新年会1
アリウムと話すようになってから、私はどこか吹っ切れた気持ちで過ごせていた。
私はネロを信じて帰りを待つ。私にできることをして。
「エリン、新年会はどうするんだ?」
季節は流れ、そろそろ新しい年が近づいてきていた。
「アイルは他国も招待するのか?」
王国では新しい年を祝うために城で新年会を行う。城に民を招く国内向けのものと、外国の者を招いて行う国外向けのものを開くことが多い。
「アイルも他国を招くよ。基本的にはバビー王国とクケット王国だけどね」
東三王国は泉を求めてバビーとクケットが争うことも珍しくないが、東側としての連帯がなくもない。西とは違いこの地で軽んじられがちな東は、個々でやっていくことはできない。
よほどの戦がない限り、三国で話し合って日程を決め、それぞれに参加する。
「エリンは……新年会には初めて出るんだろう?」
遠慮がちにディルフに告げられ、私はその事実に胃が痛む。
「そう。王族として認められたから、アイルと他二国の新年会に参加する」
私が嫁ぐことになっていて、その約束が反故にされた二国に、正式な立場で赴くことになる。
成人していないので政治の場には出られないが、公式行事には参加可能だからだ。
「挨拶ついでに嫌味を言われるかもしれないな」
「いいや、すり寄られるかもよ?今からでも我が国へってね」
「その可能性はあるよね……」
ワーシアとディルフの言葉に思わず胸を抑えたくなる。オリバーにも言われたことだ。二国は必ず私に接触してくると。
「なら、僕もアイルの新年会に参加しようかな」
「……なら?」
突拍子もないディルフの言葉に理解が追いつかない。
「他二国は繋がりがないから流石に無理だけど、僕がいれば、バビーとクケットへの牽制にはなるだろう?」
魔法が盛んなダンの第一王子が来ていたら流石にバビーとクケットも近づいては来れないだろう。大国との繋がりがあるとわかれば、それぞれの国の新年会でも遠慮してくれるかもしれない。
「それに確か、僕の愚弟が一度アイルに行きかけてた」
「アイルに?ここ数年の話?」
「そう、エリンの話を聞く限りじゃ入れそうにもない状態の時期だね。
彼の魔法の師匠が急にアイルに行きたいと言い出して、それに着いて行ったようだよ。当然追い返されて、遊び気分で着いて行った考えなしは地域病にかかったとも聞いたね」
それは、もしかしなくてもドクトルさんに月華の万能薬を用意しろと言ったお偉いさんではないだろうか。
病にかかったのが王族とまでは思いもしなかった。
(ドクトルさん、大変だったんだね……)
「その魔法使いなら何かしらアイルに縁があるかもしれないから、理由にもなるだろう。
そうでなくとも、もちろん友達には招待をかけてくれるよね?」
そこまで言われては誘わないわけにはいかない。
「もちろんだよ」
「それなら俺も参加しよう」
「ワーシアも?」
「不服か?」
「ううん、嬉しいよ」
イニアは武の大国だ。魔法のダンと武のイニア。両国の王族がアイルの新年会に参加してくれたら、バビーとクケットもアイルに対して一歩引くかもしれない。
それになにより、友人を城の皆に紹介できるのは嬉しい。
「二人に招待状を送るから、ぜひ参加してほしい」
「楽しみだな」
「当日が待ちきれないね。
それならダンからも招待状を送ろうか?」
「それは、嬉しいけど、大丈夫。
二国を下手に刺激したくはないから」
私の婚約話はなくなったが、では今後どうなるかはまだ決まっていない。二人がアイルの新年会に参加するだけなら、大国からの庇護のようにも見えなくはないが、これで私が後継者候補の王子の誘いに乗ってしまったら、見方が変わってくる。
あとは王代ではなく私が誘いを受けるとなると、国内でも意見が分かれてくるだろう。いくら学友だからといって、今一番位の高い王代をおいて、次期王だけが誘われるのは王代を軽んじているとも捉えられる。
「なるほど、たしかにね」
「参加できないかわりに、何かいいお土産を用意しておくよ」
「それは楽しみだね。とっておきのを頼むよ」
アイルは特産物があるわけではないし、ロッドミン夫人の東の植物研究はまだ発表段階にない。
私にできるのは精霊術で月華の万能薬を作ることくらいだ。城に帰ったら忙しくなりそうだ。
*
魔法学校の休暇期間になり、早速新年会のことを伝えると、オリバーは驚いていた。
「新年会にダン王国とイニア王国が参加されると……」
無理もない。今までバビーとクケットくらいしか来なかった新年会に大国が参加するのだから。
ディルフとワーシアの話は以前していたから、オリバーも少し困惑するくらいだったが、新年会の準備は既に始まっている。迎えるのが王ではなく王子だとしても、用意するものを変更する必要はある。
「ごめんなさい、オリバー」
「謝らないでください、姫様。アイルにとっては良きことですよ」
「それと、ハーモルのアリウム王女もお誘いしています……」
「ハーモルの……それは、楽しみですな」
オリバーがほっとした笑みを浮かべる。
王子二人となると嫌な噂も立つだろうが、王女も参加するのであれば、その意味合いも薄れる。
アリウムとは定期的に話している。甘えすぎているという自覚がある程度には。
ディルフやワーシアとはまた違って、一緒にいるととても落ち着くし、安心できる。
彼女には私から話を持ちかけたが、快く受け入れてくれた。
「姫様、お任せください。素晴らしい新年会にしてみせましょう」
オリバーはすっかりやる気になっていて、これはまた侍従長が苦労するかもしれないと思った。
城の者に挨拶をして――当然のように王代の元には行かず――客間に向かうと、ブランとバイスが待っていてくれた。
「お帰りなさい、エリン、アルケミラ」
「お帰り」
アルケミラと「ただいま」を言いながら部屋の中に進む。
「廊下が急に騒がしくなったが、何かあったのか?」
バイスが私たちの入ってきた扉をちらりと見て言った。
「ああ、たぶん話が伝わったんだね。
新年会にダンとイニアの王子、それとハーモルの王女を招くことになったの」
「ダンと、イニアだって?!」
大国の名に動揺してバイスの声が裏返った。
「んん、悪い。
王子と王女ってことは、魔法学校の友達か。
そうか、エリンにも仲の良い友達ができたんだな」
バイスは優しい笑みを浮かべて私の頭を撫でる。
彼の妹は私と同じ位の歳と言っていたから、色々と心配してくれていたんだろう。
「アルケミラの友達でもあるよ」
一年生ということでディルフとワーシア、アルケミラ、私でいることがほとんどだ。アリウムには私が紹介したが、授業以外で彼女と会う時、アルケミラはついて来たがった。特に何を話すでもなく、私とアリウムをじっと見つめていることが多いが、アルケミラはそれが楽しいようだった。アリウムに話す体で、アルケミラに心の内を打ち明けられるので、私としてもそれはありがたかった。
「アルケミラは、学校に馴染んでいますか?」
「うん、私より馴染んでるかも」
アルケミラは美しい白い髪に鋭い青の瞳ということで初めは遠巻きにされていることも多かったが、お昼の時間に一目散に食堂に向かう姿が馴染みやすかったのか、今では学年の人気者だ。
訳ありの王族として避けられる私とは違い、友達も多い。ほとんどの時間は私と過ごしているが、お昼の時間の短い間だけで多くの人に話しかけられている。
「それは何よりですね」
ブランは手招いてアルケミラを呼び、よしよしと頭を撫でた。
「多くの人間と関わることであなた自身を見つけられるはずです。これからの成長が楽しみですね」
「うん」
ドラゴンの性別は曖昧だ。人の姿を取って、数年で自身の性別を自覚する。そのことをアルケミラもわかっているのだろう。アルケミラはブランの言葉を噛みしめているようだった。
「エリンも、こちらへ」
呼ばれてソファに座るブランの前まで進むと、目で屈むように訴えられる。
恥ずかしい気持ちもありながら従うと、ブランの綺麗な手が私の頭上に伸びてくる。
「あなたが笑っている姿を見られて嬉しいですよ。
この一年近く、よく耐え抜きましたね」
ブランには全てわかっているようだった。
ネロと師匠のことを解決できたわけではない。それでもアリウムの言葉で、前を向くことができた。
その前はよほどひどい顔をしていたんだろう。ブランにも、そして同意するように頷くバイスにも、ずっと隣にいてくれたアルケミラにも心配をかけていたんだと気づく。
「うん、皆がいてくれたおかげだよ、ありがとう」
私は、頭を撫でてくれていたブランの手を取って、両手で包み込んだ。
決してこの手を離したくない。離すようなことがありませんように、と祈りながら。
続きます。




