逃亡3
遠慮なく私の部屋に押し入った者達は、すぐに飛びかかっては来ず、部屋の扉を塞ぐように広がった。
「シラード、兄様」
「エリン、今私は王代としてここにいる。アイルを守るためにな」
――お前は、呪われた子だ。王になるべきではない。
――お前は王になってはいけないのだから!
――お前がアイルに破滅をもたらす!
昨年の丘の女神の祭りの後、シラードはそう言っていた。シラードは全て知っていたのだ。調べものをしていたのは、それについて。
「魔法学校が休暇に入ってすぐ、お前が精霊王を召喚したと報告を受けた。
そこからエイオスと呼ばれるものについてバビーとクケットと三国で共有し、準備を進めてきた。
エリン、大人しくしていろ。お前は王になることはできない。だがその力を活用することはできるはずだ。お前が王にならぬと知れば、西の連中も剣を納めるだろう」
この前の休暇ではシラードと全く顔を合わせなかった。バビーとクケットと私についての話し合いをしていたからだったのか。
それと同時にわかった。デラートが魔法学校の食堂で、私が精霊術も使えることをディルフとワーシアに告げたのは、彼らの計画の内だったのだと。
私がエイオスと同じ存在とわかれば、魔法学校は、他の国は私を排除しにかかるだろう。行き場を失えば私はアイルに戻るほかない。そして、生きていくためにはシラードの提案を受けるしかない。
シラードは私を王にはしたくない、バビーとクケットは私の力を利用したい。彼が王代である内に私の方針を決めれば、立場上私はそれを無視できない。
きっと悪くはない提案なのだろう。王になることはなく、どちらかに嫁いでその身を縛られるのであれば、エイオスを恐れる人もひとまずは安心するだろう。少なくとも命は狙われない。既に王国に嫁いだ者に接触することは難しいから、私を利用したい人も遠ざけることはできるだろう。
(でも、それって――)
「何を悩む必要がある?最初から決まっていたことだろう?元通りに戻るだけだ」
(元の道具扱いと同じだ)
結局、こうなるのか。最初から決まっていたこと、決められていたこと、そういう――運命。
「アイルのためを思うなら、迷いなどないはずだ。
危険な存在としてアイルの国民を脅かしたいのか?」
シラードがアイル国内でどこまで話を広げているのかはわからない。今彼の後ろに控えているのは、彼が王城に復帰して戻ってきた者達だけだ。けれど、この話を知ってオリバーは、私を支持してくれていた人達はどう思うだろうか。変わらずに支えてはくれないだろう。シラードの話にも納得するはずだ。
私だってこのままアイルに残り続けて国を脅かしたくはない。でも、また道具として存在し続けるなんて、それを自覚しながら生きていくなんて、耐えられない。
バビーかクケットに嫁いだところで、私はこの力を使う以外に必要とはされない。他国を説得するには、私は普通の暮らしを諦める必要があることだってあり得る。
(今すぐここからいなくなりたい)
歪みだした視界に、ブランが映った。
「行きますよ!」
ブランは私の手を取った。後ろにはアリウムにもらった荷物を抱えたアルケミラがくっついている。
「愚かな人間どもの元にいるくらいなら、ディアナの元に行く方がましです」
ブランは最後にシラードに向かってそう言った。
シラードの驚愕と怒りに染まった顔は、すぐに目の前から消えた。
気づけば森の中にいた。
「大がかりな術を使ったのは久し振りです」
ブランが精霊術を使って城から逃げてくれたのだ。なぜここに来たのかはすぐにわかった。
「ブラン?どうしてここに?それにエリンとアルケミラまで……まだ休暇の時期じゃないよな?」
バイスがいたからだ。動きやすい服装で、手には模擬剣を握っている。森の中で訓練中だったのだろう。
「手短に説明しますが――」
ブランがバイスに話している声が遠くなる。
結局こうなるんだ。利用され、閉じ込められる。逃れられないさだめに絶望する。
そして何より、また逃げてしまった自分自身に。
留まっていられなくて、逃げた。前と同じ、繰り返している。
師匠の手から国を取り戻して、それで満足してしまっていた。何の目標もないまま、生きていた。だからこんな窮地に、決断が大事な時に、どう動けばいいのか、どうしたいのかわからない。
「――というわけで、一度身を隠します。流石にもう一度この人数を転移はできませんので、二手に別れます。
バイスと私は彼の妹を迎えに行ってから、向かいます。アルケミラとエリンは先に私の家へ。いくつも術を重ねてありますから、あなた達以外には辿りつけないようになっています」
アルケミラが頷いたのを気配で感じる。
「エリン?」
ブランの言葉は聞こえている。けれどそのまま通り抜けていく。何も理解できない。考えるということが難しい。
「エリン、お聞きなさい」
ブランは私の両頬に手を当てて、私の顔を持ち上げる。
「今は何も考えず、ただ逃げることだけに徹するのです。
思考など追手から逃げた後でもできます。けれどあなたが捕まってしまえば、そこで終わりです。あなたには何の自由も残りません。
エリン、お願いです。どうか逃げ切ってください。
私とあなたでは時間の進みが違います。いずれ別れが来ることは覚悟しています。ですが、こんな形であなたといられなくなるなんて……私は嫌ですよ」
ブランの青い瞳は揺れていた。普段は落ち着いているブランが、今日は随分と感情を波立たせている。
「エリン、俺からもお願いだ。エリンが追われる理由はわかった。だが納得は出来ない。
エイオスっていうやつが、何だっていうんだ。エリンはエリンだ。俺にとっては他に代えのない、大事な友人だ。
だから逃げ切ってくれ」
バイスにも言われて、ひとまず逃げなければという気持ちが湧いてくる。
「うん。ありがとう、二人とも。ブランの家で会おうね」
「ええ」
「ああ、また後で」
私はアルケミラが差し出してくれたホウキを手に取った。
「精霊が道案内をしてくれます。二人とも、お気をつけて」
目の前に小さな光が現れる。これが精霊。
私とアルケミラはホウキに跨って、急かすように飛び回る光を追った。
続きます。




