アイル王国4
翌朝、私達は陽が昇る前に起きることになった。
バビー王国の兵士が昼には集まってしまう。ことを起こすのであれば、早いに越したことはない。
「姫様、お疲れかと思いますが、ご支度を。
朝食はこちらに用意しますので、皆さまで取られてください」
「ありがとう、オリバー」
オリバーの後ろから、ネロ、ブラン、バイス、アルケミラが入ってくる。
流石に王族を雑魚寝はさせられないと、私には専用の部屋が用意されていた。
「おはよう、エリン。朝食を食べながら今日の動きを確認するよ」
ネロとブランは既に朝食をとって、そして兵士たちとの確認を行っていたようで、バイスとアルケミラと私の三人分の朝食が用意された。
「まず、アルケミラにはここに残ってもらう」
「え?!」
口いっぱいにパンをほおばっていたアルケミラは、苦しそうに飲み込んでから抗議する。
「どうして?ここまで来たんだから、私も行く」
「だめだ。アイルに入る前にこの国の人達と出会えたから、脱出用に待機は不要になったけど、君はまだ力が安定していない。危険な場所には連れていけないね」
「そんな……」
「アルケミラ、ここまで一緒に来られて嬉しいよ。でも、今は待っててほしいの」
「うう、わかったよ。早く帰って来てね」
「うん」
今度は約束を破らない。そう誓ってアルケミラの頭を撫でた。
「いい子だ。
エリンとブラン、俺はメランという王代の元に向かう」
「バイスは?」
「バイスは別だ。上手く状況を利用できはしたが、アイルにバビー王国の兵士がいるのは厄介だ。王代と組んでいるだろうし、それを裏切ってでもエリンを狙いに来るかもしれない。
バイスはアイル王国の兵士と共に反対勢力と戦ってもらう」
「それは構わないが、ブランかネロどちらかは兵士側に来た方がいいんじゃないか?」
「そうしたいのはやまやまだけど、大量の兵士よりも王代の方が恐ろしいんだ。
東に魔法使いは少ない。聞いたところ、アイルには城仕えの魔法使いもいないようだし、バビー王国の兵士にも魔法使いはいない」
「なるほど。それなら俺も力になれるだろう。ブランとネロは王代に備えるということだな」
「そういうこと」
ネロとブランが一緒に来てくれるのなら安心だ。師匠はとても強い人で、立ち向かのには勇気がいるから。
「王代は使用する部屋を変えてはいなようだから、そこを目指す。バイスも、そこに辿りつくまでは出来れば俺達と来てほしい」
「わかった。エリンたちを送り届けたら引き返す」
バイスは手早く食事を終えて口を拭った。
「バイス、もう食べ終わったの?」
「これは……癖だな。
昼食はゆっくりと食べられることを願おう」
「ええ、何にも脅かされることなく、穏やかな時間を過ごせることを祈っております」
ブランの声は普段通り落ち着いていたが、どこか縋るような響きがあった。
*
早朝の城に兵は多くない。今は平常時とは言い難いが、私が消えてからもう随分と経っている。他国からの兵が入る回数も増えて、警戒はそれほど高くないのだろう。
日も昇り始めたばかりの時間に人影が現れて、城門の兵士は驚いたように二度見する。一度はこの時間に人が現れたことに、そして二度目は。
「おい、どうしたんだ?お前は身を隠してたんじゃ――」
久しく顔を合わせていなかった仲間の顔があったことに。
「身を隠してた?そんなんじゃない。俺は、不当な主を認めないだけだ」
「不当……とは言えないだろう。王代は王に宣言された。お前の気持ちはわかるが、考え直せよ」
「俺だって、お前の気持ちもわからなくはない。ただ、そんな曖昧な気持ちでいる理由がもうないんだ。
姫様、こちらです」
合図と共に、城門へと進む。
私を先頭に、ネロ、ブラン、バイスが続き、その後には兵士にとっては懐かしいであろう顔ぶればかりが姿を現す。
「な、これは……エリン、様?」
「おはよう。ここを通してくれる?」
「どうして、ここに――」
「エリン・アイル、ロッドミンの名を借りて、この国の王族として城に入る」
右手を前に出すと、門兵はその人差し指に嵌った指輪を見て喉を鳴らす。
「これは、王族の証……」
「通して」
「は、は!承知いたしました」
門兵は事態を飲み込めないまま、それでも門を開く。
「おい、こんな早朝に客人か?」
門の向こう側で控えていた兵士は不満気な声を出しながら、緩慢な動きで配置についたが、私を見た瞬間、びしりと動きを止めた。
「そんな、まさか……エリン様?
おい、何を勝手に門を開けてるんだ!」
「王族の証を持った姫君のご帰還だ。通すだろう」
「馬鹿言え!王代は姫を捕らえるようにと指示されたんだぞ」
「王代は王代だ。正式な王族であるエリン様を優先するべきだ」
「何を言っている!見てみろ!こんなに兵を引きつれて――ああ、異常事態だ!」
兵士は門の近くに設置されている銅鑼を力いっぱい叩いた。
「エリン様が現れた!捕らえろ!」
ドンドンと城中に音が響き、朝の静謐はなりを潜め、途端に人の気配が満ち始める。
「エリン様だと?!」
「捕らえろ!王代のもとへ!」
城の中からの声に対抗するように、オリバーがガン!と盾を鳴らす。
「姫君のご帰還だ!城を奪い返せ!!」
おおー!と荒々しい声が続き、兵士達が一気に城内へと流れ込む。
「エリン、行くぞ!」
バイスが中へと駆け込み、さっそく一人兵を倒す。
「うん!」
遅れないように、私は地面を強く蹴った。
*
城からは溢れ零れるように兵が湧いてきたが、バイスはものともせずに跳ね飛ばし、先へ先へと進む。
兵士達も混乱しているのか動きが鈍い。
「エリン様?生きていらしたのか!」
「ぼうっとするな、捕らえろ!」
「捕らえろだと?!不敬な!」
「王族の指輪をお持ちだ!」
「あれはロッドミン様の!」
「だからなんだ、王代の命を忘れたのか!」
「王代よりも王族だ!おい、この無礼者を抑えろ!」
どちらも同じアイルの兵士だ。争う姿を見るのは胸が痛むが、私の目的を遂げるために、この場は私についてきてくれた兵士に任せるしかない。
「エリン、後はこの階段を上るだけだ。俺は引き返す」
城を奥へと進み、階段の前でバイスが立ち止まった。
「バイス、ここまでありがとう」
「無事を祈っている」
そう残して、バイスは来た道を戻って行った。
「エリン、大丈夫か?」
ネロがそっと肩に手を置いてくれる。
「うん、大丈夫」
ネロの手の上に自分の手を重ねると、ネロはそのまま私の背中を押してくれた。
「エリン、私もネロも共にいます。合図があればすぐにあなたの隣へと向かいますよ」
「ありがとう、ブラン」
二人に後押しされて階段を一段一段上っていく。その度に鼓動が速くなるのを感じながら。
階段を上り切った先に、一つの部屋がある。見慣れた扉を開くと、薄暗い部屋の中、一人の男が佇んでいた。長い黒髪は艶やかで、僅かな光を反射している。
「待っていましたよ」
髪が揺れ、男がこちらを振り返る。
「エリン、帰ってくるとわかっていました」
あの夜別れた時とは違い、師匠は笑みを浮かべていた。だが、それも私の知るものとは違う。
「私は、師匠のところに帰って来たわけじゃない。アイルを返してもらいに来たの」
「返す?何をおかしなことを。この国は元よりあなたのものです。私はあくまで王代ですからね」
「お人形になっていればいいとか、言ったくせに」
「まあ、あなたを外に出すわけにも行きませんからね。エリン、私に全て任せてください」
師匠はゆっくりと私に近づくと、まるで救いでもあるかのように手を差し出した。
「師匠、どうしてこんなことをしたんです?
この国を出て、嫌な噂も聞きました。師匠はアイルを乗っ取るために城に仕えていたとか、父上を、こ、殺したとか」
「誰がそんなことを。エリン、安心してください。私は誰も殺してなどいませんよ」
師匠は私が取らなかった手をしばらく見つめてから、机に置かれていた水晶玉を取りに行き、また私の前へと戻ってきた。
「水晶は嘘を映さない。何が起きたのか、お見せしましょう」
そっと目を閉じると、透明だった水晶が濁り始めた。
続きます。




