丘の女神の祭り3
楽しい祭りも終わり城に戻ると、祭りに参加した者も多かったのかいつもよりか落ち着きのない空気が漂っていた。
オリバーの窘める声を聞きながら、すっかり眠ってしまったアルケミラを部屋まで運ぶ。
あの日私の鞄に収まっていたアルケミラはすっかり大きくなっていた。本当の姿は小屋くらいあるのだからもっとだけど。背中に感じる温もりが心地よい。
今では友達のように接しているけれど、こうやって眠っている姿を見ると自分より子どものように見える。
ベッドにアルケミラを降ろして、自分の夜の支度のために部屋を出る。
暗い廊下と、お祭りの楽しさの後の落差で、ほんの少し寂しい気持ちになる。
(丘の女神の祭りは、師匠とお城から見るのが恒例だったな……ネロがいたら、アルケミラと一緒にはしゃいでたのかな……)
俯いて歩いていたからか、急に近距離で感じた人の気配に驚いて顔を上げる。
「シラード、兄様」
目の前に、王代がいた。
暗い廊下の中、緑色の瞳だけが仄暗く光っていた。
「エリン、なぜここにいる?」
「祭りが、あったので、今帰って来たのです」
「違う、そうじゃない」
シラードは私に近づくと肩を勢いよく掴んできた。
「いたっ、」
「何故お前が城にいるんだ?
お前は、呪われた子だ。王になるべきではない」
「シラード兄様?」
「どうしてお前が王になるんだ。父上と伯父上は正しかった。お前は王に相応しくない、俺が王になるべきだった」
シラードの指が私の肩に食い込んでいく。
「シラード兄様、痛いです、放して!」
「今からでも遅くない、お前はバビーかクケットに行くんだ。お前は王になってはいけないのだから!」
「落ち着いて、ください」
「お前がアイルに破滅をもたらす!
わかるだろう?お前は王になる運命ではなかった。それを、お友達に助けてもらって、無理に王座を手に入れた。その友達も姿を消した。お前に嫌気がさしたからじゃないのか?
いいや、そもそも友達とやらは悪人だったのではないか?アイルに外敵を招き入れるなど――」
「《放せ!!》」
耐え切れなくて、魔法を使ってシラードの手を引きはがす。彼は何が起こったのか理解できなかったのか、自分の顔の横に掲げられた手を驚いたように眺めていた。
「いい加減にしてください!
私のことを認めないのはいい、だけどネロを、友達を悪く言うのは許さない」
「エリン、お前魔法が使えたのか?」
「何を言っているんです?私が魔法を使えることくらい、兄様は知っているでしょう」
「嘘だと思っていた。魔法を使う力はあれど、その能力は限りなく低いと……」
シラードと城内で会う機会は少なかった。会ったとしても、私が魔法を使わない場面がほとんどだ。魔法使いの師匠を持っていても、力の強い魔法使いなどいない東の人間が、大した魔法を使えるようにはならないと思っていたのだろうか。
「いいや、関係ない。お前が魔法を使えようが使えまいが、俺のやるべきことは決まっている。
絶対に、お前からアイルを守ってみせる」
シラードは私を一睨みしてから、来た方向へと引き返していった。
(なんだったんだろう)
オリバーはシラードの様子が変だと言っていたけど、ここまでおかしなことを言われるとは思っていなかった。そして彼がまだまともな言葉が通じる状態であることも恐ろしかった。
気が狂ったのではない。何か確信を持って、私に言葉を投げかけていた。
――お前は、呪われた子だ。王になるべきではない。
呪われた子だなんて、心外だ。だって、オリバーは私をこの国への贈り物と、祝福された子どもだと言っていた。
じわりじわりと何かが迫ってくる気配がする。焦りなのか恐怖なのか、わからない。
師匠はなぜ、私を閉じ込めようとしたんだろう。
師匠は私を守ると言っていた。他国へと嫁に出されないように、立場を手に入れた。王族として相応しい人間だったと言っていた。それなのに、私を王にすることを望んではいなかった。
答えを持っている師匠は、今は行方知れず。それもかけがえのない友と同時に姿を消した。
(わからない、どうして消えちゃったの、師匠、ネロ……)
祈っても戻ってくるわけでもないのに。夜の王城で、私は一人立ち竦むことしかできなかった。
*
丘の女神の祭り以降、エリンはふさぎ込んでいるように見えた。
魔法学校ではそれなりに過ごせているのか、友達との話や授業の内容を楽しそうにブランに語って聞かせてくれる。それでも、ふとした時に影が差す。
「エリン、どうしたのです?何か悩みがあれば私が聞きましょうか?」
「ブラン……ううん、大丈夫だよ」
話したくないわけではなさそうなのに、何がエリンをそんなに躊躇わせるのか、彼女は決してブランに心の内を明かさなかった。
「アルケミラ、何か知っていますか?」
こっそりとアルケミラに訊ねると、アルケミラは悲しそうに眉を下げる。
「わからない。学校では元気そうだけど、寮では落ち込んでるみたいに見える。
お城に戻って、オリバーから報告を受けて、更に悲しそうに見えた」
オリバーからの報告。それはブラン自身も協力していた調査の結果だろう。
「ネロと、エリンの師匠の手がかりが全くつかめていませんからね」
地下牢から逃げたメランと、同じ時に姿を消したネロ。二人とも能力が高いからか、ブランが魔法の痕跡を探そうとして見つけられなかった。
「ねえブラン、来年はきっと、みんなで収穫祭を祝えるよね?」
時間だけが過ぎて行き、迎えた収穫祭に人は戻らない。
「ええ、きっと」
「私、エリンの役に立ててるのかな。何もできてる気がしない」
「アルケミラ、あなたはまだ人の姿を取って一年経っただけです。これからいくらでも成長できますよ。
それに今でも人の姿にはすっかり慣れましたし、魔法学校ではエリンを支えています。エリンも喜んでいますよ」
アルケミラがエリンの役に立たなくたって、彼女はアルケミラの存在自体を喜ぶだろう。自信のないところまで主に似る必要はないのに、とブランは思った。
「エリンもアルケミラも、私からすればまだほんの子どもです。あなたたちはこれから成長していくのです。どうかそう思い悩まないで。
かといって悩むことをやめないでくださいね。その悩む時間さえも、あなたたちには必要なことですから」
「ブランが言うことは難しくてわからないよ」
「その内わかりますよ」
ブランだってできれば何とかしてやりたい。もっとうまく言いくるめてアルケミラに自信を持たせてやることも、強引にエリンの悩みを聞き出すこともできる。
それでもブランには見守ることしかできない。それがブランの役割だからだ。
「私にも、未来を見通せる力があればよかったのですが……」
ブランには先を占うことはできない。
――けれど、王族としてアイルに残るのはこの子のためになりません。
――身を隠して静かに生きていくのがこの子のためだと思いませんか?
――ディアナとのハーフのあなたなら、おわかりでしょう。
メランの言葉が頭に蘇る。
メランが何を危惧しているのかブランにはわかる。けれどそれは絶対ではない。
来るかもわからない最悪を恐れて不自由を敷くくらいなら、共に悪夢を受け入れた方がましだ。
先を占う力があったとして、それがその者の判断を誤らせてしまうのなら、やはりそんな力は要らないのかもしれない。
「私は、決して離れませんからね」
独り言にしては強い声で言って、ブランはアルケミラの頭を撫でた。
続きます。




