魔法使いとドラゴン3
日が沈んだ後のカフェに客はいなかった。当然だ、もう店仕舞いしているのだから。
「ネロ、俺はもう休む。鍵は掛けて帰れよ」
店を掃除していた店主はエプロンを取りながらそう言った。
「ええ、お前が上に行ったらここにいる意味がなくなるじゃないか」
「知るか。変なことすんなよ」
「しないしない」
店主はネロの返事も待たず、エプロンを片手に居住空間のあるであろう二階へと登っていった。
「どうしてわざわざここで話をするの?」
「ん?そりゃ簡単な話さ。俺はあいつと契約してるんだよ」
「契約?」
「ま、座って」
ネロは近くにあった椅子を引いて座った。私はテーブルを挟んで向かいに腰を下ろす。
「そもそも、この店は密会向きなんだよ。普通のカフェだが、普通じゃない。テーブルごとに盗聴防止の魔法がかけられている」
「もうそれは普通のカフェって言えないんじゃない?」
「いや、普通のカフェじゃないと困るのさ。
あいつは正式な魔法使いじゃない。つまり、魔法を使った商売を禁じられている」
ではなぜ魔法がかかっているのか。
「ネロが魔法をかけたんだね」
「そうさ。個人間での契約だけど、そういった目的のない人には普通の雑音しか聞こえないようにしてるから、けっこう貰ってるよ」
ネロはにやりと笑って指でコインのハンドサインをした。
「それも魔法を使った商売じゃないの?」
「魔法を使ってるのは俺。かかってるのは店じゃなくて机。魔法のある店とは宣伝してない。
ばれたらややこしいけど、禁止されてはない」
そんな運用が想定されていないだけじゃないかと思ったけど、黙っておくことにした。
「だからここに君を連れて来たんだ。君も訳アリだろう?」
「さあ?まあ私を探している人はいるけど……」
「よくある家出少女かな?」
「さあね」
二度も濁せばネロも深く聞く気を失くしたのか、視線を外して懐を漁り始めた。
「はい、これ」
ネロは机の上に小さな布袋を置いた。
「これは?」
「今回の報酬。君の分のね」
「ありがとう」
旅をするにもお金はいるので、ありがたくもらっておく。
「それで?君はこれからどうするの?」
「これから?」
ネロは何か言いたげに私のひざ元に視線を落とす。
そこには鞄の中から顔だけを出してすやすやと眠るドラゴンがいた。まだ小さかったので変に目立つのを避けるために鞄に入れて移動したのだ。
「今までは一人だったみたいだけど、その子も一緒なら大変じゃない?」
それは否定できない。こんなことになるなんて全く予想していなかった。ドラゴンについてもある程度の知識はあるけど、赤ちゃんの育て方とかは知らない。
「君は旅の目的がないって言ってたよね」
「自分探し」
「ああ、そうだった、失礼。つまり、特にしなければならないことなんてないんだろう?」
何気ないネロの言葉が心に重く響く。
そう、やらなきゃいけないことなんて、やるべきことなんて、やりたいことなんてない。なくたっていい。生きていけるのなら。
わかっているのに、私は未だにあの人に囚われ過ぎている。
「お嬢さん?」
「何でもない、そうだね」
ネロに同意すると、彼はぱあっと顔を明るくした。
「そうだよね!ならさ、ここに留まって俺と依頼をこなさない?」
「依頼を、こなす?」
「難しく考えなくていい。今日みたいに、俺の手伝いをして欲しいんだ。正式な助手としてね。
なに、ずっとじゃない。その子が育って手がかからなくなるまででもいいし、何か君に他にやるべきことができれば俺は見送るよ」
ここまでふらふら来たけど、別に私は旅をしなきゃいけないわけじゃない。ドラゴンの扱いも、お金の問題も解消されるなら、とてもいい提案だ。
「わかった。ネロを手伝うよ」
「そうこなくっちゃね」
ネロが指をパチン、と鳴らすと違う空間に移動していた。
「うわ」
ふわりと腰が沈むような気がしたのは、私がソファに座ったかららしい。ふかふかのソファは私が足を延ばして寝れそうなほど大きかった。
物は多くないけど、このソファも目の前の机も、家具はシンプルだけど品のあるものだし、何より空間が広かった。いくつかあるランプ(これもおしゃれだ)には火が灯っており、その火の揺らめきがこの家の木の温かみを増長させている。
「ようこそ、我が家へ」
「やっぱりネロの家なんだね」
「そうだよ。独り身にしちゃあいい家だろう?」
ネロは私がきょろきょろしている間にキッチンに立っていた。そこは木ではなく石で作られた部分も多く、立派な竈には既に火がついていて(恐らく魔法でつけたのだろう)、鍋が温められていた。
「元はある人と住む予定だったんだ。それにしても広いけどね」
「ネロはお金持ちだね」
「まあこの辺は正式な魔法使いが少ないから?」
おどけて言っているけど、元からお金持ちなのだと思う。ネロは若い。魔法学校に後輩がいるのなら、卒業してまだそれほど経っていないだろうし、それまでにお金が無きゃこんな立派な家は建てられない。もしかしたら、一緒に住む予定だった人がお金持ちだったのかも知れないけど。
「さ、ご飯にしよう」
「うん」
ソファに鞄から出したドラゴンを寝かせて、キッチンのネロを手伝う。
誰かと卓で食べるご飯は久し振りで、ネロのシチューはとても美味しく感じた。
「食べたら、シャワーを浴びてね」
「シャワーもあるの?」
「そうだよ、西方のダン王国みたいに魔法が使えない人も使えるわけじゃないけど、君なら使えるだろう」
「西の方に行ったことがあるんだね」
「まあ、魔法使いだからねえ」
魔法が盛んな西方とはいえ、魔法使いがみんな行けるわけではない。魔法学校は中央にあるし、特にダン王国は優秀な魔法使いを何人も輩出している。よっぽど優秀でも気の引けるところだし、結局のところお金がないと入れない。
「ああ、お年頃だから気になるだろうけど、寝室は二階にいくつかあるし、内側から鍵もかけられるよ、安心して」
「お年頃……」
「お嬢さん、十六、七でしょ?」
その言葉に少し肩の力が抜ける。
「そう見える?」
「うん?」
「よく、幼く見られるから」
「まあ、幼さは感じるけど、成長進度なんて人それぞれでしょう」
ちょっと馬鹿にされた感じがしないでもないけど、幼く感じてもそう見えるのなら安心だ。
「そんなに気にすることかい?」
「気にするよ。人は見かけで判断するでしょ?」
「まあね」
ネロはお年頃の女の子の発言を深く考える気はないようで、スプーンでシチューをすくう。
ネロとの会話は盛り上がることもなく、かといって気まずくなるわけでもなく、無難に食事の時間を終えることができた。
「おやすみ、お嬢さん、良い夢を」
シャワーを浴びて、ネロにお休みを言い、彼に教えてもらった部屋に入る。
念のために鍵はかけておく。
「あ、カフェの鍵――」
魔法で移動する前にネロが鍵をかけていたのかはわからない。
怒られるのはネロだからいいか。
眠けが襲ってきたので、私は整えられた(これもまた高そうな)ベッドに体を預けて目を閉じた。
*
とある国の城内に、落ち着きなく部屋を歩き回る者がいた。黒く長い髪は、薄暗い城内でも艶やかに輝き、彼が歩くたびにさらりさらりと揺れていた。
「ご報告申し上げます」
定刻に現れた兵士に彼は足を止める。だが、部屋の入口に跪く兵士を振り返ることはしない。何度も聞いたこの言葉の後に、今だ望む言葉が続いたことはない。
「どうぞ」
「は!申し訳ございません、まだ姫君は見つかっておりません」
「はあ、その言葉も聞き飽きましたね」
「申し訳ございません」
「謝罪の言葉は要りません。早くあの子を連れ戻してください。バビー王国もクケット王国も役に立ちません」
「あの、メラン様」
跪いていた地面を見つめていた兵士は、恐る恐る顔を上げる。
「何ですか?」
男は――メランは振り返らない。
「何か、手がかりをいただけないでしょうか」
今まで、メランはその才を以てして国を支えてきた。その力に縋りたくなる。
「今はできません」
「何故ですか?」
メランは答えず、間を置いてから兵士を振り返る。
「知りたいですか?」
彼の金の瞳は、兵士の心臓を凍らせるほど冷たかった。
「い、いいえ、出過ぎた真似をいたしました」
兵士は慌てて下を向き、メランがまた前を向いたのを感じて、
「失礼いたします」
退室した。
「古代の生き残りがまさかこれほどこの地にいたとは思いもしませんでしたよ。
あなたの姿を水晶を通してさえ見られないとは」
一人になったメランはまた部屋の中を歩き回る。
「いや、あの子は必ず戻ってくる。そう決まっているのだから――」
彼の独り言だけが寂しく部屋の中に響いた。
続きます。




