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消えた人

 私が師匠を牢に閉じ込めてから、アイルは大きく変わった。

 まずは王城に残っていた者と、身を潜めて私と共に戦ってくれた者との和解から始まった。オリバーの言っていた通り、私の味方となってくれる者は多く、ロッドミン夫人の指輪を持っている私を王族として扱ってくれる者がほとんどだった。

 想定外だったのは、城から出たシラードを支持する兵たちが戻ったことだった。彼らは師匠の下につくことはなく、私を王にと据えるオリバー達と共に戦うこともなかった。だが、シラードが王代となると知り、再び城に仕えると言い出したのだ。


「彼らには彼らなりの考えがあります。

 完全に信用はできませんが、姫様が王となっても城に仕えると言うのですから、受け入れないわけにもいきません。彼らもアイルの民ですからね」


 そう言ったオリバーはどこか複雑そうな顔をしていた。

 私だって何もわからないわけじゃない。前王ちちうえが正式に認めていたシラードこそ、正当な後継者だと考える者もいる。王族の血筋、そして何より王を尊重する者たちだ。彼らにとって私は、外部から王族に入ったロッドミン夫人が後見となっただけの、王の子どもに生まれただけの、不当な王だ。

 それでも私を次期王として認めてくれているのは、オリバーのおかげだ。祖父が信用した側近である彼の言葉ならと聞いてくれる者も多い。

 そのおかげで、私は今、城で暮らすことができている。


「姫様、お疲れでしょう。今日までよく頑張られましたね」


 ごたごたとした城内が片付いて、ようやく今日、私のお披露目ができた。

 いつの間にか年を越し、肌を刺すような寒気が漂う季節となっていた。


「オリバーこそ、ありがとうございます。城の者をまとめるのも、今日の準備をするのも大変だったでしょう」


 お披露目も終わり、食事の場を使用人に片付けさせる段階になって、ようやく私とオリバーはゆっくりと腰かけることができた。

 普段は客間として使われているこの部屋は、柔らかいクッションのソファが多く、疲れた体がよく沈む。暖炉で燃える火がゆらゆらと揺れて心地よい。


「できれば片づけまで指示したかったのですがね」

「それは流石にだめだと思いますよ」

「そうですかね」


 オリバーは顔が利くのでこれまで色々な場で調整を行ってくれていたが、本来は政に関わる立場だ。侍従長からすれば、そんなことまでさせられないだろう。


「姫様、随分とかかってしまいましたが、あなた様の指に、その宝石がある。それだけで私はもう嬉しく存じます。私の主の望みの一つが叶いましたからね」


 オリバーは緑の瞳を潤ませた。

 ロッドミン夫人に指輪を返し、私だけの新たな王族の証を手に入れることができた。これで私は正式にアイルの王族として認められたのだ。


「みんなのおかげでね。シラード兄様も含めて……」


 ロッドミン夫人は城には戻らなかった。

 王代であるシラードが、承認者として私に指輪をはめた。


「王代も、お立場に慣れていただかないといけませんね」


 オリバーはシラードのことを思い出したのか苦々しく吐き出した。

 シラードは儀式が始まってから終わるまで、一度も私と目を合わせようとしなかった。昔はことあるごとに、私を見て優越感溢れる笑みを見せていたのに。

 彼が王代と宣言された時、それはもう国王と同等の立場だった。王の子である私は他国に嫁ぐ予定だったからだ。

 だが、嫌味を言うでもなく、睨みつけるでもなく。どこか怯えているように見えたのは気のせいだったんだろうか。


「バビー王国とクケット王国との対談の場に出てくださるだけましでしょうけどね」


 オリバーはぐっと眉根を寄せて、ソファに体を深く沈みこませる。


「それが一番大変だね」

「ええ。バビーとクケットはメラン様と契約を結んでいました。姫様を見つけた方に、姫様を娶らせると。恐らく姫様を探すためについた嘘でしょうけどね。

 メラン様が牢に入ったことでそれは反故になったと納得いただくのも苦労しましたが、今度は前王との約束を持ち出して……口約束で助かりましたが、それはそれで向こうも腹落ちしませんからね」

「今はどうなってるの?アイルには差し出せる資源なんてないでしょう?」

「ブラン様が協力してくださって、月華の万能薬で交渉しています」


 ブランの薬は精霊術でつくられたもの。保存がきくのでより価値が高く、バビーとクケットにとっても悪くない話にはなるだろう。東には魔法使いが少ないから。


「本数によっては私も手伝わなきゃ」

「ええ、もちろんそのつもりですよ」

「うわあ!」


 いつの間にかブランが隣に立っていた。


「オリバーさん、エリンをお借りしてもよろしいでしょうか。宴も終わり、落ち着かない友人がいますので」

「ブラン様、失礼いたしました。

 姫様、お引止めしてまいましたね。ご友人方とゆっくりお過ごしください」

「ありがとうございます、オリバー。オリバーも休んでね」


 私はブランの後について部屋を出た。

 次に入ったのは、来客用の宿泊室だ。


「エリン!」


 入るなり、がばりと抱き着かれる。


「アルケミラ、お待たせしちゃったね」

「寂しかった」


 ぎゅうっと引っ付いて離れないので、そのままソファまで歩いて、座った膝の上にアルケミラを乗せる。


「バイスもごめんね」

「いや、いい。エリンにはエリンの仕事があるからな。

 それよりブラン、急に消えるのはやめてくれ」

「どこかの誰かが落ち着かないというから、エリンを呼びに行ったんですよ」

「お前までいなくなったら、どうしていいかわからないだろ……」


 バイスは城の中に慣れないらしく、それらしく振舞えているブランまでいなくなって心細かったのだろう。私達が入って来たのを見てようやく緊張が解けたのか、向かいのソファでずるりと腰を滑らせた。


「おや、そんなことで大丈夫ですか?これからはあなた一人で城内を移動することも増えるでしょうに」


 ブランはバイスの隣に腰かけると、からかうように言った。

 バイスはアイルの兵士となることになった。戦いの後一度国に戻って、今は妹と一緒に城に近い街で暮らしている。


「エリンが魔法学校に入学したら、三月に一度しか会えませんよ」

「それは、わかってる……」


 私は魔法を使えるので、魔法学校に入学することになった。そもそも成人となる十八才までは王位を継承できない。それならバビーとクケットにも負けないよう、魔法の力を磨くべきだとロッドミン夫人が進言してくれたのだ。


「エリンも、大丈夫ですか?」


 ブランは心配そうに私を見る。


「うん。みんながいなくても、頑張るよ」

「それもそうですが……」


 ブランの言いたいことはわかる。

 国内もごたついていたけれど、私達の周りにも大きな変化があった。


「きっとネロも何か理由があったんだよ。私はネロを信じる」


 ネロは急に姿を消した。それも、地下牢にいたはずの師匠が消えたとのおなじ時期に。

 ネロの店も私が閉めた。

 街の人達は寂しそうだったけれど、それでもすんなりと受け入れてくれた。


 ――今回は一時休業ってわけじゃないんだね。

 ――まあ、仕方ないさ。今までやってくれてただけでも感謝だよ。


 事情を聞けば、ネロは私と出会う前に、一度何の通告もなく店を閉めたことがあったそうだ。それまで一緒に住んでいた人が姿を消して、探していたんだという。結局探し人は見つからなくて、ネロはしばらく沈んでいたようだが、戻ってしばらくしてから店を再開したので街の人達は安心したという。

 そういった事情があったから、通花の毒でネロが倒れた時も、理由を訪ねずに再会を待っていてくれたんだ。


 ――元はある人と住む予定だったんだ。

 ――もう半分諦めてはいるんだけど、人を探したいと思ってる。俺じゃ絶対に探せないってわかってるけど、いつかまた会えたらいいと思っている人ならいるから。


 ネロはそう言っていた。

 一緒に住む予定だった人が姿を消して、その人を探していたんだろう。一度は諦めたけど、また探したいと思ったんだろうか。それとも――。


「エリン、私も行くよ」

「あ、え?何?ごめん、ぼーっとしてた」


 膝の上のアルケミラがじっと私を見つめている。


「私も、エリンと一緒に魔法学校に行く」

「え?」

「一人にするのは心配ですからね。準備なら任せてください」

「ブラン?」


 楽しそうに笑うブランの横で、バイスが呆れたように首を振る。


「エリン、諦めろ」

「諦めろって……そもそもアルケミラはドラゴンだし、魔法学校は年齢制限が」

「私は長生きですからね」

「それって理由にならないよね?」


 色々なことをブランに長生きで誤魔化されている気がする。


「ロッドミン様のことも知ってたし……」

「彼女は私のお得意様なだけですよ。

 余計なことは心配しないでください。エリン、あなたにはやるべきことがある。それだけに集中していればいいのですよ」


 優しく諭されては反論もできなかった。

 一人で心細いとは思っていたのだ。もしアルケミラが一緒に来てくれるのなら、私にとってもそれはありがたい話だったから。

第1部これにて終了です。次回から魔法学校が中心となります。

続きます。

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