魔法使いとドラゴン2
人の住むエリアを離れ、街の外れまで進むと、そこには大きな崖があった。
「ここに来る人間なんていないんだけどね、この前ドジっ子がホウキで飛行中にドラゴンの卵を落としてしまったらしい。
無事なら届けて欲しいし、もし砕けていても殻は欲しいってさ」
「ネロだけでできないの?」
「できなくはない。卵が割れてたらね」
「つまり割れてないってことね」
おそるおそる下を覗きこむが、あまりにも高すぎて底が見えない。
「ドラゴンの卵はそこまで柔じゃないから。
それにそのドジっ子がほんとにポンコツでね。頼むのが遅すぎてもう孵化してるんだよ」
「ええ!」
それは大変だ。いくら強くて気高いドラゴンといえども、生まれたては弱い。餌も自分で食べられるか怪しい上に、大きな肉食動物には命を狙われる恐れもある。
「かわいそうに」
「で、お嬢さん、君はホウキで飛ぶこと、結界を張ることはできるよね?」
「できるって知ってるみたい」
「知ってるよ、占ったんだから」
にこりと言われてちょっとぞっとする。この人は悪い人ではないはずなのに。
「じゃあ、俺が場所まで案内するから、先にお嬢さんがドラゴンを抱えて上に戻って欲しい。絶対に結界は張るように。ああ、君とドラゴンの周りにね。ドラゴンは俺が薬で眠らせるから」
「ネロは何をするの?」
「殻の回収かな。あとはドラゴンの反撃を恐れて攻撃してこなかった動物が襲いかかってきた時に対処する」
「危険じゃない?」
「まあ、そこは任せなさい」
「わかった。じゃあ、私からも一つお願い」
「何?」
「ドラゴンは眠らせないで欲しい。ドラゴンと私、私自身にそれぞれ結界を張るから」
生まれたてのドラゴンに睡眠の薬はよくない。薬が上手く抜けなければ、麻痺が残ることがある。
「いいよ。お嬢さんは優秀だね」
「別に」
私が優秀なら、こんなところで旅なんかしていない。
「よし、じゃあ行こう。ホウキはこれを使って。お古だけど、悪くはないはずだ」
「ありがとう」
使い込まれた艶のあるホウキに跨り、私はネロの後に続いて崖の下に向かった。
春の日差しも届かないくらい深く降りたところにドラゴンはいた。日光ではなく地の養分を吸って伸びる魔木、その枝が作った揺りかごのような空間の中だった。落ちた時は枝がしなってクッションになったおかげで卵が割れず、そのまま時が経ち孵化したんだろう。それでもこの寒い環境では生きていくのは厳しい。ドラゴンは普通のサイズより小さく、弱っているようだった。
「落ちたのが一月前。孵化してまだ七日も経ってないはずだよ」
「温かくないけど、魔木がエネルギーを伝えたせいで孵ったんだね」
「物知りなお嬢さん、いけるかい?」
ネロの問いに頷いて答え、ドラゴンに向かう。
「おいで」
ぐったりとしているドラゴンを抱き上げると、まだ目の開かないドラゴンは嫌がるように体を捩った。それでも力が入らないようで、その抵抗はほどなくしてなくなった。
これなら結界を張る必要もない。自分とドラゴンの周りにだけ結界を張って上に向かおうとホウキの角度を上げた時。
「危ない!!」
突然視界が塞がれる。
「雑食コウモリだ!」
草でも虫でも鳥でも獣でも。人間でも食べてしまう雑食コウモリに囲まれていた。臆病で獲物が死ぬまでは襲い掛かって来ないが、数が多ければ、生きている捕食できそうな獲物を襲いに来る。
ドラゴンを運んでいることで私が対処できないだろうと見て、襲い掛かってきたのだろう。一匹一匹は大したことないが、この数だと、結界の補修が間に合わず破れてしまうかもしれない。
「《散れ!》」
私の周りにネロの魔法が飛び込んできて、雑食コウモリは悲鳴を上げてぱらぱらと逃げていく。
「腹が減って強気なんだな。お嬢さん!作戦変更だ!そのまま上に行って!俺が数を減らすから、諦めずに結界を保つんだ!」
返事もできないまま、強くホウキを握りしめて上へ上へと進む。視界が晴れたり塞がれたりを繰り返してようやく崖の上に辿り着いた。
無我夢中で気づかなかったが、もう雑食コウモリはどこにもいない。
「はあ、やっと追いついた。
よくやったね、お嬢さん」
ホウキに跨ったまま放心していると、息を切らしたネロが崖の上に現れて、にこりと笑った。彼はところどころローブがほつれている。
「あの、ありがとう。本当は、殻を回収しなきゃいけなかったのに」
ネロは一度金色の瞳を丸くしてから、優しく目を細めた。
「もともと、俺が襲ってくるやつらを倒す役割だったでしょ。
それに、命の方が大事だよ」
その言葉がじんわりと胸に染みる。
「ありがとう」
「だからいいって。当然のことだし」
「お礼に、受け取って欲しい」
私はホウキをそっと地面に置いて、ドラゴンを抱きかかえたまま、崖の端に立つ。
「お嬢さん?」
「《浮け》」
対象はドラゴンの卵の殻。腕の中のこの子とつながりがあるもの。
しばらくすると、卵の殻が崖下から現れる。集まったそれは、私が手を動かすことで、崖の上の比較的安全な場所に移動した。
「今の、何?」
「浮遊の魔法」
「知ってるけど、そんな視覚外の、それも複数の物体を浮かすことができるなんて」
ネロは私と卵の殻を交互に見る。
「あ」
もぞり、と腕の中で動きを感じた。見ると、真ん丸な青い瞳が私を見上げていた。ドラゴンの赤ちゃんの目が開くようになったのだ。
「起きたの、おはよう」
「え、ドラゴン目開いたの?というか、俺の驚きは置いてけぼり?」
明るい所に連れ出してわかった。ドラゴンは白い身体に青の瞳をしていた。火を噴くのではなく、水や氷に親しみがある種族だろう。
と、パカリとドラゴンが口を開く。
「え――い、いたたたた!!痛い!血!血出てる!吸ってる!吸血鬼!!」
勢いよく首元に噛みつかれ、あろうことか出血箇所を舐められたり吸われたりする。
「ああ、ああ、落ち着いて。
お腹が空いてたんだろう。母乳は血液からできるっていうし」
「なんでそんなこと知ってるの?!えっち!」
「えっち?!酪農家に教えてもらっただけだよ!」
「うう、全然離れない」
嬉しそうに喉を鳴らす音が間近で聞こえるのもかなり恐怖である。
優しく引っ張っても、ドラゴンは離れようとしない。
「最初に目に映った君のことを母親だと勘違いしてるんだろう。
あーあ、でもこれはもう依頼主には渡せないな」
「どうして――いたた」
「ドラゴンに力を借りるには契約をするだろう?もしくは気に入ってもらうか。でもそれは一時的なもので、両者の間に縛りはない、というかドラゴンを縛れないんだよね、人間は。
でも完全にドラゴンを使役する方法もあって、それが血を飲ませること。たいていは嫌がるから、力づくとか何年も時間をかけて関係をつくるんだけど、君が今しちゃってるね」
「嬉しそうに飲んでる」
「そうだね。
血の契約のあるドラゴンは基本的に他者と契約しないから、その子はもう君のドラゴンだよ」
ネロの言葉が終わると同時に、ドラゴンは満足したのか私の首から離れ、けぷっと可愛らしいげっぷをした。
「どうしよう、ネロの任務……」
青ざめる私をよそに、ドラゴンは勝手に私の首に巻き付いて眠りについた。本当に赤ちゃんだな。
「いい、いい。
こんなにきっちりと卵の殻が集まれば十分さ」
ネロは卵の殻を集めてにやり、と笑った。
*
「本当に、ほんっとうにありがとうございます!」
「全部集めるの大変だったんだからね。貴重な素材を落とす子なんて卒業できるのかな?」
「はうっ!ネロさんのおかげで何とかなりそうです。お代は上乗せします!」
「わかってるじゃあないか」
ネロが平気な理由がよくわかった。
「あの、いいんですか?本当にこの子をもらっちゃって」
「大丈夫です!元々特殊な場所で見つけた卵なんです。殻を調べれば研究になりますし、うちでは育てる施設もありませんから。何のドラゴンかお伝えできないのは忍びないですが……」
「いえ、そんな……」
依頼主というのは、ネロの魔法学校の後輩だったそうで、色々とゆるくことが進んだ。
「では、こちら成功報酬です」
「いただくね」
「はい。また何かあればよろしくお願いします」
報酬をもらった後は、特に手続きもなく、ネロと私――とドラゴンは元のカフェに引き返すことになった。
続きます。




