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丘の女神の祭り2

 オリバーは私を客間まで案内すると仕事へと戻った。

 ドアをノックすると返事があって、くぐもっていても懐かしい声に胸が温かくなる。


「ただいま」


 ドアを開けて、アルケミラと部屋に入ると、バイスがすぐに立ち上がって私達の前に来てくれた。


「おかえり、久し振りだな、エリン、アルケミラ」


 バイスの黒い目が細められる。


「お帰りなさい、二人とも。学校はいかがでしたか?」


 ソファに腰かけたまま、ブランは姿勢を正した。


「楽しかったよ」

「それは何よりです。アルケミラは上手くやれていますか?」

「うん、大丈夫。ドラゴンだってばれてないよ」

「それならよかったです」


 一度微笑んで、ブランはバイスに視線を投げた。


「どうしたの?」

「いえ、こちらも二人に報告することがあるので」


 ブランの言葉にバイスが居心地悪そうに肩を縮こまらせる。


「城で何か嫌なことでもあったの?」

「いや!違う!それはない。他国から来たというのに良くしてもらっている。

 そう、良くしてもらってるんだ」


 ブランは短く息を吐いて、思い切ったように口を開く。


「実は、騎士にならないかと持ち掛けられた。兵士として働きながら、騎士の資格を取れるように勉強しようと思っている」


 騎士になるには専門の学校に通う必要がある。イニア王国のような例外を除き、その学校は基本的に他国民は入学できない。


「バイスの腕を認めてくれたんだね」


 いくら私を助けてくれた友とはいえ、厳しいオリバーが特別待遇を許すはずがない。バイスの実力を見て、アイルに取り入れたいと願ったからそういう話が出たはずだ。


「ああ、俺にとってはこれ以上ない話だ。エリンに正式に仕えられるんだからな」

「私に?」

「そうだ。俺は、もしかしたら人よりちょっと強いのかも知れない。あの店を出てそう思うようになった。

 それでも俺は、特別な力を持っているわけではないと思う。他国の騎士になれるような特別な才もないと思う。

 ただ、俺を特別だと言ってくれた友の力になれるのなら、このチャンスを逃したくないと思った。俺はアイルという国よりも、エリンという次期王に仕えたい」


 兵士と騎士は厳密には違う。兵士はあくまで国に雇われた者だ。一定の力を持っていれば、誰でもなれて報酬も得られる。時には他国から兵を募ることもある。

 だが騎士は選ばれた者しかなることができない。どれだけ強くても、王族の任命がなければ騎士を名乗ることはできない。


「バイス……」

「だから俺が騎士になれるように応援してくれるだろうか?」

「もちろんだよ!いつかバイスに剣を渡せる日が来ることを祈ってる。

 ああ、あんまり早くならないでね」


 私が成人するまでは、王の役目は王代であるシラードが担う。騎士叙任の儀も私が成人し正式な王となるまでは彼が行うことになる。


「はは、そんな心配は要らないと思うぞ」

「バイス、誇らしげに言うことではありませんよ」


 ブランからぴしりと指摘が入った。


「悪い、エリンを待つ余裕ができるくらいに努力する」

「はい、その意気です。

 さて、そろそろ祭りも始まります。バイスは騎士候補として参加するのでしょう?そろそろ戻らねば」

「ああ、そうだな。エリンとアルケミラの顔も見られたから、家に戻って祭りに向かうよ」


 バイスは晴れやかな顔で部屋を出て行った。


「まったく、元気な人ですね」


 ブランの呆れた声には優しい色も含まれているようだった。


「エリン、アルケミラ、二人とも祭りには行くでしょう?準備をしましょう」

「お祭り!」


 美味しい食べ物でも想像したのか、アルケミラが嬉しそうに声を上げる。


「ブランも一緒に来てくれるの?」

「ええ。あの不器用な男がどのように振舞うのか、見ておきませんとね」

「ブランって意地悪だね」

「いいえ、心配しているんですよ」


 アルケミラにさらりと言って、ブランは荷物をまとめ始める。


「ブランは、ちょっと嬉しそうだね」

「ええ、そうですね」


 私の言葉にぴたりと手を止めてブランは微笑んだ。


「人の集まりに顔を出すのは久し振りです。

 それに、アイルや東の国の丘の女神の祭りは豪華ですからね」

「そうなの?」

「ええ、祭りの詳細を聞きました。今まで私が住んできた国よりも演目がよく考えられています。

 流石、東の地を言ったところでしょうか」


 東の国には特徴がない。忘れられた東、なんて言われることもあるけど、不思議な植物はよくあって、魔法では使われないけど、ロッドミン夫人の研究でその有用性が明らかになりつつある。まだ他国には秘密だけど。

 通花とおしばな自体はどこにでもあるけど、ロッドミン夫人の研究を活かして、その毒性を応用させたものが通花の鎖だ。詳細は知らないけど、精霊術を応用しているのでは、と師匠が推測していた。

 精霊術はディアナの使う特別な力だ。魔法では使わずとも精霊術では使う植物も東には多い。東の地は魔法とは縁遠いけど、精霊術やディアナとは近しく、それで丘の女神の祭りも他より大切に扱われているんだろうか。



*



 丘の女神の祭りはアイルの城近くの広場で執り行われた。

 出店が並び、美味しそうな匂いが鼻を掠めるたびに飛び出してしまいそうなアルケミラを抑えるのが大変だった。

 夜になると火が灯され、中央の小さな丘で、女神に扮した今年の聖姫ひじりひめが舞を踊る。聖姫は舞を終えると丘に横たわり、その周りを騎士が取り囲む。そして女神に捧げる舞を踊る。騎士の舞の間、周りで演奏したり旗を振る役目は騎士見習いが務める。バイスも少年に混じりながら一生懸命旗を振っていた。

 舞が終わると、選ばれた騎士がブローチを女神に献上する。そこで一度灯りが消え、真っ暗闇が訪れる。再び火が灯る時には女神の聖姫も騎士もいない。ただ遠くから、ブローチが手元に戻るようにと祈るような聖姫の歌声だけが聞こえてくる。歌が終わると、儀式は終わり、皆で拍手を送る。


「すごく綺麗だったね」


 アルケミラは感動したのか、青い瞳を潤ませながらそう言った。手に持っていた串焼きはすっかり冷めきっている。


「いつの日か、女神の笑顔が見られるといいですね」

「え?」

「この儀式、他ではブローチが手元に戻ったことを喜ぶ場面を取り入れている国もありますが、アイルの儀式が正しい形ですよ。

 女神の元にブローチが戻りますように、と人々が願うことで女神を慰めているのです。現実にはまだブローチは戻っていませんからね」

「だからあそこで終わってるんだね」

「ええ。ああ、久し振りに良いものが見られました」


 ブランは声を震わせながら言った。


「ふふ、気分がいいので、何か奢りましょう。アルケミラ、何か食べたいものはありますか?」

「甘いものがいい!」

「ではそうしましょうか――」


 ふと、ブランの声が遠くなる。


――探しておくれ、愛しい子、疎ましい子

――私の声を聞いておくれ


(なに?)


 終わったはずの聖姫の歌が、いや、それとは違う別の歌が頭に響く。


――あなたなら、どこへでも探しに行ける

――褒美を持って約束の地へとお行きなさい

――忌まわしき力を封じて自由におなり


 歌声は頬を撫でた風と共に遠くへと消えていった。


「エリン?どうしたんです?」

「ううん、何でもない、今行くよ」


 美しくもぞっとする歌を不思議に思いながら、私はブランとアルケミラの後を追った。

続きます。

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