逃亡1
私が精霊術も使えることが露見した後は、誰も私に近寄らなかった。
だが、数週間すると今度はやけに親しくなろうとする者が出始めた。
「ディルフ殿下もワーシア殿下も酷いですね。あれほど仲良くされていたのに」
「エリン殿下、アルケミラとお二人では寂しくないですか?」
なぜ私と仲良くしたいのかわからない。それで毎回断るのだが、中にはしつこく付きまとう者もいて困った。
「面倒なことを企むやつらがいるなら、僕たちがいるよ」
「監視も必要だからな」
あまりにも酷かったのか、距離を置いていたディルフとワーシアが一緒にいてくれるようになった。
それでも一緒にいるだけで何かを話すわけでもない。それが余計に心苦しかった。
二人がいるならばアルケミラとも話しにくく、頭の中で考え事が埋め尽くされる。
魔法と精霊術が使えることは珍しいけど悪いことではない。両親はそのことを喜んでいたし、師匠だって何も言わなかったからそう思っていた。けれど師匠は、私に精霊術も教えても、それを両親に告げるつもりはないようだった。私の力を利用するからだと思っていたけど、もしかすると他に知られると良いことではなかったのかもしれない。
――お前は、呪われた子だ。
シラードも何か知っていたのだろうか。調べものをして執務室や図書室に籠っていると、オリバーは言っていた。
もしかしてネロも、それを知ったから、何も言わずに姿を消してしまったのだろうか。
「エリン!!」
アルケミラの声に意識が現実へと呼び戻される。
私の体は傾いていた。
「あれ?」
たしか授業のために移動中で、今は建物の外についている階段を下っているところだった。だが私の体の近くに階段は見当たらない。
視界の端に手を突き出している学生と、その学生に詰め寄るディルフとワーシア、私に手を伸ばすアルケミラが映っていた。
(私、突き飛ばされたの?)
私の体は階段から外れ、宙に投げ出されていた。幸いにも私の落下地点には誰もいなかったが、地面との距離は遠い。どうにか体を丸めようとした時、誰かが私を支えてくれた。
「よくも、俺の子を……」
子の声には聞き覚えがある。そして私の腰に回された手の冷たさにも。
「ブローラ……」
私が以前呼び出した魔物、ブローラが私を受け止めてくれていた。
「人間風情がいい度胸だな」
ブローラが鋭く睨みつけると、その視線の先にいた私を押したであろう学生が苦しみだす。
周りにいた学生は息を吸い込むような悲鳴を上げた。
ディルフとワーシアは学生からブローラに視線を移し、二人とも顔を真っ青にした。他の学生も怯えたような顔になり、異様な雰囲気に包まれる。
ブローラだけが面白がるように冷たい笑みを浮かべていた。
「あなたがしているのなら、やめてください」
私を押したであろう学生は不自然に上を向いており、体が痙攣していた。
(このままでは死んでしまう!)
「あのまま息の根を止めてしまいたいが……エリンが言うならそうしよう」
ブローラが視線を外すと、学生はばたりと倒れ込んだようだった。彼は私を地面に立たせると、以前のように姿を消した。
緊張が解けて、真っ先に階段の上を見ると、段差で頭をぶつけないようにワーシアが倒れた学生の頭を支えているのが見えたが、突如彼の姿が消える。
「エリン・アイル、俺は言ったはずだ。怪しい動きをすれば殺すと」
消えたはずのワーシアは私の目の前にいた。そして私の目の前には剣の切っ先があった。ワーシアが私に剣を向けていた。
「ワーシア、私は――」
弁解の余地もなく、ワーシアは剣を振り上げた。
「おやめください!」
振り下ろされた剣は私に当たることはなく、何かに弾かれ、ワーシアの手を離れる。
「アリウム殿下、これはどういうことです」
アリウムが私の前に結界を張ってくれたようだった。
「ワーシア殿下、落ち着いてください。この中央で、あなたが勝手に動くことはできないはずですよ。
それにあなたがアイルの王女に手を出したとなれば、アイルもイニアも国として動かなければなりません。一度先生に指示を仰いだ方がよいでしょう」
アリウムはそう言うと、私の手を取った。
「エリンさん、あなたは私に着いてきてください」
私は言われるがまま、手を引かれるがままにアリウムの後に続いた。
途中でアルケミラが追いついて、私とアルケミラはアリウムの部屋に来ていた。
授業はどうなるのか、という場違いな考えが浮かんで消えていった。
「エリンさん、大丈夫ですか?
私は偶然通りがかっただけで、事態を全て見ていたわけではありませんが、あなたが人の形をした魔物と一緒にいるところを見ました」
アリウムは忙しなく部屋の中を動き回りながら私に話しかけてくれる。
「エリンさんの噂も聞いています。
けれど誰もあなたに詳しくは説明してくれなかったでしょう。
その中で友人に剣を向けられてきっと混乱しているでしょうね」
ちらりと向けられた目に憐憫が宿っていた。
「あなたがどんな思いで過ごしているか、私には想像できていました。それなのに何の力にもなってあげられなくてごめんなさい」
アリウムは王女だ。同じ王族であるディルフとワーシアの態度を見れば、私に話しかけることさえ躊躇われるはずだ。
「ワーシア殿下にはああ言いましたが、冷静に考えた結果、彼はあなたを手にかけようとするでしょう。学校側ももしかすると賛同するかもしれません。
エリンさん、今すぐここからお逃げなさい」
アリウムの手には荷物の詰まった鞄と、二本のホウキがあった。
「あなたに何も説明してあげられなくてごめんなさい。あなたを守ってあげられなくてごめんなさい。
けれど私は、あなたに生きていて欲しいの」
アリウムは私に荷物とホウキを渡すと一度だけ私の手を力強く握った。
彼女の緑色の瞳は私だけを移していた。瞳は潤んで揺れていた。申し訳なさと心配が混じった、私を想う瞳に、自然と涙が溢れる。
何も理解できない、何がどうなっているのか。それでも彼女だけは私のことを想ってくれている。恐怖や憎悪の感情など一切なく。
「アルケミラさん、エリンさんをお願いね」
「わかった」
アルケミラは頷くと、私の手からホウキを一本取り、アリウムが開いた窓まで私を連れていく。
そして私をホウキに跨らせると、アリウムのくれた鞄を持ち、自身もホウキに跨って、私の手と手をつないで窓から飛び出した。
かろうじてホウキでの飛行だけは自分でできたが、私はアルケミラに支えられながら、魔法学園を後にした。
続きます。




