逃亡4
精霊を追ってもう少しでアイルを出られるというところで、私とアルケミラは立ち止まらざるを得なくなった。
「ホウキの使用許可はまだのはずだよ、エリン殿下」
目の前に現れたディルフによって、私達のホウキが破壊されてしまったからだ。
森に入ったために低い所を飛行していたので、幸いにも大きな怪我はしなかったが、機動力を削がれてしまった。移動する魔法を使うこともできるけど、ディルフの後ろにはダン王国の兵が控えている。魔法に優れた集団を相手に上手く魔法を使えるだろうか。
「そのまま動かないで。殺されたくはないでしょう?」
ディルフの視線の先を追うと、ワーシアがいた。同じく、国の兵士を後ろに従えている。
中央からすぐにはアイルに来ないだろうとブランは言っていた。それは単に王族が簡単には動けないということもあるが、ダンとイニアが中央から離れているからでもある。王子が動くとなれば護衛は必須だ。
これほど早く私を追いかけてこれたのは、既にこのような事態を想定していたからだろう。
私が精霊王を召喚した後に、夏期休暇があった。ディルフとワーシアも一度国に帰っている。シラードがその間に準備を進めていたように、ダンとイニアも王子から共有された情報を元に、ある程度私を警戒してもしものために備えていたのだろう。
「エリン、大人しく僕について来て。君がダンの管理下にあるのであれば、イニアも手出しはしないから」
ディルフの声は優しかったが、私に向ける目にかつての友情はない。
「この、ことは、アイル王代も知っているのですか?」
「王代?それが今何の関係があるの?
エイオスはこの地を破滅に導く。これは最早アイルの問題ではない」
そう言いながら、この場にいるのは私を始末したいイニアと利用したいダンだけだ。この地の問題なら、国際機関のある中央に応援を要請すべきだ。
結局は、ダンが私を利用したいだけ。
シラードの出した案は悪くはない。私は王にならず、バビーかクケットに嫁ぎ、その身を拘束される。具体的には言われなかったが、私の力だけ使うのであればどこかに幽閉されるはずだ。
王にはならず、自由もない。そうなれば納得する国も多いだろう。
だからこそ、ディルフはアイルにも確認を取らず、中央も巻き込まずここにいる。そうなってしまえば、ダンで私の力を利用することは出来ないから。
先に私の身を拘束すれば、軽んじられているアイルは私を取り返すことは出来ない。既に捕えているならば、魔法に長けたダンに預けるのが良いという流れもできるだろう。
(こんなこと、理解したくないのに……)
かつて共に過ごした学友は、私を利用しようと、あるいは殺そうとしている。
「エリン……」
か細いアルケミラの声が聞こえる。
(アルケミラはどうなるんだろう)
私に関わっていたから何かしらの罰を受けるんだろうか?詳しく取り調べられて、ドラゴンであるとわかってしまったら?私のように利用されることになるの?
そんなことはさせない。アルケミラだけでも逃がさなければ。
よくは知らない森だけど、耳をすませば水の音が聞こえる。激しい音は川ではない。どこかに崖があって滝でも流れているのだろう。
「アルケミラをお願いね」
私は困ったように周りをくるくると飛んでいた精霊に頼んだ。
「エリン?」
「アルケミラ、逃げて!――《扉を繋げ、送り届けろ》」
私とアルケミラをそれぞれ別の場所へと飛ばす。私はディルフ達の後ろへ、アルケミラはディルフ達とは逆の方向へ。
二人同時に別方向に移動させたため、大した距離は出せなかった。それでも本来使うだろう移動の魔法ではなく転送魔法を使用したことで、敵の虚をつけた。
「追うのはエリンだけでいい!絶対に逃がすな!」
アルケミラは彼らから見ればただの一学生だ。当然、私の方に敵は集まる。
ホウキを使えない中、足をできる限り動かして、水音のする方へ向かう。
「止まれ、エリン・アイル!」
声は直ぐに近づいてきて、あと一歩で滝に辿りつくところで、ワーシアが私の行く手を塞いだ。
「あの場から動いたんだ、当然殺される覚悟はあるな」
ワーシアの瞳は炎のように赤かった。
突き出されている剣は彼の髪と同じように銀色に光っている。ただの剣ではなく、何か魔法がかけられているのだろう。
迷いなく突き出されたそれに、本当に私を殺そうとしているのだと思い知る。
この状況への悲しみや、ショックは感じなかった。ただ諦めのような倦怠感が襲ってくる。
「馬鹿!本当に殺す気なのか?!」
焦ったようなディルフの声が聞こえた後、ワーシアの剣先が揺れる。魔法で逸らされたのだろう。
彼自身の意識もディルフに向いたところで、私は再度滝を目指した。
「待て!」
ワーシアは直ぐに私の後を追いかけて来る。
「ワーシア!やめろ!その先は滝だ!」
ワーシアには滝の音が聞こえていなかったのか、ディルフに言われて初めて、自分がどこに向かっているのか気づいたようだった。
キン、と何かがはじける音がした。
「エリン!!」
滝は目の前だった。私はもうあとは飛び込むだけだったのに、少しだけ懐かしい声色が聞こえたから、後ろを振り返ってしまった。
すぐ後ろに迫っていたワーシアは体勢を崩していて、彼の手に剣はなかった。その後ろに顔を引きつらせたディルフがいた。
そして、ワーシアの剣は私の胸に刺さっていた。
ディルフの魔法に弾かれたのか、勢いのついていた剣に押されるようにして、私は背中から滝へと堕ちた。
最後に見えたワーシアは、ようやく目的を達成できたというのに酷い顔をしていた。
(あんなに私を殺そうとしていたのに)
痛みはもう感じなかった。
本当は逃げるために滝に飛び込もうと思っていた。下手をすれば死ぬかもしれないが、殺されるよりましだから。
流れの激しい川に繋がっているから、浮遊の魔法で私を引き上げようにも、私の姿は捉えにくく難しい。重装備だからあのまま私を追って滝に飛び込むこともないはずだ。
だけど私の体には深く剣が突き刺さっている。
(もうどうにもできないな。ごめんね、みんな……)
何とか逃げ切って、ブランとバイスに会いたかったけど、それはもう叶わなさそうだ。
せめてアルケミラだけでも逃げ切ってくれるといいけど。
まだ意識は残っているけど、何とかしようという気にはなれなかった。だって、私には破滅の運命が刻まれているから。私は生きていない方がいいから。利用されるしか価値がないから。
――王族としての何の役目も与えられずに、鳥籠の中でただ過ごしてきただけの姫君に、何か目的でもあるのですか?
――あなたに何ができるというのです?
――私がいなければ、あなたは何もできない。
全部、全部師匠の言う通りだったのかもしれない。
何の目的もなくても生きていけると思っていた。ただ生きていればそれでいいと思っていた。
だけど結局はただ生きることするらできない。師匠の言うとおりにしていれば、こんなことにならずに生きていくことだけはできたのだろうか。
ぼんやりとそんなことを思いながら、私は水の流れに身を任せるように目を閉じた。
第2部これにて終了です。第3部で完結予定ですが、1部2部に比べて少し長くなるかと思います。
続きます。




