丘の女神の祭り1
魔法学校に入学した友人が、三か月ぶりに戻ってくる。
バイスは朝から城の客間の中でひたすら歩いていた。
「バイス、落ち着きがないですね」
昼頃に現れたブランはゆったりとソファに腰かけて読書をしていたが、視界を騒がせる人物にとうとう声をかけた。
「ブランはどうしてそんなに落ち着いてるんだ?」
「私はいつもこうですよ」
「エリンからこの三か月何の手紙も届かなかった。何かあったんじゃないか?」
「それは心配するようなことなんて起きていないということですよ」
「手紙を書けない状態に追いやられているとか……」
「仮にも王族にそんなことをする人はいません」
ブランは呆れて返した。
「それより、丘の女神の祭りの準備は済んだのですか?」
「ああ、それは妹も手伝ってくれたからな」
「妹さんはだいぶ回復したようですね」
「ああ、今では家から出て買い物に行くこともできるようになった。ブランの薬のおかげだ」
「それは何よりです」
ネロが消えたため、バイスはブランから直接薬を買っていた。値段を知ってしばらく固まっていたが、国の兵士となったバイス――それも才能を買われて一気に昇格した――にはぎりぎり手の届く範囲だった。ブランが通常その十倍以上で薬を売っていると知ったら、倒れてしまいそうだ。
「それより、この丘の女神の祭りってそんなに大事なのか?」
「大事ですよ」
ブランはやや硬い声で言った。
「丘の女神がなぜ眠っているか、知らないのですか?」
「知らない、騎士の参加する祭りだとしか……。ブランがそこまで怒るってことは、ディアナが関係しているのか?」
「別に、怒ってはいませんよ」
とはいえ、威圧的な言い方になった自覚はあったので、ブランは息を吐いて気を落ち着かせる。
「遥か昔、人とディアナはこの地を巡って争っていました。丘の女神は争うのではなく、歩み寄れるようにと努力していましたが、人とディアナが交渉する直前の戦で夫を失ってしまったのです。
そういう時代ですから女神も覚悟はしていたでしょうけど、その夫のブローチを失くしてしまったのです。形見さえ失った女神は、悲しみに耐えきれず彼女と夫の思い出のある丘で眠りについたのです」
「それは……悲しい、話だ」
「ええ。ディアナは人がこの地を治めることを認めましたが、その女神の眠る丘については特別な条件を課しました。女神の目を覚まさせる――つまりブローチを見つけることができた者のみが、その土地を治められるというものです。
人にも彼女と共に争いを止めるために尽力した者がいます。その者が、少しでも女神を慰められるようにとこの祭りを始めました。その者が騎士に近い立場であったため、騎士が参加する祭りとなったのだと言われています」
「そうか、教えてくれてありがとう」
素直に礼を言うバイスに、いつのまにかブランの喉元に溜まっていた熱が引いていった。
「騎士になるあなたは知っておいた方がいいですからね」
「まだ決まったわけじゃない」
その腕を買われて、バイスが騎士となる話が上がっている。本来なら騎士は専門の学校に通う必要があるが、どうにか兵士の仕事を続けながら騎士としての知識をつけられるように国が動いている。そのような事情もあって、バイスは丘の女神の祭りに参加することになった。
「だが、騎士にはなりたい。その方がエリンの力になれるからな。
そのためにも知れてよかった」
「そうですか」
ブランは落ち着いたのかソファに座ったバイスを見て、読書に戻るために本に手を伸ばした。
*
夕方ごろ、ようやくエリンとアルケミラがアイルに戻ってきた。
「エリン様、お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました、オリバー」
三か月前に城を出て行った時よりも明るい主に、出迎えた家臣はみなほっとした。
「みんなも、留守の間アイルをありがとう」
「姫様、ご友人方は客間にお通ししております」
「ありがとうございます。シラード兄――王代にも挨拶をしたら向かいます」
エリンが未成年の現在、王の承認が必要な手続き等は王代であるシラードが担っている。それはエリンの留守に関係ないものだが、他にも王族でないと処理できない仕事もある。エリンがいないことで王代の負担は増えているはずだ。
「姫様、今は止めておいた方がよろしいかと存じます」
「何故か訊いてもいいでしょうか?」
「王代は、このところどこか思いつめているように見えます。
王代として責務を全うされていらっしゃいますが、合間を縫って何やら調べものをされているようで、今は執務室か図書室のどちらかに籠っていらっしゃることが多いです。
会いに行かれるよりは、会われた際にお言葉をかけられた方がよろしいかと」
オリバーはシラードの行動の意味を理解できていない。だが嫌な予感だけはするのだ。
今シラードは王代として出来過ぎなくらいに役目を果たしているが、彼自身も父を失い、幽閉された身だ。成人しているとはいえ、まだまだ若い王代の精神状態は不安定なはずだ。彼自身が身に起こったことや現状について自身の中でどう処理しているのかわからない。
エリンとはなるべく接触させたくない。
「わかりました。オリバーがそう言うなら、そうしましょう」
実のところオリバーはエリンがシラードをどう思っているのかもわからない。エリンはシラードを従兄として慕っているように見えていたと城の者は言うが、彼女の置かれてきた立場を思うと、複雑な思いがあってもおかしくはない。
エリンは特に動揺を見せなかった。
(お二人ともまだお若い。私が――周りの者がしっかりせねば)
「このまま客間に向かいます」
「では、オリバーが姫様をエスコートいたしましょう」
「ありがとうございます」
オリバーの差し出した腕に手を添える次期王の手はまだ小さかった。
「道中、姫様がお喜びになるご報告もできましょう」
「それは楽しみです」
友人が騎士になるであろうことは本人の口から聞いた方がいい。オリバーは祭りの準備の様子や、国民の生活について報告も兼ねて話をした。エリンはそれを聞いて満足しているようだった。
その後の土産話で大国の王子の話が出るとは思ってもおらず、オリバーが動揺させられることになったが、彼は年の功で何とか感情を表に出さずに済んだ。
続きます。




