アリウム・ハーモル
収穫祭が過ぎても、ネロと師匠の行方は一向に知れない。
「エリン、大丈夫か?」
収穫祭には戻ってくるんじゃないかという淡い期待が崩れ去った今、学校でも気がゆるんでしまっていた。
「ワーシア、大丈夫だよ」
「大丈夫な人は教科書を落としていかないと思うけどね」
ディルフが指さす方を見ると、私の教科書を抱えたアルケミラが立っていた。
「ごめん、アルケミラ。ありがとう」
「いいよ。エリン、元気がないなら休んだ方がいいんじゃない?」
「ううん、大丈夫だから」
秋学期は他学年との交流が始まる。二年生からは召喚魔法などの特殊な魔法を習うが、個人によってかなり魔法の捉え方が違うので、上級生に相談し、相性の良い人を探し助言を受けるのが良いとされている。
今日はその第一歩として、二年生との交流会がある。休むわけにはいかなかった。
「エリン、あまり無理をしないようにね」
「うん、ありがとう」
体調が悪いわけでも何でもない。
ただちょっと、師匠とネロがどうなっているのか心配で、シラードに言われた言葉が引っかかっているだけなのだから。
*
学年交流会は予め組合せが決められており、各自が自身に割り振られた数字と同じ席に座る。そうすることで自身のペアがわかる。
「初めまして」
私が席に辿りついた頃には、ペアとなる二年生はもう既に着席していた。
「アリウム・ハーモルです。よろしくね」
金色の柔らかな髪に、優し気な緑の瞳。微笑みを浮かべた姿はまるで女神のようだった。
「……エリン・アイルです。よろしくお願いいたします」
すっかり目を奪われてしまい、挨拶が遅れてしまった。
私が慌てて椅子に座ったのを見届けて口を開く。
「エリンさん、会えて嬉しいわ。東の方とお話する機会はあまりないから。
名前を聞いてわかったと思うけれど、私はハーモル王国の王女。それでも他の人と同じように接してくれると嬉しいわ」
「わかりました。アリウム、さん」
ハーモルは何かに特化した国ではない。ある程度魔法の才のあるものも出るし、南西にあるハーモルでは穏やかな気候から食糧にも困っていない。何かを競うこともなく安全な暮らしができるためか、穏やかな人が多いという。
「エリンさんは入学前、いろいろと大変だったと聞いているけれど、今はどうかしら?学校には慣れた?」
「はい、大丈夫です。今は国も落ち着いていますし、学校では魔法の勉強ができて楽しいです」
師匠に習っていたのでたいていは使える魔法だったが、別の人から習うとまた違って見える。それにディルフやワーシアという、共に学ぶ仲間もいる。
「それは何よりね。私にはあなたが不安そうに見えたのだけど、気のせいかしら?」
気遣うような声に、思わず息が詰まる。
「私の気のせいだったら申し訳ないわ。
ただ、この交流会は魔法のことだけしか話してはいけないわけではないわ。悩みがあるなら相談してほしいの。
私はあなたの国とは遠く離れた国の者だし、同学年の子たちのように常にあなたと一緒にいるわけではない。だからこそ話せることもあると思うの」
「そう、ですね」
実はずっと誰かに話したかったのかも知れない。
近い人達には事情を知られている分、話しにくいことも、目の前の優し気な女性になら言えるような気がした。
「大切な人が、何も言わずにいなくなってしまったんです」
ネロが姿を消した時、バイスは逃げた師匠を追ったんだろうと言った。二人の姿が消えた時期が同じだったから。
けれど抜け殻となった牢を見つめるブランの瞳に、怒りも悲しみもないのを見て、これはそうじゃないのかも知れないと思った。現に半年経ってもネロは戻って来ない。
「それは悲しかったわね」
「はい、悲しくて、苦しい……」
どうしてネロは姿を消したのか。わからないけれど、何となく、師匠と一緒にいるんじゃないかと思う。
何の確証もないけれど、薄っすらと自分の中で何かが繋がっている。
ネロは私と出会う前に、周囲に何も言わず一度店を閉めていた。一緒に暮らしていた人が姿を消したから。そしてその人を探したいと言っていた。ネロは占術を得意としていた。師匠と同じように。
「理由を……話してくれなくても、どこかに行くことだけでも教えてくれたら、戻ってくると言ってくれたら……」
そうしたら、安心して帰りを待てるのに。
そうだ、私はネロがいなくなったことよりも、もう戻らないんじゃないかということが怖いんだ。
「その人が何も言わなかったのなら、信じて待ってみてもいいんじゃないかしら?」
「え?」
「だって、もうこれきりさようなら、なんて言われてないのでしょう?」
アリウムはにこりと微笑んだ。
「詳しい事情は分からないけれど、あなたはどうやらその人のことをとても信頼してるみたいね」
「そうですか?」
「理由を話さなくても、戻るとさえ言われれば待つのでしょう?それって信頼関係がないと難しいと思うのよ」
ネロは私が明らかに東三王国を意識していると気づいても、深くは踏み込んで来なかった。それでも気を遣ってくれたし、傍に置いてくれた。それもあると思う。
だけどそれだけじゃない。私が、踏み込むのが怖いんだ。両親のように私のことをどうでもいいと、道具のように思っていたら?そのことに気づいたら悲しくなるから、気づかないふりをして生きてきた。気づかなければ、私は私の存在を喜んでくれる両親に愛されていると錯覚できたから。
ネロが消えた理由を知りたい、でも知るのも怖い。
ブランはきっと知っている。私は知らない何かを。ディアナとのハーフだからかわからないけれど、師匠がなぜ私を閉じ込めようとしたのかに関わる何かを。
もしかしたらそれは師匠が、そしてネロが消えた理由に関わっているのかもしれない。でも私はブランに訊ねることはできない。訊ねてもブランは教えてくれないだろうとも思う。師匠がそうだったように。それは私が知ってはいけないことなのかもしれない。
「余計に悩ませてしまったかしら?」
アリウムの声にはっと気づいて顔を上げる。いつの間にか思考の渦に飲み込まれていた。
「悩むのも悪いことではないはずよ。でもそれに嫌気が差したなら何も考えず、あなたの信頼する人をただただ信じて待ってみるのもいいかもしれないわ」
ただ信じて待つ。簡単なようで難しい。
それでも、ネロが何も言わずに永遠の別れを選択するとは思えない。どちらかというとおしゃべり好きだし。ちょっと抜けているところもあるから、通花の毒にかかった時のように、思いもよらぬことで足止めを食らっているのかもしれない。それはそれで心配だけど。
いつかのネロを思い出すと、自然と明るい気持ちになる。
「ありがとうございます、アリウムさん」
「ふふ、私は何もしてないわ。それでも、そう言ってもらえると嬉しいものね」
ネロも師匠も帰ってくる兆しが見えたわけではない。シラードの言葉も引っかかったまま。
それでも、アリウムとの会話が私の心を軽くしてくれた。暖かな春の陽だまりのように柔らかな笑顔は希望の光のように感じられた。
続きます。




