逃亡2
向かった先はアイルで、アルケミラは迷うことなく城の二階――私の部屋へと降り立つ。
アルケミラが魔法で隠してくれたのか、城の者に騒がれることもなかった。
「エリン、座って」
促されるままに椅子に座ったところで目の前にブランが現れた。
「急にアイルに帰ってくるとは、何かありましたか」
休暇が明けて一月ほどしか経っていないのに、ブランに会えたことがどうしようもなく嬉しくて、私はブランに縋りついた。
彼は驚きながらも私を宥めて話を聞いてくれた。
「あなたが精霊術も使えると露見し、それで疎まれるようになったと……。
エイオスという存在と同じと言われているが、それの意味するところをあなたは理解できていない、ですか」
ブランは一度ちらりと窓の外を見てから、私を再び椅子に座らせた。
「中央からすぐにアイルには来ないでしょうから、私が知ることをお伝えします。
あなたの考え通り、エイオスは魔法も精霊術も使える存在です。けれどそのこと自体に悪い意味はありません。むしろ今では希少な存在ですから、重宝されるでしょう。
ただしあなたは精霊王と人の形をした魔物――フォムルを呼び出した。魔法も精霊術も使える、というところを超えて、エイオスと同じ存在であることの証明にもなっているのです」
「エイオスって何なの?」
「エイオスはかつて、人間とディアナの戦いの前にこの地にいたものの名です。
人間が来る前、この地にはディアナとフォムルがいました。そして一時期、両者は共に暮らしていたのです。
ディアナの族長が王となっていましたが、ある時、フォムルとディアナの子が王となりました。それがエイオスです」
「エイオスは魔法も精霊術も使える?」
「ええ。今は人が魔法を使っていますが、かつてはフォムルが魔法を、ディアナが精霊術を用いていました。その両方を親に持つエイオスはどちらも使用することができたのです」
フォムルは魔物でもある。魔力が高いのも、独自の魔法を持つのも、フォムルが元々魔法を使っていたのなら納得がいく。
「しかし王となったエイオスは酷い圧政を敷きました。欲望のままに権力を使い、ディアナに重い税を課すなど、やりたい放題です。
以来、ディアナとフォムルの子はこの地を破滅に導くのだと、恐れ疎まれてきました」
――お前には破滅の運命が刻まれている。
ブローラの声が頭の中で蘇る。
「でも、私は人間で、エイオスとは関係ないよ」
「いいえ、エリン」
ブランは憐れむように眉を歪める。
「あなたはフォムルとディアナによって生まれた存在です。
人間でありフォムルでもディアナでもありませんが、この地には精霊が残っていて、フォムルとの繋がりも完全には断たれていません。あなたは二つの力が丁度交わるところで命を授かって、両者の力をその身に受けて生まれて来たのです。
ですから精霊王を呼び出すこともフォムルを呼び出すこともできる。通常の人間は持ちえない力を持っていることの証なのです」
ブランは悲しそうにしているものの、取り乱した様子はない。
「ブランは、知ってたの?」
「はい。私はディアナと人間のハーフですが、人間とそうでないもの――特に同族の気配には気づけるのです。
あなたは自身について何も知っていないようでした。精霊達にも気づいていませんでしたからね。ただ、姿魔法も使っているとなれば何か事情があるのだろうと思っていました」
「じゃあ、私がエイオスと同じ存在と知って、今までずっと一緒にいてくれたの?」
ブランは私の手を取って真っ直ぐに目を見つめた。
「エリン、あなたが私に楽しさを思い出させてくれました。エイオスと同じ存在かどうか関係ありません。私はただあなたと同じ時を過ごしたいのです」
「ブラン、ありがとう」
私を私として見てくれる人。そんな人が傍にいてくれることがどうしようもなく嬉しい。
「師匠もこのことを知ってたんだよね」
――王族としてアイルに残るのはこの子のためになりません。
――身を隠して静かに生きていくのがこの子のためだと思いませんか?
――ディアナとのハーフのあなたなら、おわかりでしょう。
師匠はそう言っていた。
「そうでしょうね。だからあなたを閉じ込めようとした。王位から遠ざけようとした。そう思います。
エイオスの二の舞とならぬよう、ディアナの中にはあなたをこの地から引き離したいものも多いでしょう。あなたを憐れに思うディアナもいたから、精霊達もあなたを隠してくれたのでしょうけど。
ディアナは光ある所に現れますから、あなたを連れていかれないようにするためには、あなたの自由を奪わなければなりません」
――攫われないように光の届かない場所に閉じ込めないといけませんね。
師匠のあの言葉は、ディアナに攫われないようにという意味だったんだ。
「それに、ただの普通の人間ではなく、あなたは王族として生まれてしまった。
エイオスは王となり暴政を敷いたことでその悪名を残しています。あなたが正式に王となると――エイオスを知る者が何を思うかはわかりますね?」
師匠は私に王族の自覚があることを喜ばしいといいながら、私が王族としてアイルに残ることを喜んではいなかった。何故ならエイオスと同じになってしまうから。
「でも、どうして師匠は何も教えてくれなかったの?」
「……私はエリンの師匠のことをよくは知りませんが、大事にしている弟子に、破滅の運命を背負って生まれて来たのだと言うのは難しいと思いますよ。それも王族として生まれて来た子どもに」
破滅をもたらす存在と認識されていると、王となることを諦めろと言われたら……その時点で両親の思うように道具として生きていくことを受け入れてしまったかもしれない。
「それだけではなく、エイオスと同じ存在となれば、まだ何もしていなくても人間が排除しようとすることも伝えなければなりません。世界に拒絶された存在として生きて行かなくてはならないなんて、幼子には言えないでしょう。
特にエリンは女性ですから、丘の女神のブローチ探しに利用したいと思う者もいます」
「丘の女神の?」
丘の女神が求めるブローチを見つけた者は、女神と契約を交わして王になることができる。
ネロは難易度の高い女神との約束よりも、ディアナの四宝を目指す人の方が多いと言っていた。そちらではないということが気になった。
「ディアナの言い伝えは人間にも一部残っています。ですからエイオスについて知っている人間もいました。東は魔法の発展がなく、比較的歴史を学ぶ文化もないために、こちらではほとんど知る者はいないでしょうが、魔法が盛んで研究も進んでいる西に近い国はある程度の人間が把握しているでしょう。
そして研究が進んでいるとはいえ、過去についての事象を扱うのですから、事実ではない推測が出回ることもあります。
ディアナの四宝を手に入れれば地の王になれる、というのは人間の決めごとですが、それも元は王の石の研究で生まれた推測を元としたものです。以前この話を聞いて少し調べたのですが、丘の女神のブローチについても、一つの推測あるいは仮説が真実のように信じられていたのです。
丘の女神はその名の通り女性です。この地で人間とディアナが暮らしていた頃は、女神との婚姻によって地の権利を得る習慣もありました。そこから、女神のブローチを見つけても、女神と婚姻関係を結べない女性は中央の王になることはできない、といった話が出たようです」
だから私の力を使ってブローチを見つけさせ、王となる権利は手に入れようと目論む人がいるということだろう。エイオスと同じ存在である私は、そもそも王になることを望まれてもいない。
「当然、地の王となるべく、あなたの力を利用したい者もいるでしょう。精霊術を使えるのであればディアナの四宝を見つけやすいでしょうから。
生まれた時から王になることを望まれず、それどころか人間に疎まれ利用される運命であると、どうして幼い王女に言うことができましょうか」
ブランの声には熱がこもっていた。きっと彼は、そんな私を憐れんで、周囲に憤ってくれている。
それとは逆に、私は自分の中から全ての熱が消えていくのを感じていた。
(生まれた時から、決まっていたこと。私は王になれない。存在を疎まれて、せいぜい利用されるだけ……)
悲しいとも悔しいとも思えなかった。ただただ大きな何かに飲み込まれる感覚だけがある。
「エリン、つらいでしょうが、あなたの身になにが起こったか、わかったでしょう。ひとまず身を隠さなければ」
きっとブランも、こんな事態にならなければ何も教えるつもりはなかったんだろう。
「バイスとも合流して、どこかへ逃げないと――」
「――いったいどこへ逃げようと言うんだ?」
急に部屋の扉が開かれて、シラードと、武装した兵士たちが入ってきた。
続きます。




