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アイル王国6

 私を励ましてくれる、温かな声。


「ネロ!」

「ごめんね、合図を待てなかった。どうしても今、君の隣に立ちたいと思ったんだ」


 師匠と同じ金の瞳は、私の緊張をとかしてくれる。


「ねえ、お師匠様。随分な言い様じゃない?」


 師匠を睨みつけるネロは怒っているように見えた。それでも顔が青白く見えるのは、彼の沸点を通り越してしまったからだろうか。


「弟子の意志を無視だなんて、酷い話だ」

「おや、これは……お友達でしたか。

 けれど、王族としてアイルに残るのはこの子のためになりません。身を隠して静かに生きていくのがこの子のためだと思いませんか?ディアナとのハーフのあなたなら、おわかりでしょう」


 師匠の言葉に、室外で待機していたブランも姿を現す。


「いいえ、私はそうは思いません。この後何が起きて、どうなろうとも、私は今、エリンと過ごせる時間が大事ですから。

 何かあれば、共に戦います。今のように」


 ブランは私の前に立つと、背中に回していた手に持っていた通花の鎖を私に握らせた。


「師匠、どうして師匠は、私に身を隠せと言うの。あの日だって、私を閉じ込めるって……」


 ずっとわからなかった。師匠はどうしてこんなことをするのか。それを知れば、私も何か考えが変わるかもしれない。別の道を師匠と一緒に探せるかもしれない。


「ああ、エリン。どうしても私の言葉が聞き入れられないのなら、力づくでいくしかありません。

 ――《鉄の檻よ、拘束せよ》」


 師匠が私の方に手を伸ばすと、頭上に檻が現れる。召喚の魔法だ。


「物騒な物を――《崩れろ》」


 前に立っていたブランが唱えると、檻は形を崩し灰となる。


「エリン、今です」


 そう言うと、ブランは師匠に向かって走り出す。

 檻が消えても表情を崩さなかった師匠だが、ブランの行動は予想外だったのか一歩下がり、構えるように腰を落とす。

 私もブランに続いて走る。ブランが何をするつもりかはわからない。けれど、私がやるべきことはわかっていたから。

 ブランは師匠の目の前で止まると、そのまま上に飛びあがった。


「どういうつもりで――」

「師匠、ごめんなさい」


 ブランを目で追った隙に、私は通花の鎖を師匠に巻き付ける。ブランはよくやったというように微笑んで、師匠の後ろに着地する。


「エリン、これは――」

「お師匠様、ここまでだ。

 《扉を繋げ――」

「転送魔法?」


 この場でどこに送るのかといえば、師匠も地下牢を思い浮かべたのだろう。魔法を使おうと口を開いたが、普段とは違う感覚があったのだろうか、そのまま固まった。


「まさかこの鎖……」

「――送り届けろ》」


 ネロが呪文を唱え終えると、師匠の姿は消えてなくなった。


「ふう、上手く行った」


 ネロは息を吐きながら言って、崩れるように座り込んだ。


「ネロ!」

「大丈夫だよ、エリン。まあちょっと、いやかなり魔力を持っていかれただけだから」

「強がらないでください。急激な魔力の減少は命に関わりますよ」


 ブランがすぐにネロの側にしゃがんで、用意していた薬を飲ませる。


「これほどまでに魔力を消費するとは……」

「本当にね。二回まではいけるかなって思ってたけど、これは無理だ。

 ……思ったよりも簡単にいったからよかったけど、一回は魔法で防がれると思ってた」


 私もそれは不思議だった。師匠なら、ブランが向かってきた時点で何かしら魔法を使うと思っていた。もしそうだったなら、私は師匠に通花の鎖を触れさせることすら叶わなかったはずだ。


「ああ、エリンを信じていなかったわけじゃないよ」

「わかってるよ、ネロ。私も、こんなに上手くいくとは思ってなかった」

「私もネロも、彼と会うのは初めてですからね。警戒していたんでしょう」


 ブランの言葉に、ネロは疲れたようにそうだね、と同意した。


 師匠が牢に入ったと言う話はあっという間に広まった。

 戦っていたほとんどの兵士が動きを止め、それでもまだ戦う意志のある兵士たちは抑え込まれた。

 王代である師匠が捕らえられたこと、行方不明となっていた私が戻ってきたことに対しての困惑は強く残り、私もすっきりとしないままの気持ちで後処理へと移行した。

 それでも、その後に見た民の顔は明るいものがほとんどだった。何が起きたのかはわからなくても、形だけでも王族であった私が戻ったことに、この国の目指す先がはっきりとしたことに対して希望を抱いているようだった。

 それが見られただけで、私はアイルに戻って来てよかったと思えた。



*



 アイル王国の王城の地下に、特別な牢がある。

 城が建つより先にできたその牢は、中に捕らえた者の魔力を封じることができる。長らく空だったその中に、一人の男が収まっていた。


「アイル王国の城仕えであり、王代でもあったメラン。元は姫の教育係で、その能力によって亡き王にも重宝されていた」


 牢の中の男――メランは床に座ったままゆっくりと顔を上げる。


「こんばんは、で合っているでしょうか。ここからは外の光を拝めません」

「こんばんは、で合っていますよ」


 そう返したのは、メランをこの牢に送った男。メランと同じ黒い髪に金の瞳を持つ魔法使いだった。

 格子を挟んで対面した二人の視線がかち合う。


「まさかここを使うとは。あの子なりに、私のことを一生懸命考えてくれたんでしょうね」

「どういうことです?」

「地下牢に私を閉じ込めようと言い出したのはあの子でしょう?

 ずっと城にいたんです。ここのことも知っていたでしょうが、直ぐに思い至るとは考えられません。外部の者であればこの場所を知らないはずですし、オリバーさんがあの子に提案するとも思えません。あの子は優しいですからね。私に鎖をかけるだけで謝るような子ですから」


 メランは牢に入れられてから取り外した鎖を一瞥した。


「あの子はずっと考えていたんでしょう。私がどうしてあの日、あんなことを言ったのか。

 光の届かない場所に閉じ込める――あんなこと口走るつもりはなかったのですが。

 その言葉を引きずっていたからこそ、私を閉じ込める、だなんて発想に至ったんでしょう」


 弟子に閉じ込められても、メランは怒りの感情を見せなかった。それを手伝ったネロに対しても。


「話せば何かわかると思ってたんですけどね」

「何かわかりましたか?」

「いいえ、何にも」


 ネロはメランと視線を合わせたまましゃがみ込む。


「では、私の知りたいことを教えていただけますか?

 アイルはどうなっています?あの子が王となる方向で進んでいますか?」


 ネロは少しためらった後、口を開く。


「王代であったメランは、次期王であるエリン姫に危害を加えようとしたことで王代という立場を剥奪されました。

 エリンを逃がした兵士、あなたを足留めした兵士が証言を行いました」

「おや、不当に王代の場を望んだからではなく?」

「もちろんそれも理由にはなりますが、元王のエリンへの扱いは色々と思うところのある者も多いらしく、余計な火種とならぬよう、調整されたみたいですよ」

「オリバーさんですね。あの方が戻ってくださるなら心強い」

「代わりに、元々宣言をされていたシラード殿下が正式に王代となりました」


 メランの顔に初めて不快の色が現れる。


「あの子はまだ成人していない。王代が必要となるのは理解できますが」

「元より決まっていたものですからね」

「王代が立ったということは、あの子が次期王になることは確定したみたいですね」

「嬉しくありませんか?」


 牢に捕らえられ、目的を果たせなかったメランは、それでも余裕そうに見えた。エリンが王となることを喜んでいるようにも見えたが、ここに来て声のトーンが落ちる。


「嬉しいけれど悲しいですよ。

 あの子が、本来の立場を取り戻したのは喜ばしいことです。けれど、同時に悲劇だとも感じます」


 はっきりとしない言い方に、ネロは格子を掴む。


「俺はあなたの知りたいことを教えました。ですから、俺の知りたいことも教えてくれませんか」

「おや?何が知りたいんです?」

「わかってるくせに……最初から、全部だよ」


 ネロの金の瞳は歪み、そして揺らいでいた。


「どうして、俺の前から消えたんだ――師匠」

続きます。

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