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月華とディアナ1

 翌朝、私は自分の唸り声で目を覚ますことになった。一階のソファに寝かせておいたドラゴンが、嬉しそうに私の首筋に吸い付いていたからだ。


「はは、よほどお腹が空いていたんだろうね。ずっと崖下で食べるものもなかっただろうし」


 仕方なく好きなようにさせて降りた先では、食事の準備をしてくれていたネロに苦笑された。


「生肉も仕入れたから、明日からは普通に起きられると思うよ」

「そしたら、明日は窓を割られることもないね」

「ああ、やっぱり窓から行ったのか」


 ネロは苦笑して指先を軽く動かす。上の方でがらがら、ごとごとと音がする。


「直したの?」

「うん。どちらかというと時を戻したと言った方が正しいかな」

「時間関連の魔法も使えるんだね」

「まあ、それなりに優秀だからね」


 ドラゴンは肉の匂いをかぎつけたのか、いつの間にか生肉の置かれた皿の前まで移動していた。


「さて、いただこうか」

「いただきます」


 太陽はもうかなり高い位置に上がっている。朝なのか昼なのかわからないご飯を、二人と一匹でいただく。

 パンは近くにパン焼き窯があるのか、魔法でどうにかしているのか、温かく柔らかかった。昨日のスープの余りは味に深みが出ていて、ほっとする味だった。


「ねえお嬢さん、これからしばらくは一緒に行動するんだし、名前を教えてくれない?」

「あ」


 ネロが食べ終えたところで口を開いた。

 そういえば、私はネロの名前を知っているけど、自分はまだ名乗っていなかった。


「私の名前は、ミレ」

「そうか。いい名前だね」


 ネロはにこりと笑った。


「では、腹ごしらえもしたところで、ミレ、お仕事だ」


 ネロとの仕事は難しいものではなかった。

変わっていたのは迷子や落とし物の捜索、事業の相談など、普通の人間でも事足りるはずの依頼が多いことだったが、それはネロが占術に優れた魔法使いであるからだった。魔法使いが少ないせいか、ネロに舞い込む依頼は後を絶たなかったけれど、占いを必要としないものは、要求されるレベルも魔法使いなら簡単にできるくらいのものだった。

 ドラゴンはアルケミラと名付け、しばらくは家の中で育てていたが、一月もすると馬くらいの大きさにまで成長したので、ドラゴン専用の小屋ができた。最初は私と離れることに慣れず、数回小屋を破壊したが、今ではもう落ち着いている。


「さて、ミレ」


 いつも軽い雰囲気のネロは珍しく難しい顔をしていた。

 いつも通り、朝起きてご飯を食べ、家の仕事が一通り終わった頃だった。食事に利用するテーブルには数枚の紙が並べられている。


「どうしたの」


 ネロの向かいの椅子に座ると、彼は一枚の紙を私の方に滑らせた。


「新しい依頼があってね」


 紙にはいくつかの植物の絵が描かれていた。

 どれも茎の細い小さな花の絵だったが、葉の形が微妙に違う。


「これ、知ってる?」

「うん。実物は見たことないけど、有名だから」


 魔法使いであろうとなかろうと、その植物を知る人は多い。

 万能薬とも呼ばれるこの花は、月華げっかと言われ、新月の晩のみ花を閉じる。


「そうだね、魔法使いの薬でこれを材料とするものは多い。けど、実際は使われないことがほとんどだ」

「生息地が少ないし――」

「――入手するには罠に気をつけないといけない」


 月華は生息地は少ないが、群生するので生息地さえ見つけられればある程度の数は確保できる。それが難しいのは、その周りに月華によく似た花が、これもまた群生するからだ。通花とおしばなと呼ばれ、こちらは新月でも咲き続ける。二種の花は混じり合って咲き、新月の晩にのみその見分けがつく。

 見分けがついたところでどうしようもないのは月華の特徴による。月華は夜に摘むとすぐに鮮度を失い、効能が落ちてしまうのだ。更に追い打ちをかけるように、通花は触れただけで死に至るほどの毒が回る。間接的にであっても、触れた延長戦に体があれば毒が回るのだ。もはや呪いなのではないかとも噂されている。

 そんなわけで、月華を手に入れるには新月の夜に月華と通花を見分けて覚えておき、日が出てから通花に触れないように月華を採取する必要がある。


「魔法使いからの依頼じゃないよね?」

「ないよ。魔法使いなら、時間と気力と浮遊の魔法を使う能力があれば、どうにかなる」

「この付近でそんな高価なものを求める人がいるなんて思わなかった」


 私の言葉に、ネロはいっそう表情を引き締めた。


「なに?」

「依頼自体はいつものドクトルさんからなんだけど――」


 ドクトルさんはこの辺りのお医者さんだ。親しみのある初老の男性で、お得意様でもある。


「――どうやら、月華を求めるに至ったのは他国のお偉いさんが絡んでるようなんだ」

「他国のお偉いさん……」

「アイル王国に行きたかったみたいだけど――」

「アイル……」


 どくん、と心臓が大きく鳴る。急に膜で覆われたみたいに視界が不明瞭になる。

 汗がじわりと滲み出たのを、両手の拳を握って無理やり押し込めた。


「何か知ってる?」


 私をしっかりと見たネロの目は探りを入れるというより、心配そうだった。その事実に少しだけ呼吸を取り戻し、両手に入れていた力をゆっくりと抜く。


「旅をして、いくつか国を渡ったから、状況は何となくだけど」

「ああ、特にバビー王国の奴等がうろちょろしてるからね。うちは王国じゃないからって、けっこう好き勝手されてるよ」


 ネロは怒っているようだった。

 この地には九つの王国があるが、それ以外は適度な面積ごとに国があり、魔法機関が管理を行っている。境界線もあいまいな部分が多いし、国とは名がつくものの、結局は魔法機関で一括で管理されているからか、門番なんてかなり緩いところも多い。それなのに、ここ最近は王国ではない国でもバビー王国の位置する東方の国は厳重に通行証を確認される。


「話を戻すと、そのせいで、お偉いさんは引き返さざるをえなくなったんだ」

「その人は知らなかったの?」

「今の状況を?知らなかったんだろうね。なにせ、そのお偉いさんは西出身の魔法使いだから」

「西の魔法使い?!じゃあ、ダン王国の?」

「さあ、そこまではわからないけど。どこの国であっても、西の連中は東に興味がないんだよ」


 西方の国々は魔法が盛んだが、それ以外の地域はそうでもない。北方は物理的な強さを持っている人が多いし、南は土地が豊かだから物資に富み、裕福な人が多い。中でも東は特にこれといった特徴はなく、不思議な植物が偶に発見されるくらいだ。それも魔法では使わないので、「忘れ去られた東」と揶揄されることも多い。


「待って、それじゃあ、その人は何の約束もなくアイル王国に入ろうとしてたってこと?」


 それなりの立場があって、かつ王国を訪ねるのなら、先に連絡をするのが普通だ。


「そうだろうと思うよ。非常識なお偉いさんは不用意でもあったのか、東方の地域病にかかってね。こっちの人間ならただの風邪程度で治るんだが、症状が重く出たんだろう、月華を使った万能薬を用意しろってごねるらしいんだ」

「とんでもない人だね」

「本当だよ。ドクトルさんがかわいそうだ」


 人のいいドクトルさんが困り果てながらネロに相談した場面を用意に想像できる。

 ただでさえ入手の難しい月華を、それも魔法使いの少ない地域で求めるなんて。お偉いさんなら断るのも難しい。


「引き受けはしたんだけど、急な話だし危険もあるから、俺一人でやるか迷ったんだ。ミレが注意点を把握できてるなら、ぜひ手伝って欲しいんだけど」

「もちろん、手伝うよ。ドクトルさんにはお世話になってる」

「そう、ありがとう」


 ネロはやっといつものゆるっとした雰囲気に戻った。


「流石に一人では厳しいだろうから」

「新月は明日だし、今病気なら一回しかチャンスがないもんね」

「そうそう。あ~、本当に嫌になるね。

 今日の内にいろいろ決めておこうか」

「うん」

続きます。

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