告発
ブローラの言葉に悩みながらも、ディルフとワーシアとは変わりなく関係を続けられた。夏期の休暇に入る頃には不安も遠くなっていた。
休暇の時はシラードとは鉢合わせもせず、ブランも丘の女神の祭りを前年通り楽しんでいた。悪くない休みだったが、休暇明けの私の気分はまた落ちていた。
「エリン、大丈夫?体調が悪いなら休んだ方がいいよ」
「ありがとうアルケミラ、大丈夫だから」
体調は問題ない。ただ前日に夢を見たのだ。
*
どこまでも見晴らしのいい丘だった。地面は草で覆われ、小さな花が彩を加えている。吹き抜ける風は心地よく、日差しは穏やかで、そのまま眠ってしまいたいと思える場所だった。
「エリン」
美しい声に呼ばれて振り返ると、そこには声の通りに美しい人がいた。
金の柔らかな髪を風に遊ばせながら、ゆっくりと私に近づいてくる。長い睫毛に囲われた青い瞳は澄んでいて、思わず吸い込まれそうになる。
「エリン、あなたが誕生した時から私達はあなたを見守ってきました。
すぐにこちらに連れて来るべきだと言う者もいましたが、人間であるあなたを生まれた地から引き離すべきではないという者もいました。だから今、あなたはそこにいるのです」
すぐ前まで来るとその人は立ち止まり、私に視線を合わせるように膝を曲げる。
「ですが、あなたはフォムルと通じてしまった。それもあの邪眼のブローラです。
エリン、やはり私はあなたを勝手にこちらに連れて来ることは良くないことと思っています。ですからあなた自身の意志でこちらにおいでなさい。あなたのその忌まわしき力を封じることもできるのです。
できればあの子を助けて欲しかったですが、再び混沌を呼び込むことはできません。決心したら精霊王に約束の地に向かう、とお告げなさい。すぐに迎えに行きます」
美しい人は私の頭を撫でると立ち上がり、来た道を戻り始める。
「ああ、それと」
くるりと上体だけ翻すと、私の目をじっと見る。
「フォムルの言葉には耳を傾けないことです。あの者達に関わればろくなことがありませんから」
*
そこで目が覚めた。
夢にしてはやけに鮮明だった。それに”約束の地”という言葉は、昨年の丘の女神の祭りの時にも聞いた気がする。
――褒美を持って約束の地へとお行きなさい
――忌まわしき力を封じて自由におなり
いつの間にか記憶の片隅においやられていたけれど、あの歌を歌っていたのは、夢に出てきた人達と関わりがあるのだろうか。
忌まわしき力を封じる、約束の地。この言葉の意味するところは何なのか。
ただの夢で片付けたいのに、そうするとダメな気がしてずっと考えてしまう。
「エリン、ご飯食べたら元気になるよ」
「そうだね、ありがとう、アルケミラ」
集中できなかったからか、授業時間内に課題を終わらせられなかった。アルケミラは午前最終の授業後はあっという間に食堂に消えてしまうけど、今日は私に付き合ってくれた。気まで遣わせてしまうのも申し訳ない。
なるべく楽しいことを考えながら食堂に向かうと、先に席を確保してくれていたディルフとワーシアの姿が見える。
「ディルフ――」
声をかけようとしたところで、
「それは本当なのか?!」
ディルフが大きな声を出して立ち上がった。
私達には気づいていない。彼は別の学生――恐らく一年生――と向き合っていた。
邪魔しないようにと静かに二人の元に向かうと、その学生が誰だかわかった。
「デラート……」
彼はバビー王国に古くから使える臣下の一族で、少しだけ魔法が使えると聞いていた。私より一つ下で今年から魔法学校に入学していることもオリバーが教えてくれた。
普通なら学年も違う他国の学生のことなど気にもしないが、彼はバビー王国での立場もあるので、オリバーは念のために、と伝えてくれたのだ。
私の声に振り返ったディルフとワーシアの表情が硬く、嫌な予感がする。
「エリン殿下、私のような者の名前も覚えていただいているとは光栄です」
デラートは恭しく礼をする。
「挨拶はいいだろう、エリン」
ディルフは私に駆け寄ると両肩に手を置く。
「本当なのか?君が――精霊術も魔法も使えるというのは」
ディルフの指が私の肩に食い込む。
「い、痛――」
「エリン、答えろ」
いつの間にか背後にワーシアが立っていた。声は冷たく、彼の位置から退路を塞がれているような気にもなる。
「やめて!エリンが怖がってる」
アルケミラはディルフの手を退けようとしてくれたが、彼によって振り払われる。
「退がっていろアルケミラ」
アルケミラはよろけて後ろに下がった。
「アルケミラ!」
幸いにも怪我はなかったが、ディルフのアルケミラに対する対応は友としてのものではない。
「エリン、答えるんだ。君は精霊術が使えるのか?」
今すぐにアルケミラの側に行きたいのに、ディルフに掴まれたままではそれが叶わない。
アイルは私が精霊術を使えることを公表しなかった。隠しておいた方が良いことなのかもしれないが、デラートがそれを伝えてしまったのなら嘘を吐くことはできない。
「うん、使えるよ」
しっかりとディルフの目を見て答えると、肩を掴んでいた手がするりと離れる。私はアルケミラの元に向かった。
「アルケミラ、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ、エリン」
動揺は見えるがアルケミラはいつも通りの笑顔を見せた。
「エリン・アイル、教えてくれ。君は精霊術をどのくらい使えるんだ?」
ディルフの声は震えていた。
「どのくらい?」
聞き返すと、ディルフより先にワーシアが口を開く。
「ディルフ、聞かずともわかるだろう。彼女は精霊王を呼び出した」
精霊王を呼び出したことが、やはり大きな意味を持っていたのだ。
「そうだな……エリン、僕は今混乱しているよ。少し、考えさせてくれ」
ディルフは私の顔も見ないまま食堂から出て行った。
ワーシアは殺気さえ感じさせるほど鋭い視線を寄こしてから、何も言わずにディルフの後を追って行ってしまった。
私の話が広がるのに時間はかからなかった。
食堂には他にも学生がいた上に、どうやらデラートが話を広めているようだった。
なぜ彼がその話を持ち出したのか、理由を訊ねようにも私は恐れられているようで彼を捕まえることはできなかった。
ではなぜ私が恐れられるのか、それは少しだけ分かった。
「魔法も精霊術も使えるなんて、もしかしてエイオスと同じなのでは?」
そういう言葉が学園中で飛び交っていたからだ。
だが私はエイオスを知らない。ブローラが口にしていた言葉で、彼の言葉が正しければ、私はエイオスと同じ存在ということになる。
エイオスが魔法も精霊術も使える存在だということはわかったが、それの何が悪いのかはわからない。
他にわかったことがあるとするなら、皆の今までの反応についてだ。
精霊王を呼び出したことで、もしかすると私が精霊術も使えるのではないかという疑いが出た。だからディルフとワーシアはあの後様子がおかしかった。だがそれだけではまだ確信がなかった。
次の魔物の召喚で人の形をした魔物を召喚できれば、精霊術が使えるかどうか確かめなくても、私がエイオスと同じであるということが確定したらしい。だが私は召喚魔法自体に失敗した。だからエイオスとは違うのではないか、となったらしい。
結局、精霊術が使えることがデラートによって知らされてしまったので今の状態となっている。ただし、私は魔物の召喚に失敗したままになっているので、ほんの少しだけエイオスとは違うかもしれないという可能性が残っているらしい。
(でも本当はブローラを呼び出せていた)
本当に私はエイオスと同じ存在であるらしい。
そのことをディルフにもワーシアにも言ってはいない。言えるわけがない。
「君がエイオスと同じなら、今までのように友としてはいられない。だけど、僕が君の価値を最大限に引き出してあげる」
「エイオスと同じであれば、友であり続けることはできない。怪しい動きをすれば殺す」
ディルフとワーシアにはそう言われてしまった。エイオスと同じではない可能性が完全に消えていなくてもこれなのだから、わざわざ自分からその通りだと伝えられない。
ディルフの値踏みするような目と、ワーシアの敵を見るような目が頭にこびりついている。きっともう以前のような視線は向けてくれないだろう。
エイオスをよく知らない者も半数ほどはいるようだが、皆が皆、私を避けていく。
「エリン、私がずっと一緒だからね」
「アルケミラ……」
唯一残った友はアルケミラだけだ。
「ありがとう」
ブランがアルケミラも一緒に行かせてくれよかった。アルケミラがいなかったら、次の休暇まで一人学校で寂しい思いをしていただろう。
続きます。




