはそれで嘘をつくみたいで上手く言葉が出なかった。
死んだと思っていた息子が帰って来て、どんな反応をするだろうか。
「ペルダ、まずは君のいた場所を探さないとね」
精霊達もまだペルダがどこから来たのか見つけられていなかった。
彼の故郷を探しながら旅をして、その中で彼自身も成長して、ゆっくりと自身に起きたことを理解してほしい。その上でまだ両親に会いたいのなら、私はそれを止めることもしたくない。
「エリンも一緒に来てくれるの?」
「うん、そうだよ」
「へへ、嬉しいな」
ペルダは照れたように笑った。
「でも、エリンはお家に帰らなくていいの?」
「大丈夫。私はペルダが帰る場所を見つけたら、帰るから」
ブランとバイスには当分会えないかもしれない。今二人がどんな状態にあるかはわからないけど、無理に接触して二人を危険に晒したくはない。時間を空けるのは、むしろ良いことなのかもしれなかった。
悪夢は見ないようになったが、帰るまでは特に変わらない生活を送っていた。けれどある日、アルケミラが大きく変化した。
髪が長く伸び、輪郭や身体に丸みが出た。それまで中世的だったアルケミラの外見が、一気に女性らしくなった。
「アルケミラ、これは……」
「エリン、私、わかったんだ。私の生まれ持った性は雌だった。だから人の姿での見た目が変わったの」
にこりと微笑むアルケミラはどこか大人っぽくて、でもその表情は確かに見覚えのあるものだった。
「エリンが自分自身に向き合ってたの、ずっと見てたよ。私も成長したいと思ったの」
ペルダの相手をしてくれるだけじゃなくて、アルケミラも自分自身と向き合っていたんだ。
血の契約があるからなのか、アルケミラは私といたがった。だからディルフとワーシアに追われた時も、逃げずに私を追いかけてくれた。それが嬉しくはあるけれど、本人の意思のないうちに結ばれた契約でもあるから、ここまで連れてきてしまったことに申し訳なさも感じていた。
私がアルケミラを振り回してしまっていると思っていたけど、アルケミラ自身もここに来ての成長があったのなら、罪悪感が少し薄れる気もした。
「ねえ、エリン、嬉しい?」
「うん、嬉しいよ。今の姿もとても素敵だよ」
「良かった。ありがとう!」
アルケミラは満足そうに笑った。
*
いよいよその日がやって来た。
「エリン、アルケミラ、ペルダ。君たちとの生活は悪くなかった。
ここに人が流れ着くのは稀なのでな、久し振りににぎやかな暮らしが送れた」
ダギードは私たちを海辺に集めた。
「元の場所に戻っても、健やかに育っておくれ。
そしてこれは、私からの贈り物だ」
ダギードは繋がれて海に浮かんでいる舟を指した。
「元いた場所に着けば役目を終えて消えるが、必ず君たちを安全に送り届けてくれる」
小さな舟だったが、頑丈そうな立派な造りをしていた。
「そしてエリン、君にはもう一つ」
ダギードがくるりと人差し指を回すと、私の目の前がきらきらと光る。
「あ、エリンの目が!」
「緑色になってる!」
自分からは見えないが、ペルダとアルケミラの言葉からダギードが何をしたのかがわかった。
「青い目を変えてしまうのは惜しいが……黒い髪に青い目をした人間は、ディアナとフォムルによって産まれた君くらいしかおらぬ。人間は知らぬだろうが。
これで人目はそれほど気にする必要がないだろう」
「ありがとう、ダギード」
これなら私の髪と瞳の色で探す人に見られても問題ない。
「だが気を付けるのだ。この術は完璧ではない。ディアナは隠すことはできても偽ることは得意ではない。
感情を大きく揺らせば、この術は解ける。できるだけ心を落ち着けて過ごすのだ」
「わかった」
ダギードの忠告を胸に刻む。
「今の君なら心配することもなかろう。
さ、お行きなさい」
エリンとペルダと一緒に小舟に乗り込む。
ダギードが陸地に繋げていたロープを解くと、舟はゆっくりと波に乗って動き出した。
「道案内は精霊がしてくれる」
舟の先に小さな光が現れた。私たちをここに連れてきてくれた精霊だった。
「それではな」
ダギードの姿が徐々に小さくなっていく。その姿が見えなくなるまで、ペルダはずっと手を振っていた。
完全にダギードの姿が見えなくなると、寂しい気持ちが出てくる。それでも私にはアルケミラとペルダ、そして精霊がいる。これからのことを考えると、悲しみはなかった。ダギードのしてくれたことを胸に抱えて、頑張っていこうと思った。
続きます。




