新年会3
特に武装しているようには見えない方の男がおずおずと私の前に出てくる。
「ダン王国に仕える魔法使い、サーヴァンだ」
「お初にお目にかかります、エリン殿下。サーヴァンと申します。
以前はご迷惑をおかけいたしました」
以前?と疑問に思って、ディルフが話してくれたことを思い出す。急に会いに行きたいとアイルに押しかけた魔法使いだ。ディルフの弟の魔法の師匠。
「気になさらないでください。以前はアイルも混乱の中でしたから」
「ありがとうございます」
「しかしなぜアイルに?ご存じの通りアイルに魔法使いは少ないですし、ダン王国との繋がりも以前はなかったかと存じます」
「それは……」
サーヴァンは言葉に詰まったが、思い切ったように再度口を開く。
「古い知人がアイルに滞在していたのですが、どうやらそのままアイルに居を移すと聞きました。その後、東が騒がしくなったと噂で聞いたものですから、心配で、一目会えないかと……」
「そういう事情だったのですね」
ダンとアイルは遠い。西と東、正反対だ。
バビーとクケットは私を探して王国以外の国にも出入りしていたから、東の様子がおかしいことは噂になったのだろう。申し訳ない気持ちになる。
「その方と会えるといいですね」
「はい、そう祈っております。
ところで、アイルの元王代――エリン様の魔法の師匠はどのような方だったのでしょうか?」
「え?」
急に師匠の話を持ち出されて思わず体が強張る。
アルケミラが威嚇するようにサーヴァンを睨みつけた。ディルフは焦ったような怒ったような顔でサーヴァンを見る。
「サーヴァン、エリン様には挨拶だけのはずだ」
「失礼いたしました。東の魔法使いは珍しい。ダンは魔法の国ですから、つい気になりまして。
ご無礼をお許しください」
サーヴァンは食い下がることなく後ろにさがった。
「いいえ、お気になさらず」
気まずそうな顔のディルフにも向けてそれだけ言うのが精一杯だった。
アイルの事情は詳細には流れていない。特に師匠の話については、城の関係者という説明だけで済まされている。私の教育係であったとは噂されていたが、魔法の師匠であったことは伏せられていた。魔法とは縁遠いアイルでそれを魔法の師匠だと結びつけるのは難しいはずだ。
ディルフとワーシアには事情を話してある。あの時はアイルがどのような発表を行うのか(師匠の詳細が伏せられるとは)知らなかったから特に他言しないようにも言わなかったし、王子であれば国に報告もするだろう。
「そろそろ余興も始まりますから、見えやすい場所に案内します」
丁度、広間の中央で余興の準備が始まったので、そちらの方に気を逸らす。
「アイルの音楽はとても美しいですから、期待してしまいますね」
アリウムの気遣いに感謝しながら移動する。
「音楽に合わせて舞を披露いたします。舞手はアイルでよく採れる植物を飾りとしていますから、そちらにもご注目ください」
「それは楽しみです」
ぎこちなく見えたかも知れないが、話題も切り替えられてディルフの顔色もよくなった。どうにかなったことに安心して、私は誰かが刺すような視線で私をずっと見ていたことには気づけなかった。
余興は大いに人々の心を掴んだ。毎年参加している者も楽しんでくれていたが、ダンは西、イニアは北、ハーモルは南と地理的にアイルから離れている。三人は遠い地の文化が新鮮に見えたのか一際楽しんでいるように見えた。
余程気分が良くなったのか、後半はディルフが魔法で会場を華やかに彩り出した。ワーシアは呆れながらも護衛と共にアイルの音楽に合わせて剣舞を披露し、異国との交流に広間も大盛り上がりだった。
「アイルがこのように素晴らしい音に溢れた国だとは知らなかった!今日ここに来られたことを心から嬉しく思います」
余興が終わり、晴れやかな表情でディルフが戻ってくる。
「急に魔法を使うなど、非常識だ」
「そう言いながらも随分と気合の入った剣舞だったように見えましたが?」
「どこかの王子の尻ぬぐいで出たつもりだったが、良い音楽だったので」
後に続いて戻ってきたワーシアは、ディルフに苦言を呈しながらも表情は穏やかだった。
「ディルフ殿下、ワーシア殿下、素晴らしい魔法と舞をありがとうございます」
オリバーがやってきて、二人に袋を差し出す。
「これは?」
「ささやかではございますが、本日アイルの新年会にご参加いただいたことへの感謝の印です」
二国の従者が受取り、袋の中に入っていた瓶を主に渡す。
「アリウム様も、ありがとうございます」
オリバーはハーモルの侍女にも袋を渡した。
「これはなんだ?」
ディルフは渡された瓶を掲げながら首を傾げる。
魔法の盛んなダンでは数多くの魔法薬を取り扱っているだろうが、この瓶の中身はわからないようだった。
「月華の万能薬でございます」
「月華の……だがこれは私の知るものではないように見える」
ディルフが困惑するのは無理もない。彼がその中身を知らないのもそうだが、ふつう月華の万能薬は効果の持続が長くない。それを土産に渡されても困る。
「こちらは特殊な製法で作られたものですから、殿下がご存じのものとは少し違って見えるかもしれません。効果も最低でも半年は持つかと」
「半年もか?!」
ワーシアはしげしげと瓶を眺める。心なしか目が輝いているようにも見える。
「それは貴重でしょうね、私もいただいてよろしいのですか?」
「ええ、もちろんでございます」
ディルフとワーシアが余興に参加したので、オリバーはこのタイミングで用意してくれたが、元より三人に今日のお礼として贈ることになっていたものだ。
「ありがとうございます」
アリウムは侍女に大切に扱うように言った。ディルフとワーシアもそれぞれ管理を従者に任せた。
ディルフから瓶を受け取ったサーヴァンは、自身の手の中に入った万能薬を食い入るように見つめていた。
アイルの新年会はこれまでにないほど盛り上がり、翌日には国中にその様子が広まった。
王と王族の逝去が続き、王代もが交代となり最後には投獄され、アイルは災いが続いた。シラードが王代となり、前王の娘が正式に王族となり、ようやく形になった後もバビーとクケットとの関係については不穏なまま来ていた。
だが今年の新年会に大国の王族が参加し、大変満足して帰ったという。民にとっては喜ばしい報せだった。ここからアイルは発展していくのだという希望が示された。
バビーとクケットの新年会にも参加したが、二国とも私との婚約のことで何か言うことはなく、大国との繋がりを得たアイルを取り込もうとむしろ丁寧な扱いを受けた。それはそれでまた面倒だとオリバーは言っていたが、以前よりはアイルもやりやすくなるだろうと言っていた。
ネロも師匠も戻らないけれど、アイルは、私の国は良くなっていくのだという予感に昂揚した。
だが、喜びは長く続かないものだ。楽しい時間を過ごせるのはこの時までだった。
続きます。




